第23話『雲割く光』
-2527年11月23日-AGF極東支部第四階層-居住区 -
訓練に向かうため、紬は自分の寮のある居住区から中央司令室へと向かっていた。
11月に至った今でもヒトとの小競り合いが続くのみで、紬たち守護隊の出撃の機会はほとんどない。
そんな中でもロベルトの言葉通りに自分を信じ、フェリスティナを信じて新たな力を開拓するために彼は鍛錬を積んでいた。
そのかいもあり彼のヴィトレイヤーでの戦闘技術はみるみる向上して、燐との模擬戦でも互角に近い勝負を演じることが可能となっている。
しかし、未だに7本目が使える兆しはなかった。
フェリスティナと共に歩いている紬は、ふと正面から知った顔が歩いてくるのを見て声をかける。
「おーい! 凌一!」
幼なじみの声に気づいたのか、凌一はゆっくりと顔を上げて笑みを浮かべる。
しかしその笑顔に力はなく、紬の知っている底抜けな明るいものではなかった。まるで、相当思い悩み疲れきっているようだ。
「おっ、紬か!調子はどうだ~?」
しかし、その声はいつも通りの明るさで紬は少し訝しむ。
「なんかあったのか?凌一。なんか表情に覇気がないぞ?」
「最近妙に出撃が多くてなぁ…。毎日のようにヒトとの戦闘だ…。」
自分たちの出撃がない一方で、空偵隊が、そのぶんの重荷を背負っているということを友人の言葉から目の当たりにして、彼はなんと言っていいかわからずに口を噤む。
その様子を見て、凌一は紬の肩を叩いて笑顔を浮かべる。
「別にこんぐらいなんてことねえよ!お前らには神が来た時に万全の状態で迎え撃ってもらわなきゃいけねえんだから。」
そう言うと凌一はさらに強く紬の肩を叩き、紬の向かう方向とは逆方向に歩き出す。
「――あと少しで終わりだしな…。」
普段の凌一とは違う低い声で紡ぎ出された小さな声を紬は聞き取ることが出来ず、凌一の方を振り返る。
「なんか言ったか?」
「なんでもねえよ。俺、そろそろ寮に戻って寝るわ~。じゃあな、紬。」
「ああ……。じゃあまた。」
手を振って2人は別れ、それぞれ背を向け歩いていく。
フェリスティナと楽しそうに歩いていく幼なじみを少し振り返り、凌一は目を伏せる。
「あと少し……か。」
普段は明るい彼の顔に、悲痛な表情が影を落とす。
秋から冬に切り替わりつつある極東支部に冷たい風が吹き、枯葉が1枚木から離れて飛んでいった。
-2527年11月26日-AGF極東支部第四階層-訓練所 -
「ぬうんっ!!」
ロベルトの斧が空気を切り裂くように紬に向けて振り下ろされる。
それを見て紬は少し息を吐き、杭を引き抜いて剣に変えてそれを受け止める。そして、スラスターを起動して自らの体を傾けてロベルトの勢いは殺さずに受け流す。
「――2番、6番。」
ロベルトの背にまわり込み、砲台と銃を出して彼に向けて連写する。
しかしロベルトも読んでいたように体を反転させ、体の正面で斧を
交差して弾を受け切る。
「フェー、砲台で牽制して。俺が一気に叩く。」
『アイアイサーです!』
「行くよ。3番、5番!」
紬の背からロベルトに向けて雷の尾を引く飛翔物が放たれる。それを見た彼は距離をとろうと横方向に飛翔する。飛翔物は追尾するようにその軌道を変え、フェリスティナの動かす砲台はロベルトの行く手を正確に遮り、スピードにうまく乗れない状況を作り出す。
詰将棋のような状況は長くは続かず、徐々にロベルトの背に飛翔物が迫る。
彼は再度方向を変えて迎撃姿勢に入り、飛翔物に向かって進んで斧でそれらを切り伏せる。
全てを撃墜し、飛翔物の雨を抜けた瞬間に紬が鎚を振り上げてロベルトを出迎えた 。
「らあっ!!」
渾身の一撃を斧で受けたものの、勢いは殺せずにロベルトは後ろに吹き飛ばされる。
不安定な姿勢の彼めがけて紬は速度を上げて迫り、体当たりをしてそのまま地面に叩きつけた。
土埃が巻上がって2人の姿が隠れる。
それが晴れた時に見えたのは、ロベルトに銃をつきつける紬の姿であった。
ロベルトは大きく息を吐き、参ったと言わんばっかりに斧をしまう。
「俺の負けだ。本当に強くなったな紬。」
紬は銃をロベルトから外して手を貸して彼を立たせる。
「ありがとうございます。でも――」
紬はそこから先を言いよどむ。もしこの戦いのどこかでロベルトが幻影解放を使っていたらと考えると、完全に勝ったつもりにはなれないのだ。
紬の考えていることを察してか、ロベルトは苦笑いを浮かべる。
――その時、突然紬の中にいるフェリスティナの鼓動がドクンッと跳ねた。
それと同時に、AGF全域にけたたましい警報が鳴り響いた。久しぶりではあるが、誰しもがそれを聞いて理解した。
神がやってきたということを。
『極東支部北東から神の反応です!一般市民の皆様は所定の避難所にへの移動を開始してください。』
フェリスティナによるアンダーフォート全体への放送が終わると、燐の通信がAGFの全隊員に向けて発される。
『数ヶ月ぶりの神の襲来、皆はこの時のために準備を行ってきたはずだ。被害を出さず、誰も死なずにこの難局を乗り越えよう。空偵隊は神の引き連れてきたヒトの対処に、守護隊は神を食い止めるぞ。各自出撃っ!』
燐の通信が切れ、フェリスティナは紬に強い口調で声をかける。
「紬さん、行きましょう!!」
「ああ、出撃だ!」
フェリスティナの転送によって紬の体は輝き、地上へと運ばれた。
-同日-AGF極東支部上空-
空は厚く黒々とした雲に覆われ、大粒の雨が地面に降り注いでいる。
そんな悪天候の中に次々とAGFの隊員が現れ、空偵隊を先頭にした対ヒト用の陣形をとる。
しかし、敵の姿は見えず隊員達の間に徐々に動揺が広がってゆく。
――その動揺を掻き消すように、脳髄を直接叩き、痺れ、蕩けさせるような美しい声が地上に響く。
「此の地に蔓延る人間共よ、妾の銘の前に平伏し、礎の種としての存在を完結するがいい。」
その声は、厚い雲の上から響いたように聞こえた。
紬達が空を見上げると、彼らに向けて冷たい雨粒を降らしている雲が徐々に裂け始め、そこから光が差し込んでくる。
幻想的なその光景を呆然と見つめている間にも雲の割れ目はどんどん広がり、極東支部上空の雲のみが割れ、そこから降り注ぐ光に呑まれるのではないかという錯覚すら抱く。
神の奇跡、そうとしか形容できない光景に心を奪われていると、その割れ目からゆっくりとひとつの影が降りてくる。
和装を纏い、隊員たちを見下ろすそれは高らかに、謳うように名乗りを上げた。
「妾はアマテラス。此の、極東の国の太陽神じゃ。」
耳に届いたその言葉の意味を、今回相対する神の名を理解し、守護隊の隊員たちは冷や汗を流す。
今までのようにはいかない。
誰もがそう思う中、今までになかったことはすぐに起きた。
「妾が御子達よ、その力を開放して御霊に刻まれし命を果たせ。」
アマテラスが手を振り上げ、澄んだ声で命令を言い放つ。その言葉が戦場に響き渡り、多くの者がその意味を理解出来ない中、今がその時である事を理解した者達は、銃口を上げ、その引き金を引いた。
その瞬間に上がったのは、AGF隊員たちの悲鳴。
不意を突かれた者達は避ける間もなく撃ち抜かれ、ヴィトレイヤーのスラスター部分や機関部を撃ち抜かれた者達はその身を地面に向けて落とす。
飛行不可能な状態での落下、それが何を意味するかは言うまでもない。
――味方に撃たれた。
そのことを理解した隊員から、陣形を崩して散開し、銃口を撃った者に向ける。しかし、そこにあるのは共に戦ってきた顔。一瞬撃つのを躊躇っている隙に攻撃されて傷を負う。
「隊長!これはどうなっているんですか!?」
「わからんっ!とにかく撃ったものには撃ち返せ。だが、操られている可能性もある以上、殺さないように気をつけてくれ!」
燐の声も上ずっており、動揺の色が窺える。
先日のアレスの精神干渉の例もあるが、それとはどこか様子が違うように紬はかんじた。
バラバラに崩れる陣形を上から眺め、アマテラスはその口を笑みの形に歪める。
味方を撃ち始めたのは隊員の中の10分の1程であり、混乱はしたもののなんとかその陣形を立て直しつつある。
しかし、裏切った隊員の力量は明らかに増幅されており、空偵隊5人でようやくひとりを抑えられるレベルだ。
「こっちは空偵隊に任せられるな。よし、我々はアマテラスの下へ向かうぞ!」
燐の指示に頷き、守護隊はその高度を上げてアマテラスの方へ道む。
そんな、紬の前を遮る影。
「紬……すまんっ……。」
――凌一が紬の前に躍り出て、泣きそうな顔で引き金を引いた。




