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第8話 口だけ達者な男

男爵家はダルゴアの中心部に近い場所にある、こぢんまりとした屋敷だった。


レイが連れてこられたのはアルテナが死んでから、数日後のことだった。


ヴィクターに連れられて屋敷に入ると、男爵夫妻が出迎えた。


「よく来てくれた」


男爵がぎこちなく微笑んだ。


どこかそわそわしている。


当然だろう、とレイは思った。


突然公爵家の血筋を持つ訳ありの少年を預かることになったのだ。


しかしそのことをここの人間は知らない。ヴィクターから聞かされているのは「事情のある子供を預かってほしい」という一言だけだったはずだ。


レイは深く頭を下げた。


「お世話になる、よろしく頼む」


男爵夫妻がまた少しそわそわした。


九歳の子供がこんな口調で話すとは思っていなかったのだろう。


それから、男爵夫人がふっと笑った。


「不思議な話し方の子ね、あら、気を悪くしないでね」


レイが首を傾げた。


「気は悪くなっていない」


「そう」


夫人がレイの頭に手を置いた。


「ここはあなたの家だと思って、好きに過ごしてちょうだい」


「うむ。世話になる」


夫人がもう一度、笑った。


「不思議な子だわ」


男爵が咳払いをした。


「うちには息子が二人いる」


「兄の方は跡継ぎとして、王都の学院に行っている」


「次男のフェリクが屋敷にいる」


「同じくらいの年だ。仲良くしてやってくれ」


「わかった」


男爵がまた、ぎこちなく微笑んだ。


部屋に案内されて、荷物を置いて、レイは窓の外を見た。


母上が好きだった丘が遠くに見えた。


あの丘に母上の墓がある。いい景色だ。


レイは窓から離れた。


男爵家での生活が始まった。


レイは相変わらず無愛想で相変わらず老人のような口調で屋敷の人間たちに話しかけた。


料理人のおじさんに「この料理はどうやって作るのだ」とねだり、庭師のおばさんに「その花の名前を教えてくれないか」としつこく聞いた。


屋敷の人間は最初こそ戸惑っていたが、すぐにこう思うようになった。


変わった子だけれど、悪い子ではない、と。


しかし、一人だけ違った。


フェリクだった。


男爵家の次男。レイより五歳上の青年。


初めて顔を合わせたのは屋敷の廊下だった。


フェリクは茶色の髪を整えた、線の細い少年だった。茶色の目に常に緊張を滲ませている。


本を抱えながら歩いてきて、レイに気づくと、立ち止まった。


じろじろと、上から下まで見た。


「お前が預かることになったチビか」


「そうだ」


レイが頷いた。


「フェリクだ。」


「フェリク、よろしく頼む」


フェリクが固まった。


「……今、なんと言った」


「よろしく頼む、と言った」


「フェリク、呼び捨て? 俺に対して?」


「うむ」


「お前、俺が何歳だと思ってる。そして、俺はこの家の子だぞ?」


「そうだな、五歳ほど上だろう」


「だったら口の聞き方にきをつけろ。幼児という年でもないだろ」


「なるほど。フェリク殿、よろしく頼む」


フェリクがこめかみを押さえた。


「いやいや、殿、じゃない。様だ。様」


「なるほど。フェリク様、よろしく頼む」


「……声に出すと余計に変だな」


フェリクはしばらく考えてから、諦めたように言った。


「まあいい。とにかく、口の聞き方くらい覚えろ。お前もどこかの貴族の子なんだろ?せめて上位者に敬語を使うことくらい覚えろ」


「わかった」


「わかりました、だ」


「わかった」


「……わかりました、と言え」


「わかった」


フェリクが深く息を吐いた。


「お前、返事だけはするんだな」


「うむ」


「うむ、じゃねえよ。まぁいい。……行くぞ」


フェリクはそう言って歩き出した。


しかしなぜか、レイと同じ方向に歩いていた。


「フェリクはどこへ行くのだ」


「うるさい」


それから、フェリクはレイに貴族らしい振る舞いを教えようとした。


食事の作法。挨拶の仕方。貴族への言葉遣い。


「いいか、食器はこう持つ」


「なるほど」


「食事中はこんな口調で話さない」


「なるほど」


「挨拶は相手の目を見て、頭を下げる」


「なるほど」


「わかったか」


「うむ」


翌日、フェリクが確認した。


レイは何も変わっていなかった。


食器の持ち方も、口調も、挨拶の仕方も。


フェリクは頭を抱えた。


「お前、俺の話聞いていたよな」


「聞いていた。話を聞くのは好きだな」


「じゃあ、なぜ変わらない」


「返事はしたが」


「返事だけかよ!」


「フェリクが熱心に話してくれたので、なるほどと思いながら聞いていた」


「なるほどじゃねえ」


「それは知らなかった。面白いな、とも思った」


「面白いじゃねえ!」


フェリクはしばらくレイを見てから、静かに言った。


「お前、本当に変なやつだな」


「そうだろうか?」


「そうだ」


フェリクはため息をついた。


「……まあいい。どうせ変わらないんだろ」


「うむ」


「嘘をつかない事は認める」


「うむ」


フェリクがまた深く息を吐いた。


「わかった。タメ口は許してやる。ただし、俺の言うことは聞け」


「わかった」


「わかりました、だ」


「わかった」


「…………」


フェリクは何も言わなかった。


ただ、機嫌は悪くないようだった。

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