第7話 公爵家の娘
葬儀が終わってから、数日後だった。
レイの家に見知らぬ大人が訪ねてきた。
身なりの整った、初老の男だった。白髪混じりの髪をきっちり整え、落ち着いた茶色の目でレイを見つめていた。色白で細身ながら姿勢の良い男。
「失礼いたします」
その男は深く頭を下げた。
「ベルナード公爵閣下のもとから参りました。ヴィクターと申します」
レイが首を傾げた。
「ベルナード公爵?」
「はい」
ヴィクターがレイの目をまっすぐに見た。
「アルテナ様の、お父上でいらっしゃいます」
レイの中で何かが止まった。
「……母上の?」
「はい」
「父上、ということか?」
「いえ、お父上ではございません。あなた様にとってはお祖父様にあたります」
レイがしばらく言葉を失った。
「母上は公爵家の娘だったということか」
「はい」
ヴィクターが頷いた。
「アルテナ様は公爵家のご令嬢でいらっしゃいました」
レイはまだ理解できていなかった。
「なぜ、母上はそれを言わなかったのだ」
「アルテナ様のご意志でございます」
ヴィクターが静かに言った。
「あなた様を血筋に縛られない人生で育てたかったのでしょう」
「私の息子なのよ。それで十分よ。」
「アルテナ様はいつもそう仰っていたそうです」
レイはしばらく動けなかった。
それから、ゆっくりと、頷いた。
「そうか」
「母上らしいな」
ふと口角がほんの少し上がった気がした。
ヴィクターはベルナードの伝言を伝えた。
「ダルゴアの男爵家にあなた様を預けたいと、旦那様は仰っております」
「公爵家の血筋であることは伏せたまま」
「ただし、男爵家は公爵家の派閥でございます。あなた様を密かにお守りいたします」
レイは頷いた。
「わかった」
「お祖父様はなぜ私を引き取らないのだ」
「公爵家にお迎えすると、目立ってしまいます」
ヴィクターの声が少しだけ硬くなった。
「アルテナ様の事故は……」
そこで言葉を止めた。
「事故、ではなかったか」
レイが静かに聞いた。
ヴィクターが目を見開いた。
「……あなた様は」
「なんとなく、そう感じていた」
レイが母の肖像画を見た。
「母上は誰かに恨まれるようなことをする人ではなかった。それなのに、突然馬車が事故を起こした」
「都合が良すぎる」
レイは淡々と言った。
ヴィクターが深く息を吐いた。
「……旦那様はまだ証拠を掴んでおりません」
「しかし、疑念を抱いていらっしゃいます」
「だからこそ、あなた様を公爵家に置きたくないのです」
「同じことが起きないように」
レイは頷いた。
「そうか、わかった」
それだけだった。
怒りも、復讐の言葉も、口にしなかった。
ヴィクターがそれに気づいた。
「あなた様はお母様の死をお悲しみではないのですか」
レイがヴィクターを見た。
「悲しいな」
短く、そう答えた。
「そして痛い」
「だが、母上は復讐を望まないだろう」
ヴィクターがしばらく動けなかった。
「……あなた様は」
「アルテナ様の息子でいらっしゃいます」
そう、静かに言った。
数日後。
レイは母の墓に立っていた。
街の小さな丘の上に小さな石が建てられていた。
レイはしばらく、そこに立っていた。
風が頬を撫でた。
母が好きだった、優しい風だった。
「母上」
レイが墓に向かって言った。
「行ってくる」
それだけだった。
母の声は聞こえなかった。
しかし、レイは確かに母の言葉を覚えていた。
「差別は損よね。その人の事何も知らないのに、勝手に自分できめちゃうんだから。喋ってみれば仲良くなれるかもしれないのにね。種族なんて関係ないのよ、助けたいと思ったら、助けるの」
「それだけ」
レイは頷いた。
「うむ」
「母上、行ってくる」
風がまた吹いた。
レイの背中を押すように。




