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第51話 リオルの報せ

「採決を行います」


会場の商人たちが姿勢を正した。


「議題、一」


「ゼラック商会のラシェル殿の、奴隷取引に関する議論の、提案」


「賛成の方はご起立を」


しばらくの、間。


ぱらぱらと、商人たちが立ち上がった。


中年の商人が立った。


古老がゆっくりと立った。


他の商人たちも、続いた。


ヴィルガスは座ったままだった。


ヴィルガスの、近くの数人も、座ったまま、だった。


しかし、立ち上がった者の方が明らかに多かった。


「賛成、多数」


議長が告げた。


「議論を開始することを決定します」


座った商人たちは何も、言わなかった。


「議題、二」


「ラシェル殿の、正式会長就任の、承認」


「賛成の方はご起立を」


商人たちがまた、立ち上がった。


立ち上がる者は先ほどより、少し、多かった。


ヴィルガスはまた、座ったままだった。


「賛成、多数」


議長が告げた。


「ラシェル殿の、正式会長就任を承認します」


ラシェルが立ち上がった。


しばらく議長の方を見ていた。


それから、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


声は低かった。


「商会を率いていきます」


「人を商品にしない、商会として」


しばらく頭を上げなかった。


それから、静かに顔を上げた。


会場の、商人たちの、視線がラシェルに集まっていた。


ラシェルはもう、何も、言わなかった。


ただ、もう一度軽く頭を下げた。


そして、座った。



ヴィルガスが立ち上がった。


会場の、視線がヴィルガスに向いた。


ヴィルガスがしばらくラシェルを見ていた。


それから、ぽつりと言った。


「ラシェル殿」


ラシェルがヴィルガスを見た。


「商売は長い」


短い言葉だった。


しかし、声には終わりの調子はなかった。


「今日のことは今日のことだ」


ラシェルがヴィルガスを見ていた。


何も、言わなかった。


ヴィルガスが軽く頭を下げた。


それから、扉の方へ、歩いていった。


誰も、声をかけなかった。


誰も、追いかけなかった。


古老がヴィルガスの背中をしばらく見ていた。


それから、目を伏せた。


ヴィルガスが扉を抜けた。


会議場の、扉が静かに閉まった。


会場の隅でグレイドが軽く頷いた。


ミルが息をひとつ、吐いた。


アルヴィスは沈黙のまま、姿勢を変えなかった。


廊下ではレイが扉の隙間から、会議場を見ていた。


ラシェルの背中が見えていた。


深く頭を下げた、その背中。


レイが軽く頷いた。


「うむ」


短く声を出した。


誰にも、聞こえない、声だった。


それから、扉から、目を離した。



会議が終わった。


ラシェルが書類を整えていた。


セルジオが近づいた。


「会長」


ラシェルが顔を上げた。


セルジオが軽く頭を下げた。


そして、もう一度繰り返した。


「会長」


ラシェルがしばらくセルジオを見ていた。


それから、頷いた。


「うん」


短く返した。


それ以上は言わなかった。


会議場の、夕方の光が会場の、空席を橙色に染めていた。


日が短く、なっていた。



商業ギルドの決着から、数日が経った。


朝。


商会の門前はひんやりとした空気で満ちていた。


息が白く、見えるほどではなかった。


しかし、北からの風には湿った冷たさが混じっていた。


雨が近いのかもしれない。


馬車が玄関前に停められていた。


御者が馬の手綱を整えていた。


前夜、グレイドがレイに告げていた。


「商業ギルドでお前は目立ちすぎた」


「ラシェルの正式就任でお前の名も、商国の上の方まで届いた」


「王国の、第一王子の、手の者が嗅ぎ始めている」


「ベルナード様の壁も、ここまでだ」


レイが頷いた。


「商国の、北の辺境へ、行く」


「人目につかぬ、地方だ」


「しばらくはそこで息を潜めよう」


「うむ」


「分かった」


グレイドが軽く頷いた。


それ以上は語らなかった。


ただ、その場を離れた。



朝。


グレイドが大剣を馬車の脇に立てかけていた。


ミルが薬草袋を肩にかけ直していた。


アルヴィスは弓を布でもう一度軽く拭いていた。


四人の馬車は商国の街を抜けて、北の街道を行く。


商国の、北の辺境へ。


玄関にティナと、リオル、そして、セルジオが並んでいた。


ティナはいつもの服を着ていた。


小さな手を後ろに組んでいた。


顔はいつもより、固かった。


リオルは商人らしい身なりになっていた。


髪も、整えられていた。


過去の、奴隷の名残はもう、なかった。


セルジオが軽く頭を下げた。


「レイ様」


レイが目を上げた。


「数ヶ月、お世話になりました」


「世話になったのは私の方だ」


セルジオがもう一度頭を下げた。


「お気をつけて」


短い、別れだった。


セルジオはそれ以上は語らなかった。


レイも、軽く頷いた。



レイが馬車に乗り込もうとした。


その時。


ティナが駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん」


ティナの目は揺れていた。


レイがティナを見た。


「行ってくる、って」


ティナがしばらく言葉を選んでいた。


「家族にしか、言わない言葉、だよね」


レイがしばらく動かなかった。


それから、軽く頷いた。


「うむ」


「家族だ」


ティナが頷いた。


「いってらっしゃい」


ティナの目に涙が滲んでいた。


しかし、声はまっすぐだった。


レイがティナの頭に軽く手を置いた。


「達者で生きるのだぞ」


ティナが頷いた。


「うん」


「お兄ちゃんも、達者で」


短い抱擁があった。


ティナがレイから、離れる時、ティナの目から、涙が一筋、流れた。


しかし、ティナは笑っていた。



リオルがレイの前に進んだ。


そして、深く頭を下げた。


「レイ様」


レイが目を上げた。


「ありがとう、ございました」


レイが軽く頷いた。


「お前が商人として、立ち続けることが」


リオルが顔を上げた。


「私への、恩返しだ」


「はい」


リオルの声は低かった。


しかし、震えていなかった。


レイが続けた。


「ラシェルを頼む」


「はい」


「ティナを頼む」


「はい」


短い、やり取りだった。


しかし、それで十分だった。


リオルがもう一度頭を下げた。


ティナの肩に手を置いた。


ティナがリオルの手を軽く握った。



ミルがラシェルの前に進んだ。


「ラシェル」


「うん」


「また、来ます」


短い、言葉だった。


ラシェルがしばらくミルを見ていた。


「待ってる」


ミルが軽く頷いた。


それから、ラシェルの肩に軽く手を置いた。


何も、言わなかった。


しばらくそうしていた。


それから、手を離した。


長い付き合いの、無言の時間だった。


グレイドがラシェルに軽く頷いた。


言葉はなかった。


ラシェルも、頷き返した。


アルヴィスがラシェルを沈黙のまま、見ていた。


ラシェルも、沈黙のまま、頷き返した。

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