第52話 古老の言葉
商業ギルド会議場。
商国の中心街にある、大きな石造りの建物だった。
円形の会議場。
中央に議長の席。
それを囲むように商人たちの席が階段状に並んでいた。
朝、ラシェルが会議場の入り口で立ち止まった。
地味な色のドレスを着ていた。
装飾品は最低限。
髪も、いつもより、低く結んでいた。
セルジオが横に立っていた。
「会長代理」
「うん」
「行きましょう」
ラシェルが頷いた。
会議場の、扉が開かれた。
◇
会議場の、奥の壁際に冒険者三人が立っていた。
グレイドが大剣を置いていた。
武装は外していた。
ミルがその隣で薬草袋を肩から、降ろしていた。
アルヴィスが二人より、少し離れて、壁に寄りかかっていた。
会場の隅、見届ける位置だった。
発言する立場ではなかった。
ただ、見届ける、ためだった。
レイはもっと、奥にいた。
扉の、外の廊下。
会議場の、開いた扉の隙間から、中を見ていた。
会議場の中の、ラシェルからは見えない位置だった。
それでよかった。
◇
会議場の、上座にヴィルガスが座っていた。
五十代の、肉付きのよい男だった。
派手な絹の上着。
首に金の鎖。
指にいくつかの宝石。
ラシェルが入ってきた時、ヴィルガスは視線を合わせなかった。
ただ、横を向いていた。
ラシェルも、ヴィルガスを見なかった。
二人の間に見えない、緊張が流れていた。
しかし、表面には何も、出なかった。
◇
議長が開会を告げた。
七十代の、白髪の男だった。
商業ギルドの、長老格の一人だった。
「本日の、議題」
「ゼラック商会・商国支部の、ラシェル殿の、ご発言」
議長がラシェルの方を見た。
「ラシェル殿、どうぞ」
ラシェルが立ち上がった。
ラシェルの声は震えていなかった。
「ゼラック商会の、ラシェルです」
会場が静まった。
「会長代理として、商業ギルドの皆様に申し上げます」
ラシェルが一度、息を吸った。
「ゼラック商会は奴隷取引を行いません」
会場の、いくつかの席でわずかにざわめきが起きた。
「五年前から、すでに決めていたことです」
「今日、この場で改めて、明言します」
ラシェルが続けた。
「人を商品にする、商売は市場を縮小させます」
会場がもう一度静かになった。
「奴隷を生むにはその家族の、経済を壊す必要があります」
「壊された家族はもう、買い物をしません」
ラシェルの声がわずかに強くなった。
「それは商業ギルド全体の、長期的な、購買力を削ります」
「この問題について」
「商業ギルドとして、議論を始めることを提案します」
ラシェルが議長の方を見た。
「廃止までは申しません」
「議論を始める。それだけを提案します」
会場の、商人たちの、視線がラシェルに集まっていた。
「私は若く、商売をまだ、知らない、と」
「お考えの方も、いらっしゃるでしょう」
ラシェルが続けた。
「祖父から、商会の、正式会長就任の、打診をいただいています」
会場の、いくつかの席で頷きがあった。
「皆様の、ご承認をいただきたい」
ラシェルが息をひとつ、吸った。
「申し上げたいのはそれだけです」
そして、深く頭を下げた。
◇
しばらく誰も、口を開かなかった。
それから、ヴィルガスが立ち上がった。
「ラシェル殿の論は聞き入れがたい」
声は低く重かった。
「奴隷取引は商売の一部です」
「人道で商売は成立しません」
会場の、いくつかの席が頷いていた。
「そして、ラシェル殿は若く、商売を知らない」
ヴィルガスがラシェルの方を見た。
ラシェルはヴィルガスを見返さなかった。
ただ、議長の方を見ていた。
「ゼラック商会は奴隷取引をやめて以来、利益を失い続けている」
「会長の器として、私は疑問を持ちます」
ヴィルガスが座った。
会場の、ざわめきが広がった。
しかし、誰も、すぐには口を開かなかった。
◇
しばらくして、別の席で一人の、中年の商人が立ち上がった。
四十代ほど。
落ち着いた、商人らしい身なり。
「ラシェル殿の論理は説得力がある」
会場の視線がその商人に集まった。
「私の、取引先でも、奴隷出身の労働者は購買力がない」
「うん」
「短期的には奴隷取引は利益を生む」
「しかし、長期的には市場の、購買層を削っている」
「私は議論を始めることに賛成です」
商人が座った。
◇
少し離れた、別の席。
白髪の、痩せた古老が立ち上がった。
七十は超えていそうだった。
声は細かった。
しかし、明瞭、だった。
「私はゼラック家を長く知っている」
会場の、商人たちが古老の方を見た。
「創業者ゼラック殿は商人の、鑑だった」
ラシェルが古老を見た。
顔色がわずかに変わった。
「目の前の者を救う、という志を」
「百年、商会は守り続けてきた」
会場が静まった。
「その商会の、歴史を私は信じる」
古老がラシェルの方を見た。
「その血を引く、ラシェル殿が会長を引き受けると、言うなら」
「私は支持する」
古老が座った。
会場がしばらく静まっていた。
ラシェルの、目がわずかに動いた。
古老の言葉にラシェルは応えなかった。
何も、言えなかった。
「目の前の者を救う、という志」
その言葉は革袋の中の、紙片には書かれていない。
しかし、その精神は確かに書かれている。
百年。
百年かけて、商会の、振る舞いだけが外に伝わっていた。
言葉ではなく、行動が伝わっていた。
ラシェルが深く息をついた。
議長が口を開いた。




