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第52話 古老の言葉

商業ギルド会議場。


商国の中心街にある、大きな石造りの建物だった。


円形の会議場。


中央に議長の席。


それを囲むように商人たちの席が階段状に並んでいた。


朝、ラシェルが会議場の入り口で立ち止まった。


地味な色のドレスを着ていた。


装飾品は最低限。


髪も、いつもより、低く結んでいた。


セルジオが横に立っていた。


「会長代理」


「うん」


「行きましょう」


ラシェルが頷いた。


会議場の、扉が開かれた。



会議場の、奥の壁際に冒険者三人が立っていた。


グレイドが大剣を置いていた。


武装は外していた。


ミルがその隣で薬草袋を肩から、降ろしていた。


アルヴィスが二人より、少し離れて、壁に寄りかかっていた。


会場の隅、見届ける位置だった。


発言する立場ではなかった。


ただ、見届ける、ためだった。


レイはもっと、奥にいた。


扉の、外の廊下。


会議場の、開いた扉の隙間から、中を見ていた。


会議場の中の、ラシェルからは見えない位置だった。


それでよかった。



会議場の、上座にヴィルガスが座っていた。


五十代の、肉付きのよい男だった。


派手な絹の上着。


首に金の鎖。


指にいくつかの宝石。


ラシェルが入ってきた時、ヴィルガスは視線を合わせなかった。


ただ、横を向いていた。


ラシェルも、ヴィルガスを見なかった。


二人の間に見えない、緊張が流れていた。


しかし、表面には何も、出なかった。



議長が開会を告げた。


七十代の、白髪の男だった。


商業ギルドの、長老格の一人だった。


「本日の、議題」


「ゼラック商会・商国支部の、ラシェル殿の、ご発言」


議長がラシェルの方を見た。


「ラシェル殿、どうぞ」


ラシェルが立ち上がった。


ラシェルの声は震えていなかった。


「ゼラック商会の、ラシェルです」


会場が静まった。


「会長代理として、商業ギルドの皆様に申し上げます」


ラシェルが一度、息を吸った。


「ゼラック商会は奴隷取引を行いません」


会場の、いくつかの席でわずかにざわめきが起きた。


「五年前から、すでに決めていたことです」


「今日、この場で改めて、明言します」


ラシェルが続けた。


「人を商品にする、商売は市場を縮小させます」


会場がもう一度静かになった。


「奴隷を生むにはその家族の、経済を壊す必要があります」


「壊された家族はもう、買い物をしません」


ラシェルの声がわずかに強くなった。


「それは商業ギルド全体の、長期的な、購買力を削ります」


「この問題について」


「商業ギルドとして、議論を始めることを提案します」


ラシェルが議長の方を見た。


「廃止までは申しません」


「議論を始める。それだけを提案します」


会場の、商人たちの、視線がラシェルに集まっていた。


「私は若く、商売をまだ、知らない、と」


「お考えの方も、いらっしゃるでしょう」


ラシェルが続けた。


「祖父から、商会の、正式会長就任の、打診をいただいています」


会場の、いくつかの席で頷きがあった。


「皆様の、ご承認をいただきたい」


ラシェルが息をひとつ、吸った。


「申し上げたいのはそれだけです」


そして、深く頭を下げた。



しばらく誰も、口を開かなかった。


それから、ヴィルガスが立ち上がった。


「ラシェル殿の論は聞き入れがたい」


声は低く重かった。


「奴隷取引は商売の一部です」


「人道で商売は成立しません」


会場の、いくつかの席が頷いていた。


「そして、ラシェル殿は若く、商売を知らない」


ヴィルガスがラシェルの方を見た。


ラシェルはヴィルガスを見返さなかった。


ただ、議長の方を見ていた。


「ゼラック商会は奴隷取引をやめて以来、利益を失い続けている」


「会長の器として、私は疑問を持ちます」


ヴィルガスが座った。


会場の、ざわめきが広がった。


しかし、誰も、すぐには口を開かなかった。



しばらくして、別の席で一人の、中年の商人が立ち上がった。


四十代ほど。


落ち着いた、商人らしい身なり。


「ラシェル殿の論理は説得力がある」


会場の視線がその商人に集まった。


「私の、取引先でも、奴隷出身の労働者は購買力がない」


「うん」


「短期的には奴隷取引は利益を生む」


「しかし、長期的には市場の、購買層を削っている」


「私は議論を始めることに賛成です」


商人が座った。



少し離れた、別の席。


白髪の、痩せた古老が立ち上がった。


七十は超えていそうだった。


声は細かった。


しかし、明瞭、だった。


「私はゼラック家を長く知っている」


会場の、商人たちが古老の方を見た。


「創業者ゼラック殿は商人の、鑑だった」


ラシェルが古老を見た。


顔色がわずかに変わった。


「目の前の者を救う、という志を」


「百年、商会は守り続けてきた」


会場が静まった。


「その商会の、歴史を私は信じる」


古老がラシェルの方を見た。


「その血を引く、ラシェル殿が会長を引き受けると、言うなら」


「私は支持する」


古老が座った。


会場がしばらく静まっていた。


ラシェルの、目がわずかに動いた。


古老の言葉にラシェルは応えなかった。


何も、言えなかった。


「目の前の者を救う、という志」


その言葉は革袋の中の、紙片には書かれていない。


しかし、その精神は確かに書かれている。


百年。


百年かけて、商会の、振る舞いだけが外に伝わっていた。


言葉ではなく、行動が伝わっていた。


ラシェルが深く息をついた。


議長が口を開いた。

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