第32話 琥珀色の目
正午過ぎ、四人は街道を進んでいた。
宿場町を出てから、半日が経っている。
日差しは強く空は澄んでいた。
風が麦畑を撫でて、波を作っていた。
遠くに馬車の列が見えた。
三台。
四台。
全部で、五台ほど。
向こうからこちらへ近づいてくる。
レイはそれを見ていた。
「商人の隊商か」
グレイドが言った。
すぐに続けた。
「……いや、違うな」
声の調子が変わっていた。
馬車の列が近づいてきた。
最初の馬車は普通の幌馬車だった。
しかし、二台目から違っていた。
荷台が檻のようになっていた。
木の柵で囲まれている。
その中に人が乗っていた。
痩せた人々だった。
身なりは粗末だった。
首に金属の輪が嵌められていた。
人間もいた。
獣人もいた。
若い者も年老いた者もいた。
レイが手綱をわずかに引いた。
四人の馬車が街道の脇に寄った。
「グレイド」
「ああ」
グレイドが視線を逸らした。
「奴隷商だ」
アルヴィスが淡々と続けた。
「商国の合法な交易です」
「法的には問題ありません」
ミルが目を伏せた。
「……つらいですね」
レイは何も言わなかった。
ただ、檻の中の人々を見ていた。
奴隷商人の馬車が近づいてきた。
御者の隣にふくよかな男が座っていた。
派手な服を着ていた。
首に金の鎖。
指に赤い石の指輪。
レイたちと目が合った。
男がにやりと笑った。
「お、坊ちゃん」
「興味あるかい?」
馬車を止めて、降りてきた。
「いい個体が揃ってるよ」
「金次第で、どれでも」
「人間でも、獣人でも」
レイが男を見た。
しばらく何も言わなかった。
風が麦畑を撫でた。
それから、レイが静かに言った。
「彼らは人だ」
声は大きくなかった。
近くにいた者にしか聞こえないほどの声だった。
奴隷商人が肩をすくめた。
口角を少しだけ上げた。
「人だろうが商品だろうが」
「金で買えるなら、商品だ」
馬車に戻ろうとした。
それから、振り返って笑った。
「坊ちゃん、世間知らずは命取りだぜ」
奴隷商人が御者台に戻った。
馬車が動き出した。
レイはそれを見送った。
二台目の檻馬車がレイの前を通り過ぎる。
その時。
檻の隅に小さな少女がいた。
痩せていた。
銀色の髪がぼさぼさになっていた。
頭の上に狼の耳。
琥珀色の目。
少女がレイを見ていた。
レイも少女を見た。
知らない子だった。
しかし、目が合った。
少女の口がわずかに動いた。
何か言いかけて、止まった。
そして、馬車は進んでいった。
少女の姿が檻の格子の向こうに隠れた。
その後ろから、別の檻が続いた。
別の人々が運ばれていった。
しばらく馬車の列が街道を進んだ。
そして、遠ざかった。
◇
レイの隣で、グレイドが舌打ちをした。
「商国はああいうのが合法だ」
「俺は好きじゃねえ」
「私もだ」
レイが短く返した。
四人で街道を進み始めた。
しばらく誰も口を開かなかった。
馬の蹄が土を踏む音だけが続いた。
ミルが小声で言った。
「あの子たち、どこへ、行くんでしょう」
誰も答えなかった。
アルヴィスが視線を街道の先に向けたまま、ぽつりと言った。
「商国の、奴隷市場でしょう」
ミルが頷いた。
それから、また目を伏せた。
風が麦畑を撫でていた。
昼の風だった。
しかし、もう温かくは感じなかった。
◇
夕方、四人は宿場町に着いた。
街道沿いの、よく整った町だった。
旅人の姿が多かった。
笑い声が宿の前から聞こえた。
しかし、レイは何も言わなかった。
宿に入る前、グレイドがレイの隣に立った。
「お前、覚えとけよ」
レイがグレイドを見た。
「ああいうのが商国の現実だ」
「お前一人で、どうにかできるもんじゃねえ」
「うむ」
レイが頷いた。
しかし、目の奥は動かなかった。
グレイドがしばらくレイを見ていた。
何か言いかけて、やめた。
代わりにレイの肩を軽く叩いた。
「……飯にしようぜ」
レイがまた頷いた。
四人で宿に入った。
◇
夜、レイは一人、窓辺に立っていた。
部屋は静かだった。
ベッドが一つ、机が一つ、窓が一つ。
小さな宿の、小さな部屋。
レイは夜空を見ていた。
星が出ていた。
百年前の記憶が動いた。
百年前。
私は殲滅したかった世界を知っていた。
闘気は強かった。
すべてを破壊することはできた。
焼き尽くすことも、できた。
しかし、それは違うと、思った。
風が頬を撫でた。
夜の、涼しい風。
レイは目を閉じた。
百年前と、同じだ。
私はすべてを救うことはできなかった。
しかし、目の前の一人を救うことはできるかもしれない。
レイはもう一度目を開いた。
夜空に星が流れた。
少女の琥珀色の目がまだ残っていた。
何度、瞬いても、消えなかった。
百年前にも、こうして、見送った目が、いくつも、あった。
すべては、救えん。
それは、百年前から、変わらなかった。
レイはもう一度、目を、閉じた。




