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第31話 子供の腕で

ミルがテーブルに地図を広げた。


「数日、ここに滞在しましょう」


レイが頷いた。


「装備の補充も必要です」


アルヴィスが頷いた。


「商国まではまだ長い」


「整えておくに越したことはありません」


グレイドが椅子に深く座った。


「あと、修行だな」


「修行?」


レイが顔を上げた。


「ああ」


「お前の剣をもう少し見ておきたい」


グレイドの目がいつもと少し違った。


笑っていない目だった。


真剣な目だった。


レイはそれに気づいた。


しかし、何も言わなかった。


「うむ」


短く返した。



翌朝、町外れの広場に四人で出た。


朝の空気がひんやりとしていた。


広場にはまだ誰もいなかった。


冒険者用の、小さな訓練場だった。


グレイドが大剣を地面に突き立てた。


腕を組んで、レイを見た。


「ダルゴアの時から、お前の剣は気になっていた」


レイが腰の剣を軽く撫でた。


「並の冒険者はフォレストウルフに傷をつけられん」


「お前、もっと底を見せてみろ」


「うむ」


レイが剣を抜いた。


朝の光が刃に走った。


レイはしばらく立っていた。


それから、軽く構えた。


ゆっくりと剣を振った。


基本の型。


横一文字。


袈裟懸け。


突き。


無駄のない動きだった。


しかし、身体が小さく踏み込みは浅かった。


力の乗りも、子供のものだった。


それでも、グレイドは目を細めた。


レイは続けた。


応用の動き。


切り返し。


払い。


受けからの返し。


身体が自然に動いた。


百年の昔、何度も繰り返した動きだった。


ただし、白鬼の身体ではない。


今は、レイの、小さな身体だった。


その小さな身体に合わせて、動きを調整した。


しばらく剣を振った。


それから、剣を下ろした。


息は上がっていた。


額に汗が滲んでいた。


魔核が、軋んでいた。


他の誰にも、聞こえない音だった。


レイは、ゆっくりと、息を整えた。


「ふむ」


グレイドがぽつりと言った。


「お前、誰かに教わったのか?」


レイが剣を鞘に戻した。


「父上の血、かもしれん」


「父親は冒険者だったのか?」


「うむ」


声がわずかに低くなった。


百年前の記憶は隠した。


グレイドがしばらくレイを見ていた。


それから、自分の大剣を軽々と持ち上げた。


「いい機会だ」


「打ち合おう」


レイが頷いた。


剣をもう一度抜いた。


打ち合いが始まった。


最初は普通のやり取りだった。


グレイドが大きく振る。


レイが受け流す。


レイが踏み込む。


グレイドが軽く弾く。


子供と大人の打ち合いだった。


グレイドは力を抑えていた。


レイの技を見るために。


何合か打ち合った。


ある瞬間、レイの動きが変わった。


身体が勝手に動いた。


百年前の、戦いの記憶。


無意識に身体が最も効率的な動きを取った。


踏み込みの角度。


剣の軌道。


重心の移し方。


数十年、戦場で磨かれた動きがわずかに表に出た。


グレイドの大剣がわずかに軌道を逸れた。


レイの剣がその隙にグレイドの脇をかすめた。


時が止まった。


レイ自身が自分の動きに驚いた。


「……すまん」


レイが剣を下げた。


グレイドはしばらく動かなかった。


それから、ゆっくりと息を吐いた。


「いや」


大剣を地面に突き立てた。


「いい打ち合いだった」


レイをじっと見た。


「お前、ただ者じゃないよな」


「私はレイだ」


「そうか」


グレイドが少しだけ笑った。


「まあいい」


しばらく間があった。


「お前、何かを隠してる気がするが」


レイがグレイドを見た。


「それはお前の勝手だ」


レイの目の奥がわずかに和らいだ。


「うむ」


「俺たちはお前を守るために雇われた」


「お前が何者かは興味ねえ」


グレイドが大剣を肩に担いだ。


「もっとも、強くなるなら、教えてやる」


「これは別の話だ」


「感謝する、世話になる」


少し離れた場所で、ミルとアルヴィスが立っていた。


ミルがふっと笑った。


「お二人、仲良くなりましたね」


「うるさい」


グレイドが顔を背けた。


ミルが肩を震わせて笑った。


アルヴィスは何も言わなかった。


ただ、レイを見ていた。


(この子、ただの貴族の子供ではない)


胸の中で呟いた。


しかし、それを口には出さなかった。


レイが剣を鞘に戻した。


グレイドの方を見た。


「もう一度頼めるだろうか」


「あ?」


「もう一度」


レイはまだ息が上がっていなかった。


グレイドがぷっと吹き出した。


「お前、案外、しつこいな」


「そう言われる」


「いいぜ」


大剣を構え直した。



その日は夕方まで修行が続いた。


宿に戻ったレイは汗だくだった。


ミルが回復魔法で、軽い疲労を和らげた。


「無理はよくありませんよ」


レイは目をほんの少しだけ伏せた。


「ふふ」



夜、四人で、食卓を囲んだ。


煮込みの匂いが食堂に漂っていた。


グレイドが肉を頬張りながら笑った。


「お前、剣はそこそこだ」


「魔法は相変わらずだが」


「相変わらず、というのは」


「弱いってことだ」


「事実だ」


ミルが笑った。


「ふふ、レイ様、本当に変わっていらっしゃいますね」


「そう言われる」


アルヴィスがスープをひとくち飲んだ。


「商国まではあと数日です」


「ここでの修行が役立つでしょう」


レイが頷いた。


四人の食事はしばらく続いた。


笑い声が時々上がった。


レイは口角をほんの少しだけ上げた。


そして、それを誰にも気づかれなかった。


ただ、アルヴィスだけがそれを横目で見ていた。

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