第31話 子供の腕で
ミルがテーブルに地図を広げた。
「数日、ここに滞在しましょう」
レイが頷いた。
「装備の補充も必要です」
アルヴィスが頷いた。
「商国まではまだ長い」
「整えておくに越したことはありません」
グレイドが椅子に深く座った。
「あと、修行だな」
「修行?」
レイが顔を上げた。
「ああ」
「お前の剣をもう少し見ておきたい」
グレイドの目がいつもと少し違った。
笑っていない目だった。
真剣な目だった。
レイはそれに気づいた。
しかし、何も言わなかった。
「うむ」
短く返した。
◇
翌朝、町外れの広場に四人で出た。
朝の空気がひんやりとしていた。
広場にはまだ誰もいなかった。
冒険者用の、小さな訓練場だった。
グレイドが大剣を地面に突き立てた。
腕を組んで、レイを見た。
「ダルゴアの時から、お前の剣は気になっていた」
レイが腰の剣を軽く撫でた。
「並の冒険者はフォレストウルフに傷をつけられん」
「お前、もっと底を見せてみろ」
「うむ」
レイが剣を抜いた。
朝の光が刃に走った。
レイはしばらく立っていた。
それから、軽く構えた。
ゆっくりと剣を振った。
基本の型。
横一文字。
袈裟懸け。
突き。
無駄のない動きだった。
しかし、身体が小さく踏み込みは浅かった。
力の乗りも、子供のものだった。
それでも、グレイドは目を細めた。
レイは続けた。
応用の動き。
切り返し。
払い。
受けからの返し。
身体が自然に動いた。
百年の昔、何度も繰り返した動きだった。
ただし、白鬼の身体ではない。
今は、レイの、小さな身体だった。
その小さな身体に合わせて、動きを調整した。
しばらく剣を振った。
それから、剣を下ろした。
息は上がっていた。
額に汗が滲んでいた。
魔核が、軋んでいた。
他の誰にも、聞こえない音だった。
レイは、ゆっくりと、息を整えた。
「ふむ」
グレイドがぽつりと言った。
「お前、誰かに教わったのか?」
レイが剣を鞘に戻した。
「父上の血、かもしれん」
「父親は冒険者だったのか?」
「うむ」
声がわずかに低くなった。
百年前の記憶は隠した。
グレイドがしばらくレイを見ていた。
それから、自分の大剣を軽々と持ち上げた。
「いい機会だ」
「打ち合おう」
レイが頷いた。
剣をもう一度抜いた。
打ち合いが始まった。
最初は普通のやり取りだった。
グレイドが大きく振る。
レイが受け流す。
レイが踏み込む。
グレイドが軽く弾く。
子供と大人の打ち合いだった。
グレイドは力を抑えていた。
レイの技を見るために。
何合か打ち合った。
ある瞬間、レイの動きが変わった。
身体が勝手に動いた。
百年前の、戦いの記憶。
無意識に身体が最も効率的な動きを取った。
踏み込みの角度。
剣の軌道。
重心の移し方。
数十年、戦場で磨かれた動きがわずかに表に出た。
グレイドの大剣がわずかに軌道を逸れた。
レイの剣がその隙にグレイドの脇をかすめた。
時が止まった。
レイ自身が自分の動きに驚いた。
「……すまん」
レイが剣を下げた。
グレイドはしばらく動かなかった。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「いや」
大剣を地面に突き立てた。
「いい打ち合いだった」
レイをじっと見た。
「お前、ただ者じゃないよな」
「私はレイだ」
「そうか」
グレイドが少しだけ笑った。
「まあいい」
しばらく間があった。
「お前、何かを隠してる気がするが」
レイがグレイドを見た。
「それはお前の勝手だ」
レイの目の奥がわずかに和らいだ。
「うむ」
「俺たちはお前を守るために雇われた」
「お前が何者かは興味ねえ」
グレイドが大剣を肩に担いだ。
「もっとも、強くなるなら、教えてやる」
「これは別の話だ」
「感謝する、世話になる」
少し離れた場所で、ミルとアルヴィスが立っていた。
ミルがふっと笑った。
「お二人、仲良くなりましたね」
「うるさい」
グレイドが顔を背けた。
ミルが肩を震わせて笑った。
アルヴィスは何も言わなかった。
ただ、レイを見ていた。
(この子、ただの貴族の子供ではない)
胸の中で呟いた。
しかし、それを口には出さなかった。
レイが剣を鞘に戻した。
グレイドの方を見た。
「もう一度頼めるだろうか」
「あ?」
「もう一度」
レイはまだ息が上がっていなかった。
グレイドがぷっと吹き出した。
「お前、案外、しつこいな」
「そう言われる」
「いいぜ」
大剣を構え直した。
◇
その日は夕方まで修行が続いた。
宿に戻ったレイは汗だくだった。
ミルが回復魔法で、軽い疲労を和らげた。
「無理はよくありませんよ」
レイは目をほんの少しだけ伏せた。
「ふふ」
◇
夜、四人で、食卓を囲んだ。
煮込みの匂いが食堂に漂っていた。
グレイドが肉を頬張りながら笑った。
「お前、剣はそこそこだ」
「魔法は相変わらずだが」
「相変わらず、というのは」
「弱いってことだ」
「事実だ」
ミルが笑った。
「ふふ、レイ様、本当に変わっていらっしゃいますね」
「そう言われる」
アルヴィスがスープをひとくち飲んだ。
「商国まではあと数日です」
「ここでの修行が役立つでしょう」
レイが頷いた。
四人の食事はしばらく続いた。
笑い声が時々上がった。
レイは口角をほんの少しだけ上げた。
そして、それを誰にも気づかれなかった。
ただ、アルヴィスだけがそれを横目で見ていた。




