第20話 外套を取れ
その時、フェリクがレイの袖を引いた。
「おい」
声が低かった。
「何だ」
「向こうから、やばいのが来てる」
「やばい?」
レイがフェリクの視線の方向を見た。
派手な装飾を身に着けた、一行がこちらに向かってきていた。
通行人が自然に道を空けていた。
その先頭に小柄な少年がいた。
小柄。
レイと、同じくらいの体格。
しかし、纏う雰囲気が違っていた。
金髪に冷たい青の目。色白の細い体。人を見下したような表情。
絹の上着には王家の紋章。
第一王子だった。
フェリクの顔が青くなった。
「最悪だ……」
小声で呟いた。
「あれは第一王子だ」
レイが頷いた。
「目を合わせるな」
「わかった」
「アシェ、頭を下げて、後ろに下がっていろ」
「うん」
アシェが頭を下げた。
帽子の縁を深く下げた。
しかし。
王子の一行が近づいてくる足音が響いた。
緊張が高まる。
アシェの全身が強張った。
絶対にバレてはいけない。
そう、思えば思うほど、身体が反応した。
外套の下で尻尾がわずかに動いた。
ふさり、と。
それはほんの小さな動きだった。
しかし。
王子の目に止まってしまった。
外套の下からでる尻尾の存在を。
王子が立ち止まった。
「ふむ」
低い声だった。
「そこのもの、外套を取れ」
アシェが震えた。
「……」
「聞こえなかったか」
「お、王子様」
フェリクが慌てて前に出た。
「失礼ながら、この者は私の連れでして、何かありましたら私が——」
「お前に聞いていない」
王子がフェリクを冷たく見た。
それから、再びアシェを見た。
「外套を取れと言っている」
アシェの手が震えた。
しかし、逆らうことはできなかった。
ゆっくりと、外套のフードを下ろした。
帽子も、取った。
狼の耳が現れた。
王子の顔に嫌な笑みが浮かんだ。
「やはりな」
「メスの獣人か」
王子が近づいた。
アシェの顎を指でくいと持ち上げた。
「悪くない」
「ペットにしてやろう」
取り巻きの一人がすぐに動いた。
革製の首輪のようなものを取り出した。
慣れた動きだった。
何度も、こうしているのがわかった。
レイの目の奥がわずかに細くなった。
百年前の記憶が動いた。
差別の最も冷たい形を何度も見てきた。
その時と、同じ形だった。
しかし、レイはまだ動かなかった。
ただ、見ていた。
アシェが震えていた。
しかし、声は出さなかった。
スラムで覚えた、生き残るための作法。
ここで何かを言えば、もっとひどいことになる。
それを知っていた。
しかし。
「お、お待ちください、王子殿下」
フェリクが震えながら前に出た。
貴族の作法で深く頭を下げた。
「失礼ながら、申し上げます」
「貴様は誰だ」
「ダルゴア男爵家の次男、フェリクと申します」
王子が嫌な笑みを浮かべた。
「男爵家か」
「で、何の用だ」
フェリクが顔を上げた。
震える声でしかし、必死に。
「こんな汚い獣人はペットにする価値もございません」
「この獣人はこれまでにいくつもの主人の奴隷として飼われていたと聞いています」
「汚物でございます」
スラムの空気を吸ってきたフェリクなりの、必死の演技だった。
獣人を貶めることで王子の興味を逸らそうとしていた。
王子がしばらくフェリクを見ていた。
それから、ふっと笑った。
しかし、その笑みは嫌な方向に向いていた。
「そうか」
「それではそんな汚物は王国に存在してはならん」
フェリクの顔が青くなった。
王子が取り巻きから、ナイフを受け取った。
そして、フェリクに差し出した。
「ほら、男爵家の子よ」
「このナイフでメスの獣を殺せ」
「ペットにする価値もない汚物なら、殺せるだろう」
フェリクの全身が固まった。
ナイフが目の前にあった。
冷たい、銀色の刃。
これを受け取れば、アシェを殺すことになる。
受け取らなければ、王子の怒りを買う。
どちらにしても、終わりだった。
フェリクの手が震えた。
それでも、ナイフを受け取った。
握る。
冷たい感触が手に伝わった。
アシェが震えていた。
レイが何かを言いそうになった。
しかし、その前に。
フェリクの口が動いた。
「で、出来ません」
王子の目が細くなった。
「は?」
フェリクがナイフを地面に落とした。
カランと、音が響いた。
「で、出来ません」
「この子は私の友でございます」
フェリクの足はガクガク震えていた。
それでも、止まらなかった。
「わ、私の、友でございます」
震える声でしかし、はっきりとそう、宣言した。
王子の顔が赤くなった。
「貴様、王族に逆らうのか」
その時。




