第18話 四属性魔法の使い手
執務室を出た後、レイは廊下の壁に飾られた絵に目を留めた。
サングラディアの風景画だった。
緑豊かな大地、種族の混ざった街並み。
レイの中で百年前の記憶がわずかに動いた。
懐かしい風景だった。
ヴィクターが後ろから言った。
「公爵様は若い頃、サングラディアに憧れておられました」
「サングラディアに?」
「はい」
ヴィクターが静かに頷いた。
「種族を超えて共存できる国を作った、ハクレン王に」
「……そうか」
レイはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、絵をしばらく見つめていた。
その夜、レイは公爵家の客室で一人、窓の外を見ていた。
王都の街並みが魔石ランプの淡い光に照らされていた。
百年前の記憶の中の王都とは何もかも違う。
百年前、王として、隣国の王都に足を踏み入れたことはなかった。
そんな機会を自分は持たなかった。
百年経って、初めて見る、アルヴェリアの王都。
そこにはサングラディアの魔石があり、冒険者が運ぶ素材があり、それでも他種族を遠ざける街があった。
矛盾していた。
それでも、レイにはわかっていた。
百年前、サングラディアで起きたことを。
最初はただの小さな国だった。
赤鬼と青鬼が互いに殺し合いをしていた時代もあった。
エルフとドワーフが長年敵対していたこともあった。
それを一つひとつ、解いていった。
時間がかかった。
何年も、何十年もかかった。
だから、わかる。
ここも、いつか、変わるかもしれない。
ただし、自分一人では無理だ。
百年前の自分も、一人ではなかった。
今の自分も、一人ではない。
レイの目にフェリクとアシェの顔が浮かんだ。
それから、ヴィクターと、ベルナードの顔が。
レイの目の奥がわずかに和らいだ。
「……いい夜だな」
それだけ呟いて、レイは窓を閉めた。
翌朝。
公爵家の屋敷に優秀な魔法教師が呼ばれた。
執務室の隣の、小さな広間。
レイは教師の前で魔法を試すことになった。
「では、お見せください」
教師は白い髭を蓄えた老人だった。
長年、王立魔法学院で教えていたという。
ベルナードが隅に立って見ていた。
レイが杖を構えた。
詠唱を始める。
「巡り、満ち、流るる風よ……」
「我が手のひらにその一筋を……」
「風の刃よ——!」
レイの手から、風が吹いた。
そよ風だった。
教師の白い髭をわずかに揺らしただけだった。
「……」
教師がしばらく動かなかった。
レイも、教師を見つめていた。
「四属性、すべて試していただけますか」
レイが頷いた。
レイが続けて、火、水、地の魔法を試した。
火はろうそくの炎ほど。
水はコップ一杯ほど。
地は小石を浮かせる程度。
教師が深く息を吐いた。
「……四属性、すべて使えますね」
「うむ」
「しかし、すべて、極めて弱い」
「……」
教師がベルナードの方を見た。
「公爵様、申し上げます」
ベルナードが教師を見た。
「四属性をすべて使う者は私もみたことがありません。極めて稀有な才能です」
「ふむ」
「しかし、現状の魔法は初歩の中の初歩です」
ベルナードが顎を撫でた。
「修行次第で伸びる可能性もあるかもしれません」
教師は慎重に言葉を選んでいた。
「ただし、保証はできません」
ベルナードが頷いた。
「わかった」
教師が去った後、ベルナードがレイをじっと見た。
「お前、本当にアルテナの息子か、弱いな」
レイが小さく頷いた。
「だが、四属性使えるのは確かに稀有だ」
「……」
ベルナードが深く息を吐いた。
「修行を考えるとしよう」
レイは無言で頷いた。




