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第10話 あんたバカ

レイが男爵家に来てから、何ヶ月かが経っていた。


フェリクは相変わらずレイの後をついて回っていた。


口では「お前は一人で歩くとトラブルになる」と文句を言いながら、毎回ついてきた。


レイはそれを面白いと思っていた。


ある日、二人で街の南を歩いていた時のことだった。


レイがふと路地の奥に目をやった。


「フェリク、あちらは何だ」


「あちら?」


フェリクがレイの視線の先を見た。


そして、顔をしかめた。


「やめろ。あっちはスラムだ」


「スラム」


「貧民街だ。獣人の露店もある。柄が悪い場所だぞ」


レイが目を細めた。


「獣人がいるのか」


「まあ、いるが」


「行ってみたい」


「絶対に駄目だ」


フェリクが即答した。


「お前みたいな子供が行く場所じゃない」


「フェリクも子供ではないか」


「俺は子供じゃない。十四だ」


「五歳しか変わらない」


「五歳は大きいんだよ」


レイは少し考えてから言った。


「では、フェリクが一緒に来てくれ」


「は?」


「フェリクが一緒なら、子供二人ではない」


「いや、俺もまだ十四——」


「フェリクが頼りだ」


フェリクが口を開けたまま固まった。


レイはすでに歩き始めていた。


「待て、おい、本当に行く気か」


「うむ」


「俺は止めたからな。何かあっても知らないからな」


「うむ」


フェリクが深く息を吐いた。


「……ついていくしかないだろ」


ぶつぶつ言いながら、レイの後を追った。


スラムの空気は大通りとは違っていた。


石畳が崩れていた。建物の壁は薄汚れていた。歩いている人々の服も、古く、繕いの跡が目立った。


しかし、活気がないわけではなかった。


露店が並んでいた。森で採れたらしい山菜。乾燥させた木の実。手作りの装飾品。


その中に獣人の姿もあった。


狼の耳を持つ商人。猫の尾を揺らす客。


レイが目を輝かせた。


「色々あるな」


「興味津々で見るな」


フェリクが周囲を警戒しながら囁いた。


「目をつけられる」


「目をつけられるとは?」


「金を持ってそうな子供だと思われるってことだ」


「私は金など持っていないが」


「持ってないように見えないんだよ。お前の服は男爵家の上等な服なんだ」


「なるほど」


レイは自分の服を見下ろした。


「これは知らなかった。面白いな」


「面白がるな」


その時だった。


「あんたたち」


声がした。


少し後ろから。


レイとフェリクが振り返った。


そこに立っていたのは女の子だった。


年はレイより少し上くらいだろうか。


銀色の髪が肩のあたりで揺れていた。少しぼさぼさだった。


頭から、銀色の狼の耳が生えていた。後ろにふさふさとした銀色の尻尾。


日焼けした肌に繕いの跡がある布の服。琥珀色の目が二人をじっと見つめていた。


腰に手を当てている。


「あんたたちここは子供が二人でお買い物にくるようなところじゃないよ」


レイが首を傾げた。


「きみも子どもに見えるが」


女の子が少しだけ口角を上げた。


呆れたような、面白がるような、複雑な顔だった。


「あたしはいいのよ。ここには慣れてるから」


「なるほど」


レイが頷いた。


「それなら悪いが案内してくれないか」


女の子が固まった。


しばらく、レイをじっと見た。


それから、ぽつりと言った。


「あんたバカなの?」


フェリクが隣で頷いた。


「……それな」


「お前まで頷くな」


レイがフェリクを見た。


「いや、本当にバカだろ、お前」


「私はバカなのだろうか」


「自覚がないのが一番バカだ」


女の子が二人のやり取りを見て、ぷっと吹き出した。


それから、すぐに表情を戻した。


「……まあいいわ」


腰に当てた手を下ろした。


「案内くらいしてあげる。でも、危ないところには連れていかないから」


「ありがとう」


「お礼はいいから、変なところに突っ走ったりしないでよ」


「うむ」


フェリクが小声でレイに言った。


「いい人だな、あの獣人」


「うむ。面白い人だな」


女の子が聞こえたらしく、振り返った。


「面白い人?」


「ああ、すまない。私はレイだ。こっちはフェリク」


「アシェ」


短く、そう言った。


「よろしく頼む、アシェ」


「頼み事をしているわりには、だいぶ気安いわね」


「うむ、そうだな」


「あんたバカ?」


「先ほども言ったが、私はバカではない」


アシェがまた吹き出した。


そして、尻尾がほんの少しだけ揺れた。

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