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第11話 正直ね

アシェが案内してくれたのはスラムの中でも、比較的人通りのある一角だった。


「ここから先は危ないから入っちゃ駄目」


そう言いながら、いくつかの露店を見せてくれた。


レイは相変わらず色々な人に話しかけた。


「失礼だが、この木の実はどこで採れるのだ」


「森の奥だよ。獣人の村の近くで採れるんだ」


「獣人の村」


レイが目を輝かせた。


「そうなのだな。それは知らなかった。面白いな」


露店の主人——獣人の中年男性——が目を丸くしていた。


「坊主、変わってるな」


「そう言われる」


「人間の坊ちゃんがこんなに普通に話しかけてくるとはね」


「普通ではないのか」


「普通じゃないよ」


主人が少し笑った。


「悪い意味じゃない。気を悪くしないでくれ」


「気は悪くしていない。むしろ嬉しいな」


「嬉しい?」


「色々な人と話せると、世界が広がる気がする」


主人がしばらくレイを見ていた。


それから、木の実を一つ、レイに差し出した。


「サービスだ。坊主のために」


「もらってもいいのか」


「ああ。気に入ったから」


「ありがとう」


レイが深く頭を下げた。


主人が少し慌てた。


「そんな丁寧にすることないよ」


「世話になった人には丁寧にする」


「……変わった坊ちゃんだ」


主人が笑った。


アシェがその様子を少し離れて見ていた。


フェリクが隣に立った。


「あいつ、ああいうやつなんだ」


アシェがフェリクを見た。


「あんたは?」


「俺?」


「あんたも、ああいう感じ?」


フェリクが口ごもった。


「……いや、俺は普通だ」


「普通?」


「貴族として、普通に育った」


「ふうん」


アシェが少しだけフェリクを見た。


「貴族って、獣人のこと、嫌いなんでしょ」


フェリクが固まった。


一拍の沈黙。


何も言えなかった。


少し前までフェリクも、獣人を見下していた。


それは貴族として当たり前のことだった。


しかし、レイと過ごすうちに何かが変わり始めていた。


レイは誰にも差別をしなかった。


人間にも、獣人にも、エルフにも、ドワーフにも、同じように話しかけた。


その姿を見ていると、フェリクの中の「当たり前」が少しずつ揺らぎ始めていた。


「……俺は」


フェリクが絞り出すように言った。


「俺はまだわからない」


アシェが少し驚いた顔をした。


「でも、嫌いと決めるにはお前のことをまだ何も知らない」


フェリクが目を背けながら言った。


「だから、嫌いとは言わない」


アシェがしばらくフェリクを見ていた。


それから、ふっと笑った。


「あんた、正直ね」


「悪いか」


「悪くない」


アシェの尻尾が少しだけ揺れた。




帰り道、フェリクが小声でレイに言った。


「あの子、悪い子じゃないな」


「うむ」


「また来るのか」


「フェリクは来ないのか」


「……来るに決まってるだろ。お前を一人で行かせたら、もっとトラブルになる」


「それは助かる」


「助かる、じゃない」


レイがふと振り返った。


アシェがまだ少し離れたところに立っていた。


レイと目が合うと、すぐに顔を背けた。


しかし、尻尾がまた、少し揺れていた。


レイは口角をほんの少しだけ上げた。


「フェリク」


「なんだ」


「いい一日だったな」


フェリクがレイを見た。


「……まあ、悪くはなかったかもな」


そう、ぼそりと答えた。




その夜、レイは部屋の窓から、夜空を見上げていた。


百年前の記憶が静かに動いていた。


百年前、サングラディアでは人間も鬼もエルフもドワーフも、皆が当たり前に話していた。


それが当たり前だった。


しかし、ここでは違う。


獣人がいるだけで空気が変わる。


スラムと中心部の間に見えない境界がある。


百年経って、世界はこうなっているのか。


あるいは、サングラディアだけが特別だったのか。


レイにはわからなかった。


ただ、思った。


百年前の私はサングラディアという国を作った。


しかし、世界全体を変えることはできなかった。


それは私の限界だったのだろう。


今の私はもっと小さい。


弱い魔法、並の剣術、虚弱な体。


それでも、目の前のフェリクとアシェの間に何かが芽生えた。


それで、十分かもしれない。


レイが夜空を見上げたまま、小さく呟いた。


「……いい一日だったな」


それだけだった。


これがアシェとの出会いだった。


身分も、種族も、何もかも違う三人がレイを通して、少しずつ繋がっていった。


スラムの空気は変わらず、世界の差別も変わらなかった。


しかし、三人の間にだけは確かに何かが芽生えていた。


その日、レイは三人の友を、得た。


しかし、その友情が試される日は、すぐ近くに、迫っていた。

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