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第十章:設計図の完成(遺言)

 お読みいただきありがとうございます。

 いよいよ最終章、「設計図の完成」です。

 亡くなった駄菓子屋のおじいさんが遺した一通の手紙。

 そこには、孤独な少年と老人が、金沢の土手で言葉を交わし続けた本当の意味が綴られていました。

 室生犀星が「まだ逢わぬ人」を捜し歩いたように、主人公もまた、この街の片隅に生きる誰かの孤独を拾い集め、自分の人生を組み立て直していきます。

 

 ハズレの景品だったはずの鈴が、雪の街に響かせる「合図」。

 その音色が辿り着く場所を、ぜひ最後まで見届けてください。

 けふもあなたは

 何をさがしにとぼとぼと歩いてゐるのです、

 まだ逢つたこともない人なんですが

 その人にもしかしたら

 けふ逢へるかと尋ねて歩いてゐるのです、

 

 逢つたこともない人を

 どうしてあなたは尋ね出せるのです、

 顔だつて見たことのない他人でせう、

 それがどうして見つかるとお思ひなんです、

 

 いや まだ逢つたことがないから

 その人を是非尋ね出したいのです、

 逢つたことのある人には

 わたくしは逢ひたくないのです、

 

 あなたは変つた方ですね、

 はじめて逢ふために人を捜してゐるのが

 そんなに変に見えるのでせうか、

 人間はみなそんな捜し方をしてゐるのではないか、

 そして人間はきつと誰かを一人づつ、

 捜しあててゐるのではないか。

   *

「これ、開けてもいいですか」

 

 薄暗い店の中で、僕は震える声で尋ねた。

 

「もちろん」

 

 おばさんが静かに頷くのを確認して、僕は受け取った白い封筒に指をかけた。

 慎重に封を切り、中から一枚の便箋を取り出す。

 

「よく昔、店の前で迷子になって泣いていた子が、室生犀星の話ができるまで大きくなった」

 

 そこには、おじいさんの筆跡があった。

 

「あの頃の君は本当によく泣き、成長するにつれて、今度は何かに悩み、塞ぎがちになっていたね。土手で君を見かけたとき、すぐに分かったよ。私は、久しぶりに大きくなった君と話せて、本当に嬉しかった」

 

 便箋を持つ指が、わずかに震える。

 

「正直に言えば、最近の私は、ただ川を眺めては『いつ死ぬか』、そんなことばかりを考えていた。人生の設計図をすべて引き直して、もう何も残っていないと思っていたんだ」

 

 手紙は続いていた。

 

「それがだ。君が、君の周りの『誰か』を探すために、街を歩き、色んな話を持ってきてくれた。君が話してくれる誰かの孤独や、言葉の結晶、土壁のひび割れ……」

 

「それらを聞くたびに、私の枯れかけていた世界に、もう一度温かな体温が戻ってくるようだった。ありがとう。君のおかげで、私は最後にもう一度、この街を組み立て直すことができた。そして、もう一度、この街を愛することができた」

 

 読み終えた瞬間、視界が急に滲んだ。

 

 おじいさんが僕に「設計図を描け」と言ったのは、僕を導くためだけじゃなかったんだ。

 おじいさん自身もまた、僕が持ってくる「誰かの断片」を通して、自分の人生を肯定しようとしていた。

 

 僕が探していた「誰か」は、クラスメイトの高橋さんであり、佐伯くんであり、安藤先生であり……。

 

 そして、死を待つだけだったおじいさん自身でもあったのだ。

 

 窓の外、雪はまだしんしんと降り続いている。

 けれど、僕の胸の中には、お母さんのポトフのような、安藤先生の結晶のような、確かな熱が宿っていた。

 

「……僕の方こそ、ありがとう」

 

 僕は手紙を胸に抱き、深く頭を下げた。

 

 店を出ると、金沢の街は一段と深い白に包まれていた。

 僕は、おじいさんの手紙をリュックの奥に大切にしまい、雪の降り積もる街へと踏み出した。

 

 犀川のほとりを歩けば、凍てつく流れの中に、あの日少年と見つめた「消えていく流れ」の気配を感じる。

 

 ひがし茶屋街の入り口を通り過ぎる時、古い土壁のひび割れが、左官屋の老人が言った「呼吸の跡」に見えた。

 

 すれ違う見知らぬ人々の誰しもが、安藤先生の言う「言葉の結晶」を胸の奥に隠し持ち、高橋さんのようにお守りのような誰かの詩を、あるいは佐伯くんのような激しいリズムを抱えて生きている。

 

 雪を吸い込んだ浅野川のせせらぎは、もう「さびしき」音ではなかった。

 とぼとぼと歩く僕の足元で、雪を踏みしめる音が心地よい抵抗となって伝わってくる。

 

 一歩進むたびに、リュックの金色の鈴が「チリリ」と、静まり返った雪の街に小さな波紋を広げていく。

 

 それはハズレの景品なんかじゃない。

 

 この街で、誰かと誰かが繋がっていることを知らせる、世界でたった一つの合図だった。

 

 家に着き、自室のドアを開けるとお母さんの作る料理の匂いが微かに漂っていた。

 

 僕はコートも脱がず、机に向かって、おじいさんから受け取った手紙を机の上の棚に封筒が見えるように置き、ノートを広げた。

 

 最後のページ。そこにはもう、迷いはない。

 

 おじいさんの人生と、僕が歩いた金沢の路地と、まだ逢わぬ誰かへの願い。

 

 僕がこれから生きていくための、新しい設計図の第一線を、僕はゆっくりと引き始めた。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

 室生犀星の詩に導かれ、金沢の街を「とぼとぼ」と歩いた少年の物語、いかがでしたでしょうか。

 

 「人生の設計図」は、一人で完成させるものではなく、誰かとの出会いや、街の景色、そして受け継がれる言葉の結晶によって、少しずつ描き足されていくものなのだという想いを込めました。

 

 もし、皆さんの日常の中にも、ふとした瞬間に「チリリ」と鈴の音が響くような、そんな温かな繋がりが見つかることを願っています。

 感想や評価、レビューなどをいただけましたら、これからの執筆の大きな励みになります。

 また別の物語でお会いできることを楽しみにしています。

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