吸血種の街 中
街の入り口にはクラナカン以外にも、街の住人達の姿があった。
彼らは武器を手にし、結界の外へ険しい顔を向けている。
そこに結界を攻撃してきた何者かがいるのだろう。ノエル達の位置からは、その人物の姿は見えない。
ただ、会話は聞こえて来た。
「うちの街に何の用だい、お兄さん?」
「何の用だも何も。ここに我らが誓言の聖女がいるのは分かっている。私は聖女様を迎えに来ただけだ。大人しく中へ入れてくれると有難いのだが?」
「いやいや、問答無用で結界を攻撃してきた奴を、簡単に入れるのは、ちょっとできない相談だぜい」
「強度のチェックだよ。どの程度で殴れば壊れるかというね」
「うん、だから入れられないんだけどな?」
なかなか物騒なやり取りだった。クロテッドは不安そうに兄の方へ視線を向けている。
とりあえず結界自体は壊れていないので、まだ本気で壊そう、という気はないようだ。
まぁ、それはともかくとして。
結界を攻撃したらしき人物の発言に、ノエルは「おっとぉ……」と呟いた。
ついでに言うと、その声にノエルは聞き覚えがある。
「あー、これ、私の関係者ですねぇ……」
「ノエルさん、知り合い?」
「はい、数少ない知り合いですねぇ。これは私が出た方が良さそう」
クロテッドにそう言うとノエルはわざと大きな声で、
「カウフマン様、お顔が怖いですよ」
と言って手を振った。その場にいた全員の視線が集まる。
カウフマンはノエルの姿を確認すると、一瞬ホッとした表情を浮かべた。
だが直ぐにそれを消してにこりと笑うと、
「私の顔が怖い理由はお分かりでしょう?」
と言う。これは怒っている時の顔だな、とノエルは瞬時に理解する。
「怒ると思ったので、伝言とメモを残したんですよ」
「そうですね。アレが残されていたので私だけで来たのです。むしろ感謝していただいても良いのでは?」
「ありがとうございます。ごめんなさい」
「はい、よろしい」
相変わらずの物言いだが、カウフマンの機嫌は少し治ったようだ。
張り付けたような笑顔を取りやめて、彼はノエルと、クラナカン達を順番に見たあと、
「とりあえず、きちんと理由を教えていただきましょうか」
と言ったのだった。
◇ ◇ ◇
「なるほど、誓言が必要だったのですね」
とりあえず、まだカウフマンは結界の外にいるが、その状態でノエルが理由を話せば、カウフマンは納得したように数回頷いた。
何だかんだでカウフマンは人の話を聞かない男ではない。
ちゃんと聞いて、理解してくれたようなので、ノエルはホッと息を吐いた。
「説明が短かったのは申し訳ないと思いますが、とりあえず要点はちゃんと伝言とメモでお伝えした通りです」
「そうですね。要点は合っています。ですが、それが通る話ではない事はご存じでしょう」
「うっ! ぞ、存じでおりますけども……」
半眼になって痛い所を突かれて、ノエルは胸を押えて一歩後ずさった。
聖女は許可なく誓言の館を出てはならない。
選別した人間以外に誓言を与えてはならない。
それはノエルが幼い頃から何度も言い聞かせられてきた事だ。
別に意地悪で言われているのではないのは分かる。
政治的な意図とか、まぁ、その辺りはあるだろう。
だが一番はノエルの安全を考えての事なのだ。誓言の聖女は狙われやすい。だから護衛がつくし、会う人間も選別される。
ノエルだって分かっているのだ。そうでなければ今までもっと自由に外を歩いて、誓言を使っていただろう。
分かってはいるのだ。けれども誓言を求める者を拒む事はノエルはしたくなかった。
必要とされていて、叶えられる望みであったら、そうしてあげたい。それがただのエゴだとしても。
「……存じてはおりますけども」
しょんぼりとノエルは繰り返す。
そんな様子を見たカウフマンは小さく息を吐いた後、
「……ですが、まぁ、聖女様の性格から考えれば、そうするだろうなぁというのもありますよ」
とも言った。え、と思って顔を見れば、彼は少し困った表情で笑っている。
いつもと違う反応に、ノエルは目を丸くした。
もう少し厳しい言葉や説教が来ると思ったのだ。なのになぜかカウフマンの言葉はちょっと優しくて、それ以上は怒られない。
有難いのだが、それはそれでノエルは何だか心配になってきた。
「ど、どうしました、カウフマン様。何か変な物でも食べました?」
「ハハハ、言うに事欠いてそれですか。聖女様は本当に、私の事を何だと思ってらっしゃるのか」
「口のお悪い騎士団長様ですよ。というか、心配したのになぜか怒られている……」
「口のお悪い聖女様に、私も似たような感想を抱きました」
「いえですが、私は怒る理由はなかったですよ?」
「当てはめる感情が違いますねぇ」
「ええー……」
ノエルが困ってそう呟くと、カウフマンは小さく噴き出した。
それからかれはようやく普段通りの見慣れた表情に戻る。仕事の顔だ。
カウフマンは「さて」と言うと、今度はクラナカン達の方へ顔を向ける。
「今回は聖女様の意志もある。誓言の館へ侵入し、聖女様を攫った事については、何の咎めが行かぬようにはする」
「へぇ、いいの? おたくらにしたら、ずいぶん優しいじゃん」
「聖女様の機嫌を損ねるのと、どちらがマシかを考えただけだよ」
カウフマンは両手を開いてそう言った。
「……ところで、そちらのお嬢さんの石化病は治ったのですか?」
「はい、治りましたよ」
「……そうですか、それは何より」
ノエルが頷くと、カウフマンはフッと微笑んだ。
ずいぶんと優しい顔をしている。カウフマンもこういう表情が出来るんだなとノエルは思った。
「さて、まぁ、それはともかく。私が色々を黙らせられるのも、そう長くはありません。そろそろ戻れますか、聖女様」
「そうですねぇ……」
カウフマンの言葉にノエルは少し考えた後「あ」とクラナカン達を見る。
「誓言、必要な方、まだいます? 怪我とか病気とか石化病とか」
「そりゃ、頼めるならそこそこいるけど」
「ではそれ治してから行きましょう。こういう機会滅多にないですし」
ノエルがそう言うと、兄妹は目を瞬いてからカウフマンを見た。同じ様にそちらを向くとカウフマンが呆れた顔になっている。
「聖女様は本当に、そういうところですよ?」
「ギリいつまで行けます?」
「本当にそういうところですよ」
二度目は真顔で言われてしまった。最初より力強い。
カウフマンは深く息を吐き。
「二時間がギリギリです。ただ、途中で倒れたら、そのまま持って帰りますからね?」
と言った。もはや連れて帰るとかではなく、持って帰るである。
倒れたら実際にはそうなるので合ってはいるなと思いつつ、
「よっしゃ! じゃなかった、はい、お願いします!」
許可が出た喜びにガッツポーズをした。
クラナカン達の顔もパアッと明るくなる。
「というわけで、じゃんじゃん集めてください! 出来るだけ小さめのものから順番にすれば、ぶっ倒れる時間が伸びます!」
「そういう要領だけ良くなって……」
カウフマンが何か言いたげに頭を抱えたが、見ない振りをしたノエルだった。




