吸血種の街 下
その後すぐにクラナカン達は街中を駆け回り、誓言を必要とする者達を連れて来てくれた。
ほとんどが怪我人だ。話を聞けば、治療こそ受けているものの治りが悪かったり、痛みが続いている者が多かった。
ただ、どれもクロテッドよりは軽いな、と言葉にはしなかったがノエルは思った。
さて急遽始まった誓言なのだが、意外な事にカウフマンも協力してくれた。
疑問に思ってノエルが聞けば、
「聖女様の護衛は私の仕事ですし、やると決めたからには効率よく行きましょう」
という答えが返って来た。仕事の範疇という事にするらしい。
それはそれでありがたいのだが、何か裏でもあるのでは。
若干の疑いの眼差しでノエルが見えていると、カウフマンは誓言を求める者達に話を聞いて、順番を調整してくれていた。
さすがに慣れているため判断も早くとても手際が良い。おかげでそこそこに人数がいたにも関わらず、スムーズに誓言を進める事が出来たのだ。
疑った事に心の中で謝罪しながらノエルは誓言を使う。最大で二時間と言われていたが、カウフマンのおかげで少し余裕を持って済ませる事が出来た。
数が数だっただけにノエルは疲労困憊だが、達成感はあった。
こうして数をこなしていると分かるが、ノエルが誓言の館で誓言を使っている時も、カウフマンは本当に上手く調整してくれていのたのだろう。
疲れはするが、身体を動かすのも億劫になったりはしなかったからだ。
ベンチに座ってぐったりしながらノエルはカウフマンへ顔を向ける。
「カウフマン様、いつも愚痴を言ってすみませんでした」
「急にどうしました? 今日も晴れていますよ?」
「言うに事欠いてという先ほどの台詞を、そっくりそのまま返したくなりましたね!」
「ハハハ」
ノエルが半眼になると、カウフマンはわざとらしく笑って「冗談です」と言い、話を続ける。
「愚痴を言うくらい構いませんよ。そういう生活を強いているのは私達ですからね。むしろ聖女様の人生の、大事な時間から自由を奪ってしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、確かに自由はあまりないですけど、衣食住はしっかりありますからね。そこあまりお気になさらず。それに三十歳くらいまで頑張れば晴れて自由の身ですし、お金もしっかりいただけますし! やりたい事色々あるので、そこからが楽しみですよ」
「――――そう、ですね……」
ウキウキしながら言うノエルに、カウフマンは一瞬目を伏せた。
何だか少し歯切れの悪さを感じてノエルは首を傾げる。
「カウフマン様、どうしました?」
「いえ、何でも。あなたがヒャッハーと外で飛び跳ねている姿を想像して、何とも言えない気持ちになっただけですよ」
「カウフマン様の中にある私の印象、ちょっと野生味が強すぎません?」
「こっそり筋トレしているの知っていますからねぇ」
「どうしてバレているのか……!」
思わぬところで、自分のこっそりとした趣味を把握されていた事を知ってノエルは頭を抱えた。
まぁこれは誓言の館に勤める者達が偶然それを見て伝わった、という感じではあるが。
ぐぬぬ、とノエルが唸っていると、そこへクラナカンがココアの入ったマグカップを二つ持ってやって来る。
「おーい、お二人さんー! おっつかれー! ほい、これどーぞ!」
「ココアだ、好物です! ありがとうございます!」
「私まで良いのか?」
「もちろん、お兄さんにも色々世話になったしさー。あ、毒とか変な薬は入ってねーからなー」
クラナカンはニッと笑うと、ノエルとカウフマンにそれぞれマグカップを渡してくれた。
ふんわりと甘い香りが心地良い。一口飲むと暖かさと甘さが体中に染み渡った。
「……美味しいな。久しぶりに飲んだよ」
カウフマンもそう呟いていた。
「そう言えば、カウフマン様は甘いものがお好きでしたね」
「え?」
「お茶の時間。いつもミートパイより、甘いお菓子に手が伸びていましたし」
ココアを飲みながらノエルはそう話す。
誓言の仕事の休憩時間は、ノエルはカウフマンと過ごす事がほとんどだ。
休憩時間にはお茶と、ノエルの好物であるミートパイ、そして季節のフルーツを使ったお菓子を用意してくれている。
ノエルは真っ先にミートパイに手を伸ばすのだが、カウフマンはと言えば甘いお菓子をよく食べていた。
もしかしたら気を遣ってくれていたのかなと最初は思ったが、毎回そんな様子だったのと何だか嬉しそうに食べていたので、どうやら甘いものが好きなようだとノエルは思った。
そんな事をノエルが言えば、
「…………意外とよく見てらっしゃるんですね」
とカウフマンは驚いた様子で呟いた。
「へぇーお兄さん、甘いもの好きなのか。じゃー、あれよ。うちの名物好きかもしれねーなー」
「名物ですか?」
「そうそ。宝石ジャム!」
クラナカンはニッと笑ってそう言った。
宝石ジャムとは綺麗な名前だ。ほほう、とノエルは目を輝かせる。
「クラナカンさん、どんなジャムなんですか?」
「宝石糖っていう、見た目が宝石みたいな砂糖の固まりがあってさ。それを果物と一緒に煮詰めてジャムを作ると、キラキラ輝くジャムが出来るんだ。そいつが宝石ジャム!」
「おおー!」
「ほほう」
ノエルが歓声を上げると、カウフマンも興味を持った様子でずい、と身を乗り出してきた。
二人の反応に気を良くしたクラナカンは、びしり、と人差し指を立てて、
「紅茶に入れてもキラキラ、パンに塗ってもキラキラ、食べてもキラキラ!」
「最後以外は理解しました」
「お兄さん、急にスンッてなるのやめてくんない?」
「性分です」
にこりとカウフマンが笑うと、クラナカンは「コノヤロウ」なんて笑っていた。
最初の時と比べるとずいぶん打ち解けたようだ。
ふふ、とノエルが微笑んでいると、カウフマンは「さて」と呟き。
「そろそろ時間です、聖女様」
「そうですね。クラナカンさん、これ、ありがとうございました」
ノエルも頷いて、マグカップをクラナカンに返した。
彼はそれを受け取った後、
「もうちょいのんびりしてっても良いのにな」
と言った。残念そうな顔だ。
「私も外出なんてだいぶ久しぶりなのでそうしたいのですが、大事になっても困りますからねぇ」
「そっか。じゃ、約束はまた今度な」
約束と言われてノエルは目を瞬く。
街を案内するとか、遊びに行くとか、確かそういう話だったはずだ。
「もしかしてあれ、本気だったんですか?」
「何よ、社交辞令だと思ったの?」
「はい」
ノエルが真顔で頷くと、クラナカンは「信用がねーなー」なんて笑った後、
「本気よ、本気。約束な」
と言ってくれた。ノエルは嬉しくなって「はい!」と元気に頷いた。
カウフマンはほんの僅かに首を傾げていたが。
それからノエル達は、クロテッドにも挨拶をした後、彼らの街を後にしたのだった。




