吸血種の街 上
次にノエルが目を覚ました時は、見覚えのない部屋のベッドの上だった。
ずいぶんぐっすり寝ていたようで、頭も体もスッキリしている。
(確か私、誓言を使ってそのままぶっ倒れて……)
思い出し体を起こす。窓の外を見れば、だいぶ日が高い。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうかとノエルは考える。
以前、クロテッドと同じく石化病を患っている子に誓言を使った時は、丸一日眠ったままだった。
当時と比べれば誓言にも慣れていたし、もう少し間隔は短いかもしれない。
そんな事を呟きながらノエルは立ち上がる。そしてドアを開け、部屋の外へ出ると、相変わらず美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。
途端にお腹が、ぐう、と鳴る。
どのくらい寝ていたか分からないが、長い時間食事を摂っていないので、腹は減るわけだ。
お腹を手で押さえながら、ひもじい顔をしていると、
「あ、ノエルさん!」
と声をかけられた。一階からだ。
顔を向けるとクロテッドがノエルに向かって手を振っている。
最初に見た時よりもずいぶん顔色が良い。どうやら元気になったようだ。
良かった、とノエルが思っていると、
「おはようございます! ノエルさん、あれから二日間も寝ていたんだよ!」
と教えてくれた。
さすがに驚いてノエルは「おはようございま……二日!?」と返す。
どうやら前よりも長い時間、寝込んでしまっていたようだ。
それだけクロテッドの症状が悪かったという事でもあるが――まぁ何にせよ治って良かったし、自分も目覚めて良かったなとノエルは思った。
そのまま階下へ降りて行くと、クロテッドが「お腹空いてますよね! こっちへどうぞ!」と席へ案内してくれた。
そこにはクラナカンの姿もある。彼は晴れやかな表情でノエルに手を振った。
「いやー、マジで死んだかと思ったわ。ぴくりともしないし、心臓に悪かったぜー」
「それはご心配をおかけしました。今までにない経験で、自分でもびっくりですよ」
「マジで」
「マジです」
そんなやり取りをしながらクラナカンの向かい側に腰を下ろす。
直ぐにクロテッドが水を出してくれた。
「ノエルさん、何食べる? 今日のおすすめはね、ビーフシチューなの!」
「ビーフシチュー! お願いします!」
ノエルの目がキランと光った。肉類が好物のノエルには嬉しいメニューだ。
だが、そこまで言って、財布を持っていない事にノエルは気が付いた。
「しまった、財布が無い……! すみませんが後払いでも良いですか?」
「いやいやいや、おごりだって。クロテッド助けてくれたしさ」
「いえ、しかしそういうわけには……」
「そういうわけにしといてしといて! だってノエルさんがしてくれた事は、昼食代だけじゃ足りないもの」
クロテッドはそう言うとはにかむ。
「……あのね、私、ダメだと思ったの。治らないって思ったの。だからね、ノエルさん。寝込むくらい大変だったのに……助けてくれて、本当にありがとう」
そして、お礼を言ってくれた。ノエルは目を見開いた後、指で頬をかいて照れる。
「え、えへ……いえいえ……」
「めっちゃ照れてる」
「いやぁ、誓言が大変だったでしょって言われたの、あんまり無くて、えへ……」
もじもじと照れながらノエルが言えば、クラナカンも「そっか」と微笑んだ。
「ノエルって、いい奴だな」
「褒め殺し!? どうしました、もしや今日を私の命日にする気ですか!?」
「しませんて。お前さん、感情のふり幅どうなってんの」
「どうと言われてもデフォルトがこれですし……」
「マジかー」
「マジですねぇ」
先ほどと似たようなやり取りをすると、フフ、とクロテッドが笑う。
それを見て、ああ何かいいなぁ、なんてノエルは思った。
ノエルは幼少の頃からずっと誓言の聖女として生きていた。
両親とは誓言の館に引き取られて、周りにいるのはほとんど全員大人だ。
友達は出来ないし、たまに近い年の子が入って来ても、いつも距離があった。
(誰かとこういうやり取りをしたの、あんまり記憶にないな)
嬉しくなって、ふふ、と笑っていると。
不意に、
カァンッ、
と、何か硬いものがぶつかる音が辺りに響き渡った。
「今の音は……」
何だろうとノエルが見回していると、クラナカンの表情が強張っている事に気が付く。
クロテッドもだ。先ほどとは一転して不安そうな顔になっている。
「どうしたんですか?」
「誰か結界に攻撃してる」
ノエルの問いにクラナカンはそう答えた。
結界、というのは恐らく、この街を覆っていたアレだろう。
しかし攻撃とは物騒な話だ。
ノエルが驚いていると、クラナカンは立ち上がり、
「ちょっと見て来るわー。ノエルは危ないからここにいてくれ」
と言って店を出て行ってしまった。
……待ってくれ、とは言われたものの。
ノエルはクラナカンが出て行った扉をじっと見つめながら、
「クロテッドさん、その結界……というのが攻撃される事って、よくあるんですか?」
「時々あるよ。この街は、吸血種が大勢住んでいる街だから。人は私達を怖がるもの。怖いから攻撃するんだよ。私達は何もしないのにね……あっ! えっと、ノエルさんを攫いには行っちゃったけど!」
最後だけ慌てて、申し訳なさそうにクロテッドは言う。
まぁ、最後だけは事実なのでどうにもならないけれど、それ意外はおおむねその通りだ。
確かに何か大事を起こす吸血種はいる。
けれどそれには前提があり、この世界の大部分の考え方が、その前提を作り出す。
ノエルもそれを知っているし、実際に――誓言の館は吸血種達を受け入れない。
ノエル個人であれば来るもの拒まずだが、その前に跳ねのけられるのだ。
だからこの街は自分達を守るために、光のベールを張ったのだ。
中へ入る時にクラナカンがした動作は、それこそ中へ入る者を『選別』するために必要なものなのだろう。
「……うん、よし。やっぱり見に行きましょう」
「ノエルさん?」
「近付かなければ何とかなりますし、それにほら、私には誓言がありますし。何か妙な状況になっていたら、役に立つかもしれません」
ね、とウィンクをすると立ち上がる。
誓言で何でもできるわけではないが、怪我を治すとかなら得意分野だ。
結界を攻撃されている、という物騒な言葉を聞いた以上、必要になって来る可能性がある。
よし、と思いながらノエルが歩き出すと、クロテッドも「待って待って、私も行く!」とついて来た。
そんなこんなでノエル達は、クラナカンが向かった先――街の入り口へ向かった。




