舞踏会 一
エミリアの来訪から数日後、ノエルの元に舞踏会の招待状が届いた。
手触りの良い封筒に、深い赤色の封蝋。中から出てきたカードには金の箔押しと来たものだ。
買い物も外出もほとんどしないノエルだが、貴族と接する機会はわりとある。なのでそれなりに目は肥えている。
まぁつまり、その目で見て一般人が使うものではない、というのは理解した。
さて、そんな招待状だが。
中に記されていた名前を見てノエルは目を丸くした。
何と送り主はアルヴィンからだったのである。
「アルヴィン王子から舞踏会の招待状……」
「その通りです。聖女様はお忙しいとお伝えしたのですが」
「あ、伝えてくださったんですね。ありがとうございます」
「いえいえ。その話の流れで、これを言ったら絶対に来ると思いますから、と頼まれた台詞がありまして」
「ほほう?」
アルヴィンとはなるべく距離は置きたいし、ダンスが踊れないので舞踏会も遠慮したい。
とは言え、その台詞には興味がある。
なのでノエルが「どんな台詞で?」と聞き返すと、カウフマンはコホン、と小さく咳をして、
「美味しい肉料理もたくさん用意しました」
と言った。ノエルは両手で顔を覆う。
「とんだ食いしん坊だと思われている……!」
「でも、お好きでしょう? 肉料理」
「大好きです!」
パッと顔から手をはなし、ノエルは力強く頷く。カウフマンが「ですよね」という顔で笑った。
「お肉には興味がありますけれど、ホイホイ釣れる私ではありませんよ。でもカウフマン様のご様子だと、お断りするのは難しいお話なんですよね?」
「ええ。アルヴィン王子が陛下に『聖女の普段の頑張りをねぎらうために!』と力説したそうです。その言葉に陛下が胸を打たれ……というわけで。参加の方向で調整しないといけない事になりました」
「わあ……。カウフマン様も大変ですねぇ」
「私はスケジュール調整をするだけですからね。大変なのはノエルさんの方ですよ」
「ああ、ええ、ダンスですよねぇ……」
「ダンスです。というわけで叩き込みますのでお覚悟を」
「ダンスに挑む台詞じゃない」
まるで「これから稽古しますよ」みたいなノリで言われて、ノエルは半眼になった。
そんなやり取りを聞いていたクラナカンとクロテッドはのんきな様子で、
「頑張れよノエル! 俺達ミートパイ食べて応援してるわ!」
「無理しないで頑張ってね、ノエルさん!」
と応援してくれた。言葉の裏にあるのは「カウフマンからの稽古を逃れた」という安心感だけである。
この二人、だいぶしっかりカウフマンに鍛えられており強くなっているが、その稽古は厳しいらしく、出来れば回避したいという気持ちがあるようだ。
ぐぬぬ、とノエルが思っていると、カウフマンがにっこりととても良い笑顔を二人に向けた。
「何を他人事のように。君達もダンスの練習をするので、そのつもりで」
「マジかよ。俺達必要ないじゃん!?」
「ダンスは一度だけではないんだ。同じ人間と続けて踊ると『婚約者です』や『結婚します』のような厄介な意味が混ざってきてしまうから、複数人でガードした方が良い」
「ガード?」
「ああ。ノエルさんがアルヴィン王子と続けて踊る、なんて事になったら困るだろう? なるべく離れないつもりだが、私が不在の時は君達に代わりをしてもらう必要がある」
カウフマンはそう言った。
確かにそれは困る。カウフマンと恋仲のフリはしているし、それをカウフマンの仲間や、先日やって来たエミリアが少しずつ広げてくれてはいるものの、まだまだしっかりした状態ではないのだ。
そこへ婚約者がまだ決まっていないアルヴィンと何度もダンスを踊ろうものなら、ややこしい事になりそうである。
「まぁ、アルヴィン王子がそこまで考えているかどうかは分かりませんが」
「考えていたらなかなかの策士よね、お兄ちゃん」
「だなー。っていうか実際にどうなのよ? 俺達が集めた王子の情報には『優しい』『病弱』『穏やか』くらいしかなかったぜ。あの人、情報のまんまの王子なの?」
「あー、それはそうですね。私もそういう人かなぁと思っているのですが、カウフマン様から見てどうですか?」
クラナカンと一緒にノエルが聞くと、カウフマンは腕を組み、
「……あと頭が良い、でしょうか。外に出られない分、勉強は欠かさずにしておられたそうですし。陛下達の仕事上の悩みを、あっと言う間に解決したとも聞いてます」
「なるほど……」
「ただ精神面や性格面は、あまり付き合いが深くないので、断言は出来ませんね」
カウフマンはそうも続けた。
評判通りなら良いが、それはそれとして慎重でいた方が良さそうである。
ノエルは「分かりました」と頷くと、
「では、あまり気が乗りませんが、ダンスの練習頑張りましょうか」
「ノエルさんがやる気を出してくださって何よりです」
「乗り気がしないという言葉を一瞬で塗り替えられた気がします」
「気のせいです」
ノエルのツッコミを、カウフマンしれっと笑顔で流す。
絶対に気のせいではないと思うが、この男は相変わらずである。
そうしていると、クロテッドが「あれ?」と首を傾げた。
「そうなると私、男性パートを覚えれば良いのね?」
「おや、話が早い。ええ、申し訳ないが、クロテッドさんにはそちらをお願いしたい」
「という事は男装ね! 舞踏会で男装、ちょっと憧れるわ、楽しそう!」
「妹よ、ドレスはいいの?」
「ドレスは素敵だけど、靴が無理だわ」
クロテッドは真顔になって首を横に振った。
ああ、確かにヒールのある靴は慣れるまで大変だったな、とノエルも思い出す。
とは言え『慣れた』なんて言う回数、ノエルも履いてはいないのだが。
履いて踊れるかな、とノエルが考えていると、
「では、話がまとまったところで。さっそく練習をしましょうか。時間もあまりない事ですし」
とカウフマンが言い出した。
「い、今からですか!?」
「今からです。夕食の肉料理を一品増やすよう頼んでありますので、頑張ってくださいね」
「やったー! 頑張ります!」
肉料理の言葉にノエルが満面の笑顔で喜んでいると、それを見たクラナカンが、
「ホイホイ釣られてるじゃん……」
なんて半眼になって呟いたのだった。




