恋とはどんなものかしら? 下
「放してくださいまし! もうもうっ、私を誰だと思っておりますの!」
「…………」
騒ぐ少女を見下ろしながら、ノエルとカウフマンは半眼になっていた。
目の前にいる彼女がクラナカンとクロテッドが捕まえてきた『侵入者』である。
「何をなさっているのですか、エミリア様……」
ハァ、とため息を吐きながらカウフマンは、縄で縛られた少女の名前を呼ぶ。
エミリアーーつい先日の誓言の時間に大騒ぎをして帰ってきた貴族の少女の名前である。
その時はドレスを身に纏っていたが、今は侍女風の装いをしていた。誓言の館の侍女達が着用している物とは微妙にデザインが違うが、色合いはよく似ているので、並ばないと分かりづらいなとノエルは思った。
さて、そんなエミリアだが。
カウフマンに問われた彼女はキッと顔を上げてこちらを睨んで、
「後でお話しましょうと言ったのはそちらですわ! なのにぜんっぜん、ご連絡がないんですもの! だから来たんですのよ!」
と言った。いや、まぁ、言ったには言ったのだが。
ノエルにだってスケジュールがある。誓言の順番を待ってくれている人達にもスケジュールがある。
上手く調整したとして、休憩時間を除いてしっかり時間を作れるのは十日程先になるのだ。
という事をエミリアに説明したのだが、
「アルヴィン王子との時間は取れるのに、私との時間は取れないんですの!?」
と、まるで悋気を起こした恋人のように返されてしまった。
するとクラナカンとクロテッドが、
「いや、そりゃ王族だしなー。比べようがねーでしょーよ」
「そうね、お兄ちゃん。王族が来たいって言ったら、忙しいですなんて言えないものねー」
とツッコミを入れてくれた。その通りだとノエルとカウフマンは頷く。
するとエミリアは怒り出――す事もなく。目を瞬いて「それはそうですわね」と納得していた。
おや、とノエルは思う。
もしかしたらこの子は頭に血が上りやすいだけで、理由を説明して納得すれば、ちゃんと話を聞いてくれるタイプなのかもしれない。
「それでエミリア様、これはどういう事でしょうか?」
「アルヴィン王子の件で、聖女様にお話に来たんですの。あなたがアルヴィン王子の事をどう思っているか、確認に来たんですわ」
少し落ち着いたようで、エミリアはそう言った。
やはり彼女はノエルがアルヴィンを誑かしているだとか何だとか、その話に来たようだ。
「アルヴィン王子の事は何とも思っておりませんし、誑かしてもおりません」
「でもアルヴィン王子はあなたに好意を持っていらっしゃるのですわ!」
「私はそのお気持ちに返せるだけのものは持っておりませんし、それに……」
話しながらノエルはカウフマンを見上げる。
例の恋仲のフリだ。まずはエミリア相手にチャレンジである。
ノエルがよし、と心の中で気合を入れながら、
「私は、その……おっ! お慕いっ! している人がおりますので!」
フリなのに途中で照れくさくなって、少し噛んでしまったが、ノエルははっきりそう言って見せた。
すると合わせるように、カウフマンがノエルに向かって優しく微笑む。
見つめ合う二人。それを見てエミリアが目を瞬いた。彼女はノエルとカウフマンを交互に見比べた後、
「まあ! あの、もしかしてお二人って……」
「ええ、その通りです。ノエルさんが恥ずかしいと仰るので、内緒にしていたのです。勘違いをさせてしまって申し訳ありません。ね、ノエルさん?」
「そう! です! 私が恥ずかしくて!」
カウフマンに話を振られ、ノエルは大きく頷く。
恋仲のフリをすると言っていたが、そう言えば自分は演技なんてものに縁がなかったとノエルは今思い出した。
「……この通り、人前で言葉にしようとすると、緊張してしまうのです。私の愛しい方は可愛いでしょう、エミリア様?」
ノエルの酷い演技を何のその。この間言っていた通りカウフマンが完璧なフォローを入れてくれる。
何でも出来るんだなこの人はと、ノエルは硬い笑顔を浮かべながら心の中で感心していた。
うふふ、あはは、と笑い合っていると、エミリアの顔がサーッと青褪めるのが見えた。
「そ、そうでしたの……! どうしましょう、私、てっきり……! ごめんなさいっ!」
そして彼女は縛られたまま、勢いよく頭を下げた。
この様子だと分かってくれたようだ。ノエルが確認するようにカウフマンを見ると、彼は頷いてクラナカン達に「縄を解いてやってくれ」と言った。
自由になると、エミリアは立ち上がって今度は静かに、そして「本当にごめんなさい……」と深く頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらないで下さい。お分かりいただけて良かったです」
ノエルがにこりと微笑んでみせると、エミリアは顔を上げ、安堵したように柔らかい表情になった。
「……ありがとう。……その、私、またアルヴィン王子を騙そうという人が来たんじゃないかって、心配になって」
「騙す? 以前にそういう事があったのですか?」
おや、と思ってノエルは聞き返す。クラナカンとクロテッドも目を丸くしていた。
カウフマンは知っているようで、驚きはなかった。
「ええ。好きでもないのに婚約者になろうなんて画策した方々がおりましたのよ。吸血種を名乗って自分達の身の上を訴えて、アルヴィン王子の優しさに付け入ろうとしたんですの!」
「吸血種ですか?」
「そうなんですの! でも、ニセモノだったのですけれど……」
エミリアはぎゅっと手を握って話してくれた。
それにしても何だか聞いたような話だ。確か吸血種を名乗って周辺の村や街をを荒らしている悪党がいるとカウフマンも言っていたはずだ。
その話と関係があるのだろうか。そう思っていると、エミリアは少し目を伏せ。
「だから私、あなたも同じじゃないかって思ってしまって……」
「エミリア様はアルヴィン王子の事をとても大切に思ってらっしゃるのですね」
「ええ、もちろんですわ! 私、アルヴィン王子の事とっても大好きなんですもの!」
ノエルの言葉にエミリアは花が咲くように笑った。
慈しむように細められた目と、ほんのりと赤く染まった頬。
それを見てノエルは、きっとこれが恋をしているという事なのだと思って、ふふ、と微笑む。
「今日は本当にごめんなさい。あの、後日きちんと、お詫びに伺いますわ」
誤解が解けたエミリアは、もう一度謝ってから帰って行った。
最初とは打って変わって落ち着いた様子を見る限り、たぶん大丈夫だろう。
ノエルがホッとしながら、ふと先ほどの演技を思い出し、カウフマンを見上げた。
「カウフマン様」
「はい、どうしました?」
「フォローしてくださってありがとうございました」
「いえいえ。むしろあのくらいの方が自然で良かったですよ」
「そうですか? もしかして私の演技、上手いですか!?」
あまりに酷い演技で、自分で自分が情けなく思っていたところ、予想外に褒められた。
なのでノエルがパッと顔を輝かせてそう言うと、
「いえ、それはないです」
「ないな」
「ないねー」
カウフマンどころか、クラナカンとクロテッドにまで言われてしまい、膝から崩れ落ちるノエルだった。




