嵐のような淑女 下
誓言の仕事を終えた後、ノエル達四人は集まって緊急会議を開いていた。
議題は『エミリア嬢について』である。
「さて、少々面倒な事になりましたね」
「本当ですね……。カウフマン様はエミリア様の事、ご存じですか?」
「ええ、一応は。彼女はアルヴィン王子の幼馴染なのですよ」
ノエルが聞けばカウフマンはそう教えてくれた。
エミリアの母親が王妃と仲が良く、その関係で二人は交流があるそうだ。体の弱いアルヴィンのお見舞いによく行ったり、体調が良い時は一緒に遊んだりと、二人の仲は良いらしい。
そしてエミリアは自然とアルヴィンに好意を抱くようになったとか。そんな付き合いであるから、きっと婚約者には彼女が選ばれるだろうな、と周囲も思っていたらしい。
「友情が愛情に……。とってもロマンチックねぇ」
「そこに巻き込まれたノエルは大変ねぇー」
ハハハ、と笑うクラナカン。ノエルとしては笑い事ではない。
話を聞く限り二人は婚約秒読み、みたいな感じだったのではなかろうか。
そこへポッと出の人間がアルヴィンの関心を引いてしまったら、それは確かにエミリアからすれば面白くないだろうなというのは、ノエルにだって分かる。
まぁ、それはそれとして。
「私はただ誓言の仕事をしていただけなのにどうして」
「吊り橋効果は偉大ですねぇ」
嘆くノエルにカウフマンは軽く両手を開いてそう言った。
ノエルとしてはそんな効果の有無、本の知識だけで留めておきたかった。
「とにかくその魔のトライアングルから脱出しなければ。ひとまず状況的には最悪ですが、ある意味でこれはチャンスでもあると思うんですよ」
「おや、チャンスですか?」
「そうです。エミリア様はアルヴィン王子がお好きなのでしょう? でしたらそこが上手く行ってくれれば、こちらへの今後の被害はゼロです!」
「被害」
「しまった、ついうっかり本音が口から零れて……」
被害というのは言い過ぎかなと後でノエルは思ったが、それでも感覚的にはそんなようなものだ。
アルヴィンとエミリアが良い関係になってくれれば、ノエルは誓言の仕事が捗るし、休憩時間もしっかりとれてミートパイも食べ放題だ。
それにカウフマン達の計画を進めるにしても、王族の目があまりない方がやりやすいだろう。
そんな事を彼らに話すと、三人は「まぁ確かに」と頷いてくれた。
「でもさ、好きだの何だのってのは、結局のところ当人同士のアレだぜ。外野がどうのこうの言ったって、逆効果になっちまわねー?」
「そうねぇ。他人を変える事は出来ないもの。下手に手を出してこじれさせるのも、それはそれで困った事になるんじゃないかしら」
「ふむ、それはそうですね。で、あれば、どうしたものか……」
クラナカンとクロテッドの言葉を聞いて、カウフマンが顎に手を当てる。
そうしてしばし思案した後で「まぁ、こちらがフリをすれば良いか」と呟いた。
どうやら何かを思いついたらしい。ほほう、と思ってノエルが身を乗り出す。
「カウフマン様、何か良いアイデアが浮かびましたか?」
「ええ。ノエルさんが誰かと恋仲である、というフリをすれば良いというお話ですよ」
「こいなか」
しかし返ってきた言葉にノエルは固まった。
「コイという東方の綺麗な魚の中に混ざる的な」
「また微妙な知識のボケを……」
若干混乱しておかしな事を口走るノエルに、カウフマンは肩をすくめた。
まぁノエルだって言葉の意味は分かる。恋仲、つまり恋人のフリをしろ、という話なのだ。
ノエルに恋人がいれば、アルヴィンがいかに好意を抱いていようがさすがに諦めるだろう、という事である。
「確かに良い方法だとは思いますが、ここに一つ問題があります。私は生まれてから今まで恋人はゼロです」
「大丈夫だよ、お兄ちゃんもそうだから!」
「妹よ、バラす事なくない?」
クロテッドの発言にクラナカンが半眼になった。どうやら彼も年齢分恋人がいないらしい。仲間である。
ふふふ、とノエルが笑っていると、クロテッドはカウフマンとクラナカンを見比べて、
「それじゃあ、どうする? どっちがノエルさんと恋人のフリをするの?」
と言った。そう言えば確かにノエルが恋人のフリを頼める相手はこの二人だけである。
ノエルとしてはカウフマンでもクラナカンでも、どちらでも構わないのだが。
そう思って見ていると、先にカウフマンが口を開いた。
「年齢的にクラナカン君の方が良いと思いますね」
「あらやだ嬉しい! ……んだけど。まー俺がフリしても良いんだけど、自然な感じってんなら、俺よりカウフマンさんの方じゃねーかね」
「私の方が自然?」
カウフマンは少し驚いた様子で目を丸くする。
クラナカンは「そうそう。付き合い長いんだろ」と言って、
「それに悲しい事実だけど、俺、今まで恋人いねーんだわ。だからそれっぽい事できねーし、フォローすんのも難しいと思うんだよ」
とも続けた。
「あー、私も同じく今まで恋人いませんから、ボロを出しそうな気がしますね」
「だろ? カウフマンさんなら上手くフォローしてくれると思うんだよ」
「確かに! どうですか、カウフマン様?」
クラナカンの言葉に納得してノエルがカウフマンへ目を向ける。
彼は少し困惑した様子で、
「それはもちろんフォローは完璧にしますが……。ノエルさんはよろしいのですか?」
「何がですか?」
「私が恋人役で、というお話です。……件の話は知っているでしょう? 上からは『計画通りだな』という目で見られますよ」
「そう見えた方がこちらの計画的にも都合が良いのでは?」
「それは、そうですが……」
あっけらかんと言うノエルとは正反対に、カウフマンは難しい顔になった。
それから彼は少し考えた後「分かりました」と頷く。
「善処しますが、本当に、心の底から嫌だと思ったら仰ってくださいね」
「分かりました。でもカウフマン様、そんな感じでしたっけ?」
「何がです?」
「私のように卑屈になっていますよ」
「おやおや、ノエルさんと一緒にしないでください。私のこれは慎重と言うのですよ」
以前のお返しで言った言葉が華麗に打ち返されてしまった。
にっこり笑うカウフマンに、ノエルはぐぬぬと唸り、そのやり取りを聞いたクラナカンとクロテッドは噴き出して笑ったのだった。




