嵐のような淑女 上
それは唐突に現れた。
その日、ノエルはいつも通り仕事をしていると、とある人物の順番がやって来た。
彼女の名前はエミリア。歳は十八とノエルと同い年で、この国で爵位を持つ貴族の子女だ。
誓言を求めた理由は『ずっと続いている頭痛を治したい』だ。
事前に仕事内容をカウフマンから聞いていたノエルが、他の人達と同じように声をかけると、
「あなたがアルヴィン王子を誑かしている聖女ですわね!?」
ビシリ、と指をつきつけてそんな事を言い出した。
これにはノエルは目を丸くする。誑かすとは何の話だろうかとカウフマンを見ると、彼はこめかみを押さえていた。
少し離れた位置で控えているクラナカンとクロテッドも顔をお互いに顔を見合わせている。
「ええと、エミリア様。何のお話でしょうか?」
「とぼけても無駄ですわ! 私、はっきりとアルヴィン王子から聞きましたもの! あなたがいる以上、他の人と婚約はしたくないって!」
「は、はあ……」
何だそりゃ、とノエルは思った。
確かにカウフマンからアルヴィンがノエルに好意を持っているという話は聞いた。
しかしノエルはその後、一緒にお茶をする時に、彼の好意に応える事は一切しなかった。当たり障りなく会話をして、それっぽい話題が出たらスッパリ切って。
何とも思っていませんよ、という態度を貫いていたのだ。見事な塩対応でした、と良く分からない褒め方をカウフマンにされるくらいにはちゃんとしていたのだ。
なのにどうしてまだそんな話が続いているのだろうか。
解せぬ、と思いながらノエルは愛想笑いを浮かべる。
「アルヴィン王子の事は何とも思っておりませんのでご安心を。エミリア様がご心配されているような事には一切なりませんから」
「何とも!? あの美しくてお優しいアルヴィン王子の事を何とも思っていない!? 失礼ですわ! 心の底から褒め称えるべきですのよ!」
「いえ、確かにアルヴィン王子はお美しいしお優しいですけれど……」
「やっぱり何とも思っていないなんて嘘ですのね!?」
「えぇ……」
どう答えれば良いんだ、これは。
何を言ってもマイナス評価の剛速球が返って来る。こんな会話はした事が無い。
ノエルが困ってカウフマンを見上げると、彼は腕を組み「エミリア様」と呼びかけた。
「今、聖女様は誓言のお仕事の最中です。エミリア様はそのためにいらっしゃったのですよね?」
「ええ、そうですわ! アルヴィン王子を誑かす聖女の話を聞いてから、止まらない頭痛を治しに来たのですのよ!」
「エミリア様の頭痛は、何かご病気の関係なのでは?」
「私、生まれてから今まで、病気一つした事のないくらい、とっても健康なのですのよ!」
「…………」
カウフマンの笑顔が二割増しになった。怒っている。
怒りの感情の代わりに笑顔になれるのは便利だなと、若干現実逃避しつつノエルは思った。
しかし、いつまでも逃避しているわけにはいかない。今は誓言の時間なのだ。なのでノエルはパンパン、と手で顔を叩いて気合いを入れると、エミリアを真っ直ぐに見つめる。
「エミリア様、今は誓言のお時間です」
「知っていますわ!」
「あなたの後ろをご覧ください。まだ何人も誓言を待っている方がいらっしゃいます」
「それが何か!?」
それが何か、と言ってしまう辺り、正義感か何かで周りが見えなくなっているようだ。
はっきりと言葉にしたせいで、後ろで順番待ちをしている人達がドン引きしたのが見えた。
これ以上何か言わせると本人的にもまずそうだ。すぐそばで控えているエミリアの侍女にもそれが理解できたのだろう、どんどん顔色が悪くなっている。
言いたい事も上手く伝えられないからこそ身分って厄介だよね、と侍女に少し同情しながらノエルは話を続ける。
「私は誓言を必要としている方に誓言を届けたいのです。ですから、エミリア様が誓言を必要としてくださるなら、誓言を使います。ですが必要ないのであれば、他の、誓言を待ってくださっている方に、そのお時間を譲ってくださいませんか?」
ノエルは誓言の仕事は大変だが好きだ。この力を必要としていて、助けられるならいくらでも助けたい。
けれど現実的には限界があるし、すべては無理だ。だからこそこうして毎日順番を待ってくれている一人一人に確実に誓言を届けたい。
そしてもし誓言が必要でないなら、エミリアにはどいて欲しいというのが本音である。
目を逸らさずに言うノエルにエミリアは少し動揺した。するとカウフマンが一歩前へ出て、
「エミリア様、誓言で頭痛を治しますか?」
「い、いえ、私は……その……頭痛は……特に……」
ようやく冷静になったのか、エミリアは視線を彷徨わせた後、俯いた。
どうやらそういう事らしい。カウフマンは小さくため息を吐くと、
「ではアルヴィン王子の件は、日を改めてお話しましょう。今日のところはお引き取りください」
と言って、彼女の後ろに控えていた侍女に目を向けた。
侍女は青い顔をしながらエミリアに声をかけ、そのまま聖堂を出ていく。
まぁあの勢いだ、止められなかったのだろうなぁとノエルは思いながら、順番待ちをしている次の人へ呼び掛ける。
「お騒がせしました。こちらへどうぞ」
「あ、は、はい!」
ノエルが呼び掛けると、早足でこちらに近づいて来る。
彼女に向かって安心させるように微笑みかけると、ノエルは気を取り直して誓言の仕事を再開したのだった。




