新しい護衛 下
クラナカンとクロテッドが来てから、ノエルの日々はなかなか楽しいものになった。
何て事のない雑談をしたり、一緒に食事をしたり。そういう相手は今までカウフマンだけだったので、何だかとても新鮮に感じる。
まぁそんな調子でウキウキと仕事を終えたノエルは、休憩時間にカウフマンを含めて四人で一緒にお茶を飲んでいた。
「そう言えばカウフマンさんっていつも、ノエルの事『聖女様』って呼ぶよなー」
するとクラナカンがそんな話題を出して、カウフマンが咽た。
言われてみると確かにそうだ。名前を呼ばれた記憶はノエルが覚えている限りではない。
もぐもぐ、ごくんとミートパイを飲み込んだあと「そうですねぇ」とノエルは言った。
「何か理由でもあるのかい? ほら、俺達の事は普通に名前で呼ぶじゃん?」
「さて、カウフマン様の事ですからねぇ。まさか名前を忘れているなんて事はないと思いますけれど。……ないですよね?」
確認の意味を込めてノエルが聞くと、カウフマンは嫌そうに顔を顰める。
「お顔がとんでもない事になっていますよ、カウフマン様」
「出てきた話題が大変答え辛い内容だったからですよ」
カウフマンがハァ、とため息を吐いた。
名前を呼ぶ呼ばないなんて、そんなに難しい内容ではないと思うのだが。
しかしこの反応を見ると『呼ばない』事があまり良い意味ではなさそうで、ノエルは微妙にダメージを受けた。
もしや名前を呼びたくないくらい嫌いだとかそういうアレだろうか。
確かにノエル自身、ここ最近までカウフマンの事が嫌いだったので、逆に自分がそう思われていても当然ではあるが。
わがままだけれども何だかちょっと気落ちして、それを誤魔化すように再びミートパイをもぐもぐし始めると、カウフマンが若干困った顔になった。
「……いえ、別に聖女様がどうこう、という話ではないのですよ」
「じゃあ嫌いじゃないのね? ノエルさん、嫌いじゃないって!」
「いえいえ、お気になさらず……」
「どうするんだよカウフマンさん、へこんじゃったじゃん」
「クラナカン君、元の原因は君なのだが?」
クラナカンに恨みがましい目を向けながら、カウフマンはもう一度ため息を吐くと、
「…………人は自分の名前をたくさん呼んだ相手を、好きになると言われています」
と言った。とても言い辛そうにだ。
ノエルが顔を上げてカウフマンを見ると、
「私が名前を呼んで、もしもそうなった場合、聖女様に申し訳ないと思ったのですよ」
と彼はそうも言った。
その言葉にノエルは以前、カウフマンが言った言葉を思い出した。
『聖女と結婚をする事。そのために聖女に好かれるように行動する事。――――それは騎士団長の仕事の一つなのですよ』
『この国の方針がそうである以上、聖女様の婚姻に絡んだ諸々は決定事項であり変わらない。……あまりに、酷い話ではないかと』
ああ、そういう事かとノエルは理解した。
カウフマンはノエルが嫌いでも、ノエルの名前を忘れているわけでもない。
歴代の聖女と騎士団長の事を知っている彼だからこそ、ノエルに出来る限りの自由をくれようとして、そう行動していたのだ。
「カウフマン様、意外とお優しいですね」
「おや、私はいつも優しいですが?」
「またまた」
「いやいや」
空気を換えるようにノエルが少し冗談めかして言うと、カウフマンもノってきた。
そのやり取りを聞いてクラナカンとクロテッドは「なるほど、そういう事かー」と軽く頷いている。
ちなみに二人にもカウフマンは計画について話しているらしいので、聖女関係の話を知っているのだろう。
「でもさー、それならノエルが理由を知ってる今なら、別に名前で呼んでも良いんじゃね?」
「クラナカン君はまたそういう事を」
「お兄ちゃん、ダメだよそれを言ったら! きっとカウフマンさん、ずっと聖女様って呼んでいたから、今更名前で呼ぶの恥ずかしいんだよ!」
「…………」
すると空気をまるで読まずにクラナカンとクロテッドはそんな事を言って、カウフマンは頭を抱えた。
珍しいものを見たなぁとノエルは目を丸くする。普段余裕ぶっているカウフマンしか見た事がないので、こういう風に困惑している姿は貴重だ。
しかしまぁ、それは置いておいて。この反応だとクロテッドの言った理由が本当なのだろう。
ノエルはじっとカウフマンを見つめる。視線に気付いたカウフマンがノエルの方を向いた。
「……何です」
「良かったら名前でどうぞ」
「…………」
カウフマンは手で顔を覆った。
こ、これは……とノエルは思った。
いつもやり込められている分、逆の立場になる日が来るなんて思いもよらなかったからである。
心の中でクラナカンとクロテッドにお礼を言っていると、カウフマンは手を顔から離し、それから、
「……分かりました。では、聖女様のお言葉に甘えて、今日からは名前を呼ばせていただきます。――――ノエルさん」
とノエルの名を呼んだ。
丁寧に、一言一言に力を入れて、若干ゆっくり目に。
何か背筋がぞわっとして、ノエルは軽く仰け反った。
その反応に少し機嫌を良くしたのか、カウフマンはにこりと笑い、
「ノエルさんが言ったのですから、私に惚れても恨まないでくださいよ?」
「急に元気になりましたね」
「おやおや、私はいつも元気ですよ。というわけで元気な私と一緒に、クラナカン君とクロテッドさんには後で追加稽古だ」
「ぎゃー!」
「やだー!」
なんて、あっという間に元に戻ったのだった。




