アルヴィン王子 下
一瞬、ノエルは何を言われたのかよく分からなかった。
なので頭の中でカウフマンの言葉を繰り返して、少し経ってから「はい!?」とぎょっと目を剥いた。
「いやいやいや、カウフマン様。何でそんな急に甘酸っぱい要素が出て来るんですか」
「急というか……本当に、まったく、気づいてらっしゃらなかったのですね。あれだけ分かりやすく態度に出ていたのに」
「いやだって、よく来るなぁくらいしか」
力いっぱい誓言の仕事をしたいノエルにすれば、休憩時間にやって来るアルヴィンに対しての心象はあまり良くない。
むしろお見舞いに来てくれるより前の方が印象が良かった。
今ではちょっと困ったな、という対象になってしまっている。
だから好意と言われても「何で?」としか思えなかった。
「好意を持たれる理由ってありましたっけ」
「誓言で王子の体調を治していたでしょう? きっかけはそれですよ」
「その理屈だと、私、皆にモテモテという事になりますねぇ」
「聖女様の思考のふり幅は一体どうなっているのでしょうか」
「ついこの間、似たような事をクラナカンさんに言われましたよ」
あの時は感情のふり幅ではあったが、まぁ、似たようなものである。
それにしても好意とは、アルヴィンも変わった趣味を持っているなぁとノエルは思った。
先日カウフマンにも言ったが、ノエルの自己評価は『誓言がなければ筋トレ趣味のただの小娘』というものだ。
それが王子から好意を持たれているなんて、理解が追い付かない。
「アルヴィン王子は病弱ですから、他人と接する機会が少ないのです。その限られた中で、自分の体を楽にしてくれる聖女様に出会ったら、良い印象しか抱きませんよ」
「それはちょっと良く見られ過ぎでは……」
「吊り橋効果的なアレです」
「アレかぁ」
カウフマンの言葉にノエルは何となく分かったような、分からなかったような顔をする。
しかし、そこでフッと、これはある意味で誓言の聖女の結婚関係に置き換えられるのではないかと思いついた。
他人と親しく接する機会が少なく、限られた人間関係の中で自分に優しくしてくれる騎士団長。
それは確かに歴代の聖女も惚れるな……と納得した。
「ではアルヴィン王子の中にある聖女の像を、ぶち壊す方向性で行った方が良いですね」
「聖女様は相変わらずお口が悪いですが、そうですね……まぁそれが無難でしょうか。具体的にはどうするおつもりですか?」
「多種多様のミートパイをたくさん食べます。王子の目の前で」
「お口の悪さに比例しない、穏やかなぶち壊し方ですねぇ」
自信満々に答えたノエルだったが、カウフマンからはくすくすと楽し気に微笑まれてしまった。
おかしい、ノエルはノエルなりに一番良い――自分的にも嬉しい――案を提案したはずなのに、どうしてそんなに微笑ましそうに見られているのだ。
「ミートパイは良いとして、先ほどの調子でお断りし続ければ、その内諦めると思いますよ。それにしても……聖女様はそれで良いのですか?」
「良いと思いますが、何か問題でも?」
「いえ、あの方はお金もありますし立場もあります。寛容さは分かりませんが、結婚するには好条件の方だと思いますよ」
「あー、その言い方ですと、もしかしてカウフマン様がお相手じゃなかった場合は」
「アルヴィン王子が立候補すれば、そうなりますねぇ」
ひい、とノエルは青褪めた。
聖女の事情を知る前は自由を満喫する予定だったノエルだ。王子の結婚相手なんて、そんな窮屈な生活は御免被りたい。
世間では王子と結婚なんて、お伽話にあるような夢の物語だ。しかし実際にそうなった場合、色々と柵や面倒事がついてくる。
ノエルとしては全力でお断りしたいものである。
「分かりました、全力で『何こいつ……』って思われるように頑張ります」
「それは頼もしい。ですがやり過ぎて『面白い奴』にならないように気を付けてくださいね」
「何ですかそれ?」
「厄介な相手から惚れられる方法です」
「何ですかそれ」
二度目はしっかりと、真顔でノエルは言った。ノエルは知らないが、世の中には恐ろしい方法があるものである。
それで相手が惚れると言うならば、いざという時のために会得したい気もするが、今は必要ないだろう。
ごくり、と喉を鳴らしていると、
「ところで聖女様は、お好みのお相手はいないのですか?」
とカウフマンから聞かれた。
この流れだと好きだの何だのという感じの内容だろうか。
ノエルはうーん、と考える。好みと言っても、幼い頃から聖女として生きてきたのでそういう話とは縁がない。
ごく最近は『結婚』という話が出て来るようにはなったが、その関係はノエルはよく分からないものなのだ。
「私、まともに日常会話をした相手が、カウフマン様とクラナカンさんとクロテッドさんの三人なのですよ」
「ふむ?」
「今後は分かりませんけれど。お付き合いしてみるならそういう相手が良いですねぇ」
「…………」
日常会話を楽しめるような、気楽な相手。
そんなニュアンスでノエルが言うとカウフマンの表情が珍しく固まった。
「どうしました、カウフマン様? 珍しいお顔になっていますよ」
「いえ、その、私が例としても候補に入るとは思わなかったので、少し驚いただけです」
カウフマンはそう言うと、コホン、と誤魔化すように咳をして、
「聖女様は無自覚なタラシですよ、本当に」
なんて肩をすくめられたのだった。




