アルヴィン王子 上
「それでですね、これが隣国から取り寄せたトレントボアのハムなんです」
「は、はあ」
「肉なのに成分は野菜と同じなんです。面白いですよね!」
にこにこ笑顔で話すアルヴィンを前に、ノエルは内心「どうしてこうなった」と思っていた。
そもそもの事の発端はノエルの発言でもある。
会いに来たいという趣旨の発言をしたアルヴィンに対し「仕事のたまの合間に」という返事をして以来、何故か彼は頻繁にやって来るようになってしまったのだ。
もしや「たまに」という意味は、ノエルが知っている意味とは違うのではなかろうか。ハッとしたノエルがカウフマンを見ると、彼はアルヴィンに向かって二割増し程度の笑顔を向けていた。怒っている。
元々カウフマンは件の計画を準備するに当たって、誓言の館を利用していたらしい。しかしこうも頻繁に目的上の敵になる王族が来てしまうと、それがなかなか進められない。ゆえに大変イライラしているようだ。
(ま、まぁ、こちらに当たってこない辺りちゃんとしてる……)
カウフマンは周囲に当たり散らす事はないので特に被害はないが、いつか爆発しないかとノエルは冷や冷やしている。
彼の部下達も心配しているらしく、アルヴィンが来る時は別の意味で緊張気味だ。
そう言う意味でもアルヴィンには来る回数を減らして欲しいのだが……。
(さすがに王族相手に言えない奴ですよねぇ)
下手すると物理的に首が飛ぶかもしれない。それはそれでノエルは嫌である。
そういうタイプの人間ではないが、彼の従者達が不敬だと判断し、国王に直訴すれば可能性としてはなくはない。
ノエルもまだまだ長生きしたい。クラナカン達と出かける約束もあるのだ。
「……あの、ノエル。その、もしかして今の話……楽しくないですかね……?」
「え!? いえ、そんな事はないですよ。私、お肉全般大好きですし!」
「良かった!」
落ち込みかけたアルヴィンを見て、ノエルは慌ててフォローする。すると彼はパッと笑顔になった。
ハハハ、と愛想笑いをしながらノエルは思った。
これならカウフマンとお口の悪い応酬をしていた方が楽である、と。
正直、言いたい事を言えないのが、ここまでしんどいとはノエルも思わなかった。普段カウフマンはこういう事をしているのかと考えて、内心ちょっと同情する。そんな気持ちのままにカウフマンを見ると、
「……ところでアルヴィン王子。聖女様にとって、誓言の仕事の合間の休憩は、とても大事なものなのです」
と、彼は言った。アルヴィンは目を瞬いたあと、大きく頷く。
「はい、知っています」
「で、あれば。何故、頻繁にいらっしゃるのです?」
「ノエルの気持ちが少しでも安らげばと思って」
アルヴィンはそう答えた。どうやらそういう理由らしい。
やけによく来ると思ったが、アルヴィンは純粋にノエルの精神的な疲れが取れるようにと、お土産と話題を持ってやって来てくれていたようだ。
確かにアルヴィンが持ってきてくれるお土産はノエルが好きな肉類だし、話題もそんな感じのものだ。
自分を想っての事ならば、心の中でちょっぴり「頻度減らしてくれないかな……」と呟いていて申し訳なかったなぁとノエルが思っていると、カウフマンが小さく息を吐いた。
「聖女様が一番心安らぐのは、ミートパイを黙々と食べる時間です」
「カウフマン様、人を食いしん坊みたいに言わないでくださいよ」
「違うのですか?」
「合っていますけれども!」
まぁ、その通りだ。黙々と、というわけでもないが、休憩時間にミートパイを好きだけ食べるのはノエルは好きだ。
基本的にカウフマンや誰かと一緒にいるノエルである。一人で休憩も食事もしないが、仕事の合間の休憩は、人目を気にせず過ごせる時間でもある。
だからこうしてアルヴィンが来ると接待モードになるので、気持ちとしては休まらないのだ。
ノエルが否定せずにカウフマンと話していると、アルヴィンがショックを受けた顔になった。
「もしかして、私、ノエルの邪魔を……!?」
「いえ、そんな」
「正直に言ってください。私はご迷惑……でしたか?」
「迷惑という事はありませんが、誓言は結構疲れるので、休憩時間はしっかり確保したいですねぇ」
正直に、と言われたのでそう答えると、アルヴィンはしゅるしゅると萎れるように元気がなくなってしまった。
「すみません……良かれと思っての事だったのですが……」
「いえいえ、お土産は嬉しいですし、人と話せるのも楽しいですから」
「そうですか……?」
「でも、出来れば頻繁にはご遠慮したいです」
「わ、わかり……ました……」
一瞬、元気を取り戻しかけたアルヴィンだったが、次のノエルの言葉に再びショックを受けたようで、しょんぼりと肩を落とす。
その様子に、
(これ不敬にならないよな……)
なんてノエルは思っていると、
「今日のところは、帰ります。その、また……適度にお邪魔しますね……」
とアルヴィンは言って、ややふらふらしながら帰って行った。
その後ろ姿を見送りながらノエルはカウフマンに、
「私の首……飛びますかね……」
と聞くと、彼は首を横に振る。
「斬首刑はこの国にはありませんので大丈夫ですよ。しかし聖女様、本当に正直に答えましたね」
「正直にと言われましたので。もしかして何かこう、良い感じの嘘でも混ぜた方が良かったですか?」
「いえ、あのくらい言わないと分かりませんよ。今まであの方は他人から、あそこまではっきりと言われる事はなかったでしょうから」
「はあ……王族って大変ですねぇ」
「大変は大変ですが……聖女様は本当に鈍感でらっしゃる」
カウフマンに苦笑され、ノエルは首を傾げる。
今のどこに鈍感という言葉が入る要素があっただろうか。
「鈍感なんてとんでもない。空気を食べるように読むノエルとは私の事です」
「なるほど、すべてまるっと飲み込んでらっしゃるから気付かないんですねぇ」
「評価が悪化している気がしますね!」
「これでも褒めているんですよ」
ぐぬぬと唸るノエルに、カウフマンは小さく笑ったあと。
少し腕を組んで思案してから、
「聖女様、確認しますが、本当に気付いてらっしゃらないのですよね?」
「何をですか? 休憩時間が減ったのでダイエットが成功して浮かれているのを気付かれたとかですか?」
「減食によるダイエットはすぐにリバウンドしますよ。そうではなく、アルヴィン王子の事です」
「アルヴィン王子が何ですか?」
思い当たる節がなく、ノエルが聞き返すとカウフマンは「これはこれで少しばかり不憫……」なんて呟いて、
「アルヴィン王子は聖女様に好意を抱いているという事です」
と言ったのだった。




