鍛冶師リュウレイ(46)
「――さて、話を始める前に皆に伝えておくことがある。姉上様がもうじき戻られるそうじゃ」
午前中の話し合いの冒頭、姫長メイシャンは居並ぶ工房関係者を前に言い放つ。それを聞いた人々は全員が目を見開いた驚きをあらわにする。特にリュウメイの弟分筆頭で現在は彼女に変わり工房を預かる親方リコウの喜びようはなかった。
「それは本当ですか、姫長様! そうか、とうとう姐さんが戻ってくるのか……。待ちわびたぜ、この時を!!」
普段の彼を知る工房の男たちはその嬉しさが理解できるのか、皆の表情はみな一様に明るかった。かつては村の男たちの先頭に立ち、この工房を率いていたのはあの女傑リュウメイなのだ。加えて、老いたりとは言えども彼女の父リュウゲンは北の地に並ぶものなしと言われたほどの名鍛冶師。
この二人を擁する以上、この村の工房の名を常に守り続けなければならなかったリコウ、そしてほかの者たちの苦労は筆舌には尽くしがたい。義母リュウメイの後を継がんと日々悪戦苦闘するリュウレイの苦労とて、決して無駄なものではなかったのはそうした意味からも理解できることであった。
「それに先程、出入りの職員からも聞いたがふもとの町におられる父上様もまた、最近武器の試し打ちを始めたそうな。この村の長を務めるわらわとしても、幸先いいことじゃと思うておる。全てはわが不肖の義妹リュウレイの努力の賜物と思うておる。皆にもわらわから礼を申すぞ。まだまだ迷惑をかけるが、あやつが一人前の鍛冶師となれるよう力を貸してやってくれ」
目を見張るような美貌を持つ姫長メイシャンの言葉に男たちはみな一様に頭を垂れて応じた。この村に少なくない恩恵をもたらす炎神の姫巫女に誰もが深い尊崇の念を抱いている。
そしてそれはかつてこの村を旅立ち、大陸に平穏をもたらしたまま戻ることのなかった青年リュウシンへのせめてもの償いでもあるのだ。
村中が身内同士ともいえるほど深い付き合いのあった鍛冶師たちにとって、人間の身でありながら炎の王族を娶り炎神に選ばれた炎の王として大陸を制覇したリュウシンの存在は誇りでもあり、決して忘れることのできない記憶そのものでもあった。
今また、この村がここまで発展復興を成し遂げたのはリュウシンのもたらした様々な出会いや縁がきっかけでもある。だからこそいまだ病床にある村長ゴウケイをはじめ、村人たちは姫長一家を己が命に代えても守り抜こうと決めているのだ。
「とまあ、堅苦しい話はここまでじゃ。さて、リコウよ。手筈はとどこりなく進んでおるのじゃな?」
表情を改め、リュウレイの義姉らしい悪だくみをもくろむ姫長はにやりと笑う。それにつられて周囲の男たちもまた、満足そうに笑顔を浮かべた。何しろ、ここ最近はずっと忙しかったし、姫長発案の宴会はとんとご無沙汰であったからだ。
そう、今回彼らがわざわざ集まった理由は、いつもならこの村で開く宴をふもとの町の大商店街を貸し切って大々的に行うという前代未聞の出来事であった。
「今のところ、取引のある酒蔵には姫長様の名をお借りして協力を打診しています。炎神の姫巫女様直々の仰せとあれば、皆喜んで力を貸してくれるでしょう」
「うむ、そうか。聞けば、ちょうど口うるさい領主のフェリナは所用があってしばらくは戻らぬ様子。ならば童たちがふもとの町で騒いでも誰も文句を言いはすまいて! 皆の者、気合を入れよ! 食べて飲んで、騒ぎ尽くすのじゃ――!!」
「オォ――――――ッ!!」
さすがはリュウサンの母というべきか、立ち上がり両手を上げたメイシャンの声にその場にいた男たちは喝さいを上げる。とかく有り金を全部つぎ込んで騒ぎ倒すしか能のない北の鍛冶師たちは今その本領をいかんなく発揮していた。
「……ところでつかぬ事をお伺いしますが、費用はどこから捻出なさるので?」
不安に駆られた商人組合の職員が姫長に尋ねた。今日をそがれたメイシャンはあきれ顔でその職員をにらみつける。その視線を受けた若い職員はひいと情けない声を上げてその場で腰を抜かしてしまった。
「ふむ、無粋なことを言うでないわ、愚か者が! わらわは炎神の姫巫女ぞ、リュウシンと出会ってからこの方、わらわが金に困ったことなぞ一度もないわ! わらわが出向けばふもとの町に館を構える貴族どもがこぞって、貢物を持ってまいるのがわからぬか!」
「そ、それは失礼を! 平に、平にご容赦を!!」
情けなく土下座するその職員にふんと鼻を鳴らしたメイシャンはそれ以上何も言わなかった。彼女としては、ふもとの町にいるリュウゲンやこちらに戻ってくるであろうリュウメイに会えるだけでも十分うれしいが、それ以上に自分の子供たちが喜んでくれることが一番うれしいのだ。しかも今回は表向きの理由が独り立ちするリュウレイの前祝なのである。
人一倍、世話をかけさせる義妹の晴れ舞台とあっては、メイシャンの子供たちでさえ喜びを隠せずにいたのだから。
それゆえ、体調の思わしくない村長のもとをメイシャン自ら訪れ、リュウレイの打ち上げた剣を本人には内緒で独り立ち前の品評会に出品することを認めたのだ。何から何まで異例尽くしだったが、それも常に破天荒なリュウレイにはふさわしいことであると思うことにした。
「さて、皆のもの! 出陣は明後日、リュウレイたちが禁足地探索に出かける朝じゃ!! 準備を怠るでないぞ!!」
メイシャンの言葉に、男たちは再度鬨の声を上げる。
一方、同じころ。妹分カンショウとともに食堂を目指して歩いていたリュウレイはいつも以上に盛り上がる先輩鍛冶師たちにあきれていた。
「みんな、年も考えないでよく盛り上がるよな。少しは大人になれっていうんだ」
その言葉を聞いたカンショウはごまかし笑いで応じていたそうな。
それはお昼前のことであった――。




