鍛冶師リュウレイ(45)
「いよいよ、明後日ですね。私結構緊張しているんですよ」
午前中の仕事が終わり、食堂に向かうカンショウが隣のリュウレイに語りかけた。大方の仕事は今日まで残りは納品する品物の個数確認と出荷の準備くらいのものだ。最も毎回商人組合の用意する運搬用の馬車五台分くらいは積み込み作業があるため、そちらの方が骨が折れるはずであった。
「楽しみにしているの、間違いじゃないのか?」
リュウレイがそう答えると、カンショウはごまかすようにはにかんだ。たとえ探索に赴くにせよ、仕事は普段通りにやるのが約束だ。今回のことは特例中の特例、全てはリュウレイの責任において行うことが前提だからだ。
「あ、それと明日の夜は私もリュウ家にお邪魔しますから忘れないでくださいね。姉姫様より、ルタ様たちから許可をもらうのに意外と苦労したんですから」
「あの人たちも意外と保護欲強いな、むしろ独占欲というべきか」
首をかしげるリュウレイにカンショウはむしろこちらは恐縮しますと本音を漏らした。
「朝晩の食事の時は私の好きなものを作ってくれますし、私が食べたことのない料理もいろいろ披露してくださるんです。単なる居候に過ぎない私には過ぎた待遇だと思いますよ」
義姉さんにいろいろ世話をかけている私とは偉い違いだなと、リュウレイは笑う。確かにリュウレイも時々仕事の憂さを晴らすために無性に家事をしたくなるものの、普段は食事から身の回りのことまで任せっぱなしだからだ。
「そういった意味では普段、仕事に出ている私も大差ないな。昼は昼で食堂の旬に作ってもらっているからな」
「それはお仕事しているから当然ですよ、リュウシュン姐さんの料理はおいしいですけど。ちゃんと働くからには体は資本ですよ、リュウレイ姐さん」
「カンショウも言うようになったな、ここにきて何日か経ったけど体の方はどうだ?」
リュウレイが問いかけると、カンショウは意外にも大丈夫ですと笑って答えた。
「姉姫様たちの加護のおかげだと思うんですけど、自分の予想以上に体が動くし疲れても披露の回復の度合いが以前とは比べ物になりません。むしろ……」
そこで言葉を区切ったカンショウは恥ずかしそうに視線を背けてしまう。心なしか、頬も赤くなる。彼女の言わんとするところが読めたリュウレイはそれ以上、聞くのもかわいそうかなと思いつつ尋ねてみる。
「それは、なんだ?」
「――です」
カンショウは背伸びしてリュウレイにそっと耳打ちする。
――姐さんたちとの稽古の方がとっても体力を消耗しちゃいます。
こればかりはいくら鍛えてもだめかもしれませんと消え入りそうな声で言うカンショウ。そんな彼女にリュウレイは満足そうにそうかそうかと頷くのだった。
「あれ、カンショウ顔が真っ赤だけどどうかしたの?」
先に食堂に来ていたリュウフォンが二人の顔を見比べながら、問いかける。カンショウはそっとリュウレイの後ろに隠れてうつむき、そんな彼女を張本人が笑っていた。
「いや、大したことじゃないよ。カンショウが可愛すぎるって話してただけさ」
「……ああそうなんだ、あとで私も詳しく聞かせてもらおうかな?」
リュウレイの言わんとするところを察したリュウフォンがニコニコと笑う。二人にからかわれているのに気付いたカンショウは少し怒った表情で二人を促した。
「ああもう、早くご飯を取りに行きましょう! すぐにほかの人たちも来てしまいますよ!!」
「はいはい、わかったよ」
「なんか、カンショウかわいい――」
さらに真っ赤になったカンショウに背を押されながら、リュウレイとリュウフォンは厨房の受け渡し口に歩いていく。その時、そっと視線を交わしたり二人は背中のかわいい妹分をこの後どうやって連れ出そうかと、思案を巡らせる。もっとも食堂にはもうじき姫長一家もやってくるし、難しいかもしれない。
――なら、帰りか。
――だね。
考えをまとめたリュウレイたちはひそかに作戦を策定した。そんな腹黒なリュウ家の義姉妹に彼女たちの姉リュウシュンが声をかけた。
「あら、いらっしゃい。相変わらずあなたたちも仲がいいわね」
「あ、シュン姐さん。今日もごちそうになります!」
抜け目なく挨拶するカンショウ。彼女は厨房の中にいたほかの女性たちにも挨拶して回る。そうした律義さもカンショウの魅力の一つなのだろう。リュウレイのことはかなりぞんざいに扱う女衆も素直なカンショウのことはかわいがっているようだった。
なぜだかそれがとても誇らしくあり、リュウレイはうれしくなった。
「リュウレイたちが来たのじゃ――!」
「お仕事お疲れ様――!」
厨房の控室で義母メイシャンの帰りを待っていたリュウオウとリュウサンが嬉しそうに三人を出迎える。どうやらまだ義姉は戻ってきて稲用だった。
「お、二人とも来てたのか。義姉さんはまだ戻ってきてないのか?」
「母上まだなのじゃ、お腹空いたのじゃ――!」
空腹というより義姉が来ないことにご機嫌斜めなリュウサン。そんなリュウサンの頭を撫でながら、リュウレイは声をかける。
「それなら私と一緒に義姉さんを迎えに行くか。もう話し合いも終わるころだしな」
「うん、母上を迎えに行く――!」
リュウレイの提案にリュウオウも乗り気の様子。リュウフォン達にはまっていてもらおうと思ったその時、背後から声をかけられた。
「その必要はないぞ、ちと長引いたが話は終わったゆえにな」
「あ、母上――!」
「おかえりなのじゃ――!」
子供たちの声を受けてそちらを見ると義姉や親方たちが食堂に入ってくるところだった。
メイシャンを見たカンショウが慌てて頭を下げる。
「あ、姫長様! ご無沙汰しております!」
「そう堅苦しくするでない、聞けばそなたもわが姉の眷属となったのであろう? ならば身内も同然、気楽にするがよい」
「はい、ありがとうございます! 明日はお宅に泊まりに伺いますのでよろしくお願いします!!」
再び深々と頭を下げるカンショウにメイシャンはリュウレイの方をにらみつけながら、応じた。
「それはレイとフォンの二人に任せておる。大事な役目の前夜、あまり羽目を外さぬことじゃ」
「はい、わかりました。お許しいただきありがとうございました!」
「うむ」
内心、大げさなカンショウの言い方にやれやれといった様子の姫長は予約済みの席に料理が並べられていくのを見て、子供たちを促す。
「さて、話は終わりじゃ。皆でお昼ごはんと行くかのう」
「「ご飯――!」」
子供たちは先を争うように食卓の椅子に座った。
「それじゃ、私たちも行こうか」
「そうだな」
リュウフォンの言葉にリュウレイたちも食卓へと向かう。その後は姫長一家を交え、いつも以上ににぎやかで楽しい昼食が始まった。
ただ気がかりは話し合いの内容を義姉や親方たちに聞いても誰もはっきりとしたことを答えなかったことか。
「そなたは鉄が見つかるように全力を尽くせ。それだけじゃ」
――何事もなければいいけど。
これ以上にない嫌な予感を感じながら、午後の仕事に戻るリュウレイであった――。




