鍛冶師リュウレイ(40)
「――という訳なんです。姐さんたちに伝えようか迷っていたんですけど……」
話し終えたカンショウはためらいがちにリュウレイを見上げてくる。リュウレイとリュウフォンは互いに顔を見合わせてから、こうつぶやいた。
「それってつまり……」
「加護は加護でも、加保護だよな……」
字が違うような気もするが、まあ大して違いはあるまい。恐るべきは姉姫一家のカンショウへの思い入れだろうか。
「あの、こんな私でも姐さんたち、嫌いになりませんよね?」
二人があまりのことに呆然としているのを勘違いしたのか、今にも泣きだしそうな勢いのカンショウが必死に縋り付いてくる。
「あ、悪い悪い! ちょっと驚いただけだから安心しろ。私やリュウフォンがカンショウのことを嫌いになるはずがないだろ?」
「そうそう、だから安心してね。私たちはカンショウのことが大事なんだから」
リュウレイたちが不安げなカンショウをなだめるが、彼女はまだ納得していない様子であった。そこで、頭をかいたリュウレイがリュウフォンの方を見ながら、彼女に伝えようと思っていたもう一つのことを口にする。
「加護の重ね掛けっていうのは珍しいことじゃないんだよ、カンショウ。私もフォンの加護、つまりは風の精の加護を受けているんだ。この場合の加護っていうのはむしろ私とリュウフォンを繋ぐ絆のようなものだと思っているけどな」
「うん、そうだね……そうだよね、リュウレイ!」
なぜかとてもうれしそうなリュウフォン。彼女はカンショウの目の前でリュウレイに抱き着き、感動した様子で深く熱い口づけを交わす。
それをまるで見捨てられた子犬のような表情で眺めていたカンショウ。我に返り、慌てて離れたリュウレイはカンショウに向かい、説明する。
「その、まあなんだ……こういう感じだ、リュウフォンの加護はな!」
「説明になってませんけど……、結局お二人の絆の前には私の入り込む余地なんてないんですね……」
絶望した様子のカンショウ、それを見たリュウフォンは少し怒った様子で彼女を強引に抱きしめて、ふわりと宙に舞い上がる。豊かな胸の谷間に抱かれたカンショウは涙ぐんだまま、少し怒ったように視線を背ける。
リュウフォンはそんな彼女を諭すように、語りかけた。
「ねえ、カンショウ……そういういい方はないんじゃない? あなたの気持ちは私もリュウレイもすごくうれしかった。だからあなたのことを大好きになったし、これからももっとずっと仲良くなりたいの。それにカンショウは勘違いしているみたいだけど、何も力を与えることだけが加護の形ではないんだよ?あなたがこの村に来てからのことをもう一度よく思い起こしてみて。答えは全部その中にあるはずだよ?」
「私がこの村にお世話になってから……?」
「うん、そう……私とリュウレイはカンショウと一緒にどんなことをしてどんな風に過ごしたのかを全部、ね――?」
「それってまさか……ンう……」
何かを思い出しかけたカンショウの唇をリュウフォンがやさしく、されど強引に塞いでしまう。カンショウを抱きしめたまま、宙に浮かび上がったリュウフォンをリュウレイがじっと見守っていた。普段はリュウレイといることが多い彼女だが、カンショウに対する思いの強さはリュウレイのそれとあまり変わりがないらしい。
森の木々より上にはいかないものの、開けた水場の上をゆったりと風に身を委ねるリュウフォンとカンショウの絡み合いは見応えがあった。リュウレイの前では爛漫にふるまい甘えてくることが多いリュウフォンがカンショウ相手には少し強引になるようだ。
――おお、結構ぐいぐい行くな、フォンのやつ! カンショウも負けてない……。
二人はただ強く互いを抱きしめ合い、全てを貪るように貪欲な口付けを交わしているだけだ。しかし、それはまるで自分の体力全てを注ぎ込むかのように、執拗かつ大胆だった。
せっかく水浴びでさっぱりした後なのに、二人の白い素肌は大粒の汗にまみれて、光を照り返す。
いつしか、二人の眼下でそれを見つめるリュウレイの手にも汗の熱がこもっていた。
リュウレイの手の届かないところでリュウフォンがカンショウを求めるのは彼女のことを尊重しているあかしを示したかったからだろう。それに仲のいい姉姫アルスフェローへの嫉妬もそこには見え隠れしているとリュウレイは考えた。
あれでなかなか、リュウフォンも情が深いのだ。リュウレイへの気持ちを隠さない一方で、自分を慕ってくれる年の近いカンショウへの思い入れもひとしおなのだろう。
ここに来る前、不可視と人の侵入を拒む風を周囲に巡らせておいて正解だった。いくら街道から外れた場所とはいえ、誰が来るかはわからないのだから。
リュウレイがそんなことを考えていたその時、頭上のリュウフォン達がぴたりと動きを止めた。それから背中越しにリュウレイの方を見ている。
――しまった、つい熱中しすぎていつもの自然体を忘れてた!
恥ずかしそうな二人の視線にぎこちないリュウレイの笑みが映っていた。リュウフォンに抱かれたカンショウが少し困ったように笑いながら、言う。
「リュウレイ姐さん、なんだか怖いですね」
「リュウレイって案外、そういうところあるから気を付けてね。……本気のリュウレイって結構すごいから」
頬を赤く染めてカンショウの耳元でささやくリュウフォン。ともに火照った体が密着して、汗だらけであった。
「また下に降りて水浴びしないといけませんね」
「ああ、それなら大丈夫。リュウレイも一緒にさっぱりしちゃおうよ」
「どうするんですか?」
リュウフォンの言葉に何かを感じ取ったカンショウは目を輝かせた。そんな彼女の唇を再びふさいだリュウフォンは片手を離し、人差し指を下の小川に向けてくいっと曲げて見せた。
すると、風に掬い上げられた水がまるで大きな水玉のように持ち上がり、リュウフォン達を包み込む。リュウフォンから解放されたカンショウが水たまりの中を泳いで歓声を上げた。
「うわあ、冷たいけどとっても気持ちがいい! フォン姐さんはすごいことを考えますね」
「うん、私もちょっとさっぱりしたかったから。――それに、ねえ?」
彼女の視線が示す先を見たカンショウもまた同じように笑みを浮かべる。
「そうですね、さすがはフォン姐さん。じゃあ、その際はお任せしますね!」
「うん、了解!」
頷いたリュウフォンは、カンショウの手を取り軽やかに旋律を奏でる。それと同時に、水玉は支えを失ったかのように下へと落下してゆく。ちょうど、不届き者リュウレイの頭上へと。
「ちょっと待て、お前ら――!!」
「待ちませ――ん!」
耳をつんざくような絶叫が響き渡り、直後大量の水を頭から被ったリュウレイは大いに不機嫌であった。
「ったく! せっかく乾いた体がまた水に濡れたじゃないかよ!!」
「メイシャンの種火で乾かしてもらえばいいじゃない。その方が早いよ」
リュウレイの隣に降りてきたリュウフォンが悪びれもせずに言う。リュウレイは近くの岩場に置いた荷物の上にあるカンテラの方を向き、小さくつぶやく。
「我らを照らせ……!」
一瞬、小さな炎が揺らいだと思った次の瞬間赤い波のようなものが周囲に広がり気が付けばリュウレイたちの周囲はすべて乾いていた。姫巫女の種火は義姉の分身のようなものだ。近くで何があるのかをある程度知覚することができるらしい。それゆえあまり関係のないことに使いたくはないのだが……。
そろそろ、工房に戻ろうとリュウレイが二人に向き直ったその時、ようやく情熱的な風の乙女の抱擁から解放されたカンショウは無言のまま、リュウレイの胸に飛び込んで泣いた。
「ごめんなさい、レイ姐さん。私勘違いしていました。私、最初からお二人の加護を受けていたんですね。私の姐さんたちへの気持ちもまた、お二人に伝わっていた。それがわからなくて、怖かったんだと思います。本当にすいませんでした――」
「いいんだよ、私にもそうした不安はどこかにあった。それを慰めてくれたのはフォンでもあるし、義姉さんたち村の人でもある。カンショウは家族や仲間を失くしたばかりなんだ。不安ならない方がおかしい。だから、私たちをどんどん頼れ。何も隠さずに遠慮なく裸で飛び込んで来い。私やリュウフォンが受け止めてやるからな?」
そう言ってリュウフォンが笑いかけると涙を流したカンショウはぎこちない笑顔で答えた。
「私いつも裸ですよ?だってその方が気持ちいいから。でもありがとうございます、これからも私は姐さんたちの妹分ですからね。よろしくお願いします」
「うん、こちらこそな!」
「よろしくね、カンショウ!」
「はい!!」
元気良く返事をした後、また盛大に泣き出したカンショウをリュウレイたちはしばらく慰めていた。彼女たちの絆はこうして少しずつ確かなものになってゆく。
昼下がりの暖かな日差しが、三人の少女たちのこれからをまるで祝福するかのように明るく照らしていた――。




