鍛冶師リュウレイ(41)
「いやあ、今日もよく働いたな――」
「そうですね――」
「お疲れ様――」
立ち上る湯気の中、三人の声が女湯に響き渡る。日が下りて暗くなった浴室内を炎の精を集めて稼働する精霊を宿した明りが赤くほのかに照らし出す。そのはかなげなきらめきに照らされたのは首まで深々と湯に身を浸した三人の少女のくつろいだ姿だった。
「「「ああ、いい湯――」」」
三人の声が同時に重なり、またしても浴室の中に響き渡った。昼間の水浴び場に続き、彼女たちの裸の付き合いは今も続いている。こんなに充実した一日を過ごしたのは久しぶりだろう。そうした思いもまた共有するほどに仲を深めた三人の娘たちはお互いの存在を気にすることなく、今はただ共に過ごすこの時を心から楽しんでいるようだった。
思い起こせば、乾いた服を身に纏い工房に戻ってからのことだ。納品を間近に控え、仕事の量が落ち着いたとはいえ見習いであっても一端の仕事量を任されるリュウレイはこれまた新入りで下についたカンショウの協力を得ながら、いつも以上にてきぱきと作業をこなしていく。そのあまりの手際の良さに目を見張りながら、この鍛冶師の村よりはるか南麓に栄えた鍛冶師の棟梁を父に持つカンショウもリュウレイの指示のもと、忙しく立ち回っていた。
とかく、徒弟には物覚えの良さと何事もこなせる器用さが求められる。見るものがすべてはじめてなカンショウは持ち前の負けん気と要領の良さを発揮して、わからないことはたとえ叱られてもわかるまで何度でも問い直す。そうして、同じ過ちは二度と侵さないことを徹底していた。
彼女のこの仕事にかける思いの深さを知るリュウレイやほかの先輩たちもまた容赦なく彼女を鍛えることに余念がなかった。やがて、残業もそこそこに一日の仕事が終わると、さすがに昼間のこともあってか疲労と充実感が半端ないリュウレイとカンショウ、それに村人のお使いでこき使われたリュウフォンの三人は合流すると真っ先に村の共同浴場に来たというわけだ。
先輩の鍛冶師たちも男湯の方で今日の仕事の話に熱中しているようだが、聞きたくもないのでリュウフォンが設置した音消しの精霊の力によって、雑音が女湯に漏れることは一切なかった。
「気持ちいいですよね、この村に来て本当に良かった――」
本来、木などの燃料を燃やして湯を沸かす風呂は大陸中原では廃れつつある文化であった。大陸で失われつつある炎神の加護をいまだ色濃く残す北の地、それも王家の忘れ形見たる炎神の姫巫女のお膝元であればこそ許される最高の贅沢に黒髪の少女カンショウは感動を隠しきれない様子であった。
「ふふ、カンショウも工房の一員らしくなってきたね」
「まだまだ、先は長いけどな。これからじっくり必要なことを教えてけば、カンショウは伸びるよ」
かわいい妹分を挟む形でくつろぐリュウレイとリュウフォン。二人に囲まれて至福の時を過ごすカンショウはどこか充実した夢見心地のようでもあった。
この数日後、この三人で東の果てにある禁足地へと足を踏み入れることなる。探索は数日を予定しているため、こうしてゆったり過ごせるものあとわずかになる。少しの間とはいえ、リュウレイがこの村を開けるのはふもとの町に泊りがけで出かけるくらいのものだ。
大抵は義姉のお供で、彼女の年の近い姪に当たる領主フェリナの館に滞在するのが慣例。
それ以外では、六年前にこの村を目指す流亡の旅路での経験があるくらいだ。まあ、非常時の手段としては空を飛べるリュウフォンの力を借りる手もありはするがなるべくならじっくり探索して臨む成果を手にしたいところではある。
探索用の準備は以前からそこそこ進めてあるので、あとは当日の食料や水の確保をするくらいか。自分の計画に抜けがないか、いろいろと頭で思い浮かべていると隣にいるカンショウが、自分の胸の肉をリュウレイに押し当てながら問いかけてきた。
「さっきから、難しい顔をして何を考えているんですか? リュウレイ姐さん」
「いろいろ準備することが多いからな、抜かりがないようにしておきたいんだよ」
「姐さんらしいですね、私も見習います。手伝えることがあったら遠慮なくどうぞ」
「ああ、その時は頼むよ。頼りにしているからな」
「はい、姐さん……」
頭をなでてから、やさしく口付けするとカンショウは嬉しそうに懐いてきた。それを見るリュウフォンがニコニコとこちらをけん制するように笑みを浮かべている。
――ああもう、こいつらときたら二人揃って可愛すぎて困るな……!
リュウレイが手招きするとリュウフォンもまた、カンショウに絡みながらリュウレイに抱き着き、思いを交わす。
「私たち、仲いいよね」
「それはもう」
自分の目の前で笑い合う二人を見ていると、リュウレイの心はうれしさでいっぱいになる。
それからしばらくの間、三人でとりとめのない話をした後、共同浴場の前で別れた。
「それじゃ、また明日!」
「おやすみなさい、姐さん!」
「今日はゆっくりしてね、カンショウ!」
去り行くカンショウの周囲にはリュウフォンが呼び集めた炎の精がキラキラと集い行く先を照らしている。しかしどうやら、姉姫たちの加護を受けるカンショウはそれを無意識のうちに操作できるようになりつつあるようだ。
「へ――、そんなことができるんだな。案外あいつも器用なのかもな」
「器用というより、感覚をつかみつつあるんじゃないかな? こればかりは生まれつきのものだけど」
そうしたことにはまるで想像がつかないリュウレイにリュウフォンが言う。
「まあ、いいさ。それも含めてカンショウだしな」
「ふふ、それもそうだね」
――今夜の夕食は何かな?
珍しくお腹を空かせたリュウレイたちは家路を急ぐ。その晩のリュウ家の食卓はいつもよりにぎやかだったそうな。
それは、禁足地探索を間近に控えた日の夕べのことであった――。




