鍛冶師リュウレイ(39)
周囲をうっそうとした森に囲まれた姉姫アルスフェローの館についた時にはもう夜も更けていた。先を歩く銀髪の女性、ルタが大きな木の扉を開けて、こちらを振り返る。
「着きましたよ、姫様もお待ちかねですから。挨拶を澄ませたら、明日に備えて早めに休みなさい」
「はい、ここまでありがとうございました。ルタ様」
カンショウがお辞儀をすると、これくらいは当然ですとここで今日初めてルタが笑顔を浮かべた。その優しげな眼差しにカンショウが見入っていると、恥ずかしさから顔を赤くした彼女は取り繕うように先に館の中に入ってしまう。慌ててそれを追いかけたカンショウの前に今度は、壮年の女性カレオラを連れた銀髪緑眼の女性、アルスフェローが待ち受けていた。昼間、リュウフォンに連れられて挨拶はしていたものの、そのはしゃぎようには圧倒されていた。
「おかえりなさい、カンショウ! 今日からあなたもうちの子なんだから、遠慮しないでどんどん私たちに甘えてね! とりあえず、何か困ったことはない?」
見た目、リュウレイと同じか少し年上くらいに見えない彼女があの背も高く豊満で目を見張るような美貌の姫長メイシャンの姉姫とはとても思えない。これでも50年は生きているというのだから初めて会った時には驚きの連続であった。
「と、特に今のところはありません。皆さんいろいろよくしてくださるので――」
「そう、よかった! 私も宴会に行きたかったんだけど、子供が愚図っててね。なかなか気難しい子なのよ、下の子はね」
「そうでしたか、私もこの館にいる間はお子様たちの面倒を見させていただきたいと思います。手伝えることがあれば何でもおっしゃってください」
これから世話になるのだし、それくらいはさせてもらいたい。それにこの村で見た小さい子供たちはみんな笑顔で自分を迎えてくれた。もともと子供は大好きだったカンショウは少しでも子供たちと仲良くなりたかったのだ。
それを聞いたアルスフェローはぜひお願いねと、笑顔で答える。それから、何かを思い出した彼女は一際目を輝かせながら、こう切り出した。
「ねえ、ところであなたこれから工房で働くのよね。私が言うのもなんだけど、工房の仕事はとっても大変で重労働よ。女の子のあなたに務まるとは到底思えない、それでも決意は変わらない?」
「はい、自分で選んだ道です。私は父のカン家を再興したい、そのためには私自身が鍛冶師になるって決めたんです。それは絶対に譲れない、私の誓いです!」
自分の目指すべき姿、それはリュウ家のリュウレイや女傑リュウメイに他ならない。彼女たちに比べれば自分なんてたかが知れているだろう。それでも同じ女の身でありながら、直向きに生きる彼女たちの生きざまにカンショウはいつしか魅了されていた。
仲間や故郷を守るために死んでいった父たち。その死に報いるためにもカンショウは自分の生きる道は自分で決めたいと思ってここまでやってきた。
強い決意でそれを語る目の前の少女に、姉姫アルスフェローは懐かしいものを見るようにやさしげな眼差しを送っていた。やがて頷いた彼女はこれからが本題とばかりに身を乗り出してカンショウに迫る。
「あなたの意思は確認したわ。ならば、私にはその行く末を見守り見届ける義務がある。せめてもの贈り物を炎の王族の末裔たるこのアルスフェローが与えましょう――」
姉姫の言葉を聞いていたルタとカレオラが表情を改める。ためらいなくカンショウの眼前に右手を突き出したアルスフェロー。次の瞬間、その指先から赤く燃え立つ炎が生まれ、カンショウに向けて解き放たれる。
――!!
焼き尽くされると思った刹那、灼熱の炎がカンショウを包み込み身に纏っていた衣服を瞬時に消し飛ばす。体の芯の底まで激しく燃え上がる炎の熱にさらされたカンショウは狂おしいまでに自分に流れ込む膨大な炎の精に抗えずにいた。
このまま、自分はどうなってしまうのだろう。そんな不安のすぐ先でかすかな力が自分の中に芽生えていくのが理解できた。永劫にも似た感覚の中、やがて自分を包んでいた炎は幻のように消え去り、あとにはまだ何の穢れも知らない白い素肌を晒したカンショウだけが残されていた。
「――うん、私の炎はうまく馴染んだみたいだね。これであなたもリュウレイやリュウフォンと同じ炎の眷属よ! あの子たちに負けないように、頑張りなさい。女の子は情熱が大事だからね!!」
「はい、わかりました! ありがとうございます、姉姫様!!」
訳が分からぬまま、裸のカンショウは姉姫アルスフェローの励ましに答えていた。しかし、この小さな体の内に熱い何かが宿ったのを感じていた。それはまるで暗闇を照らす希望の光のようにはかなく、だが確実にカンショウを内側から変えていこうとしている。それは心地よく、カンショウには感じられていた。
それにしても一日に二度も、着ている服を失うことになろうとは――。自分で招いたとはいえ、昼間の姉貴分リュウレイにひん剥かれた時のことを思い出したカンショウは背筋が再びぞくぞくするのを感じ、頬を赤く染める。
自分がこんなふうになってしまったのはやはり、姉貴分と慕うリュウレイやリュウフォンへの思いのせいなのだろうか。
自分を部屋に案内しようとするアルスフェローの言葉に耳を傾けていたカンショウを前に主への抗議の声を上げたものがいた、それも二人。
「姫様、お気持ちはわかりますが、今の不意打ちはズルいですよ!」
「そうですとも、わたくしたちも子のカンショウに加護を与えようと思っていましたものを!」
それは意外にも姉姫アルスフェローに仕える護衛士ルタと元侍女長カレオラであった。それまで黙って自分たちのやり取りを見ていた二人にアルスフェローは深いため息をついた。
「えーと、どうなさったんでしょうか?」
早く部屋に戻って服を着たい裸のカンショウが問いかけると、ルタとカレオラはこぞって彼女に詰め寄る。
「カンショウ、我ら炎神の加護は普くこの世の民を守り導くもの! そなたの熱い思いに触れ私も思いを新たにしました。私の加護もお受けなさい!」
「抜け駆けは許しませんよ、カレオラ様! カンショウ、このルタもあなたに加護を与えます。そしてあの工房にいる男たちやリュウレイに負けないように、頑張りなさい!」
「ええと、お気持ちは大変うれしいのですが……、私はどうしたらよいのでしょうか?」
口々にまくしたてる彼女たちにカンショウがどうするべきか考えあぐねていると、姉姫アルスフェローが微笑んで助け舟を出す。
「それなら、順番に加護を与えればいいでしょう。私たち三人の加護が加われば怖いものなし、でしょう?」
「さすがは姫様、そのご英断。このカレオラ、感服仕りました」
「なるほど、さすがはアルスさま! その判断に間違いはございません!」
アルスフェローの答えに賛同したルタとカレオラは腰を折って主を讃える。まるで三文芝居のような光景に、カンショウが呆然としているとアルスフェローはこういう話にまとまったからと、笑った。
その後、二人の加護を続けざまに受けたカンショウは自分のうちに信じられないほどの熱が自分の体の内に宿ったのをを感じながら、姉姫に問いかける。
「あのう、単なる人間の私にここまでしていただいてもいいんでしょうか?」
「別にいいんじゃない? 一人の人間に加護の重ね掛けなんて私も聞いたことはないけど、より強い力が宿るだけだから」
もし悪影響があるなら、遥か祖先の時代から炎神の加護を受ける私たち一族はとっくに滅んでいるでしょうと姉姫はほほ笑む。
確かにそうなのかもしれない、それはこれからこの村で暮らす自分への期待の裏返しであることに気が付き、カンショウは深い尊敬の念と感謝を抱きながら、その晩はゆっくり休んだ。
燃えてしまった衣装の代わりは裁縫が得意なルタとカレオラがこぞって仕上げてくれる。
意外とかわいらしい普段着や外出用の装束などその用途は幅広く、このままでは故郷にいた時よりかなりの衣装持ちになりそうだった。
そんな姉姫一家に迎えられた幸運にカンショウはそこはかとない喜びを覚えつつ、彼女たちの信じる炎神への祈りをささげたのだった――。




