鍛冶師リュウレイ(38)
うららかな日差しの中、新緑の森の上に鳥の鳴き声が木霊する。さわやかな風が岩場に囲まれた渓流のそばを軽やかに吹き抜けていく。心地よい日の光を受けて、水面がキラキラと輝いている。
鍛冶師の森の奥、大樹より少し奥まったその場所にリュウレイとリュウフォンしか知らない穴場がある。大きな岩に隠れたそこは人目に付きにくい絶好の水場になっていた。日当たりのいい岩場の上に短く刈り揃えた黒髪の少女が眠りについている。
乾いた上着をかけられた彼女はどこか満足気で気持ちよさそうにも見えた。やがて、近くの木立から聞こえる小鳥たちのさえずりに身じろぎした少女はうっすらと瞳を見開いて、意識を取り戻した。
「ふああ……、よく寝た――」
大きな欠伸とともに体を起こした少女カンショウは近くを流れる小川のせせらぎに自分が見知らぬ場所にいることに気が付いた。
「あれ、ここどこだろう? 私、リュウレイ姐さんと稽古してたはずなのに……」
まだ眠い目をこするカンショウのすぐそばで、不意に誰かの声が聞こえた。
「ここはリュウフォンと私がよく使う水浴び場だよ。稽古の後にここで汗を流すつもりだったんだ」
「リュウレイ姐さん?」
声のした方を見ると、こちらを見てほほ笑む黒髪の姉貴分リュウレイがいる。まじまじと彼女の顔を見たカンショウは首をかしげた。
「……姐さん、その恰好どうしたんですか?」
そう問いかけるカンショウにリュウレイは思わず苦笑いを浮かべる。彼女は身を起こしたカンショウと同様に何も身に着けていない。背の低いカンショウより頭一つ分以上背が高いリュウレイは年相応に育った胸元を惜しげもなく晒している。それを見たカンショウは若干、嫉妬と憧れがないまぜになった気持ちを抱いていた。
今、この瞬間に隣に腰かけて笑うリュウレイは自分だけのもの。そう思うとなぜか無性に心が高鳴った。
「ふふ、カンショウったら顔が赤くなっているよ。いったい、どうしたのかな?」
「リュウフォン姐さん? どこにいるんですか??」
「上、カンショウのすぐ上……だよ!」
「きゃあっ!」
突然、影が差したかと思うと大きくて柔らかい二つのふくらみがカンショウの顔に押し当てられた。一瞬、息苦しさを覚えながら自分を抱きしめた相手がリュウフォンであると知り、驚く。
「おい、フォン! まだカンショウは目を覚ましたばかりなんだからあんまりからかうなよ」
「うふふ、ごめんごめん! だってカンショウ私に気が付かないんだもん。だからちょっといたずらしただけ。アハハッ!」
「お、重いですよ……、リュウフォン姐さん。あと……その、気持ち良すぎます――」
気持ちよさのあまりにまた気を失いそうになったカンショウは鼓動を速めた自分の胸を何とか落ち着かせようと、必死であった。
そんなうぶなカンショウ相手に、悪乗りした緑髪緑眼の彼女はこれでもかというくらい自己主張するその豊かな肢体を押し付けてきた。やがて、それに慣れたカンショウが負けじと抱きしめ返すと、満足したのか今度はリュウレイとは感触の違うその唇でこちらに口づけてきた。
「ン――」
しばしの間、二人揃って互いの感触を確かめ合う。それを近くでも見守るリュウレイの眼差しは優しかった。
「――ふう、さっきはリュウレイばっかりカンショウを独占してたから、これでお相子ね」
カンショウの隣に腰を下ろしたリュウフォンが言うと、リュウレイはにやにやと笑い頷いていた。そんな年上の少女二人に囲まれたカンショウは何とも言えない満足感と充実感。それに急に取り戻した羞恥心に囲まれて若干、混乱状態にあった。
大体自分の置かれた状況は思い出してきた。リュウレイとの稽古直後に気を失ったカンショウは彼女たちに連れられて、ここで汗を洗い流してもらった後濡れた体を乾かしながら疲れを癒していたらしい。
目覚めを待つ間に汗に濡れた作業着はリュウレイが水洗いして、カンテラの炎を使い乾かしてくれたようだ。自分の体を隠す上着を握りしめながら、リュウレイの話を聞いていたカンショウは二人にお礼を言いながら、彼女たちのやさしさに心からの感謝を抱いていた。
「でも、体は乾いているのに何で二人とも裸なんですか?」
気になりすぎていたので思い切って聞いてみる。すると、二人は顔を見合わせた後、恥ずかしそうに笑ってこう答えた。
「だって、カンショウがずっと裸だったのに私たちが服を着たままじゃ、不公平だろ?」
「……そういうものでしょうか?」
我ながら何を言っているんだと内心さらなる恥ずかしさと戦うカンショウにリュウフォンが笑いかける。
「お風呂場じゃなくて、こうして日の光の下で裸になると気持ちいいでしょ?それだけのことだよ」
確かにそれはそうなのだが……。乾いた笑いを浮かべるカンショウに目を細めたリュウフォンが本音を漏らす。
「実はね、私たちも少し試してみたの。――カンショウ、そろそろ答え合わせしようか?」
「え? いきなりなんですか、それ」
再び隣にいたリュウフォンが迫り、カンショウを抱きしめる。その躊躇いのない表情にどこか恐怖にも似た感情を抱いたカンショウは慌てて声を上げる。
「フォン姐さん! いきなりどうしたんですか!?」
「ねえ、カンショウ。あなた、炎の加護を受けているよね? それを与えてくれた相手は、アルスで間違いない?」
自分の下宿先の主、姉姫アルスフェロー。突然彼女の名前が出てきたとき、脳裏にひらめくものがあった。それは、この村に来た夜のことだった――。




