鍛冶師リュウレイ(35)
「ふふ、それでこそ私のカンショウだ! ……といいたいところだけど無理はするなよ」
「え……?」
カンショウの言葉を聞いていたリュウレイが彼女の肩に手をかける。思った以上に華奢なその小さな体が、リュウレイの胸に熱い思いを呼び起こす。
「カンショウはさ、昔の私やリュウフォンによく似ているんだ。だからこそ、力になってやりたいと思うんだ。カンショウはどうして私がここまでやって来れたのかわかるか?」
思わず問いかけられたカンショウは張り詰めた表情のまま、首を横に振る。リュウレイは隣のリュウフォンに微笑みながら、こう答えた。
「それはな、いつも隣でリュウフォンが応援していてくれたからなんだ。もちろん、リュウフォンだけじゃない、義姉さんや義母さん。リュウオウやリュウサン、親方や村長様。リシン姐たち村の人もいる。みんなが私を励ましていてくれたからこそ、ここまで来た。もっと先に進もうと努力できる。いいか、カンショウ。お前は一人じゃない、それにまだ未熟だ。だからどんどん私たちを頼れ! 私はお前を絶対に見捨てたりはしない。たとえ嫌がれても、励ましてやるから覚悟しろよ?」
「わ――、リュウレイがなんかいいこと言ってる――! でも私も同じ気持ちかな。頑張ってね、カンショウ!」
リュウフォンにからかわれ、赤くなっているリュウレイ。そんな二人のやり取りを見ていたカンショウの瞳からいつの間にか涙があふれていた。
――この人たちはどこまでも私の心をつかんで離さない。私だって、どんなことがあっても離れませんからね、姐さんたち!
リュウレイたちの胸に縋り付きカンショウは大きな声を上げて泣きじゃくる。そんな彼女をリュウレイとリュウフォンはただ黙って抱きしめ続けていた。
しばらくして、ようやく泣き止んだカンショウは目を真っ赤にして照れ隠しに笑顔を浮かべていた。
「私、人前でこんな風に泣いたのは久しぶりですよ。みんな、姐さんたちのせいですからね」
「いいさ、泣きたいときにはいつでも言え。私とフォンが受け止めてやるからな」
「そうだね、カンショウはとってもかわいいものね――」
どことなくリュウレイまでからかうようなリュウフォンにカンショウは目を丸くして、また二人に抱き着いてきた。そうして、小声でつぶやく。
「なんだか、もったいない気分です。このまま、帰るのは――」
確かに親方には遅れると言ってあるし、リュウレイもまだ戻る気にはなれそうになかった。カンショウを抱きしめたまま、周囲の木々に目を向けていたリュウレイ。その視線の先に懐かしいものを見つけて声を上げる。
「お、いいもの見っけ!」
リュウレイの声に反応したリュウフォンがその視線を追う。そして納得した様子でほほ笑んだ。
「どれ? ……ああ、少し前まで使ってた稽古用の木剣だね。こんなところに置き去りにしてたんだ」
私もすっかり忘れていたけどと、リュウフォンが木陰に立てかけられた二本の棒切れを拾い、戻ってくる。かつて、この場所はリュウレイとリュウメイのけいこ場でもあった。
暇を見ては、まだ工房の見習いに過ぎなかったリュウレイをリュウメイは基礎から徹底的に鍛え上げていた。それは稽古と呼ぶには生易しいものであったのかもしれない。
事実、リュウレイの剣の師匠でもある親方やリシンたちでさえもリュウメイと対峙するときは命の危険を常に感じていたそうだ。
それはリュウメイの弟で、リュウオウ達の父であるリュウシンも変わらなかった。あまりに強く強靭な肉体を持つリュウメイを相手にひたすら、生き延びるべく修行に明け暮れたリュウシンはどこか屈折した部分もまた持っていたのをリュウレイは知っている。
なぜなら、自分もまた偉大過ぎる義母に常に挑み続けていなければ、生き残れないとわかっているからだ。そうした意味においてはリュウレイは自分の中にある歪みをはっきりと認識しているといっても過言ではない。それがリュウフォンやカンショウへの思いに現れていても何ら不思議ではない。
最も彼女たちへの思いは、リュウレイの中では特別なものだ。こればかりは絶対に譲ることはないだろうと確信してさえいる。
リュウフォンから木剣を受け取ったリュウレイは懐かしさも去ることながら、自分が義母に近い立場になりつつあることを思い、心の中で思わず苦笑いしていた。
「ほら、これは昔私と義母さんが剣の稽古に使ってたもんだよ。ちょうどいいし、ここで体を動かしていくか?」
暇つぶしにはもってこいだし、カンショウの今の実力を見ておくのも悪くはない。それを察したのか、カンショウははいと元気良くうなずいて、木剣を受け取る。
「遠慮はいらない、どこからでもかかってこい!」
「わかりました、胸をお借りします! リュウレイ姐さん!!」
リュウレイから少し離れて、木剣を構えたカンショウは深く息を吐いてこちらを見据える。その表情に緊張はない、しかし相手がリュウレイということもあり少し慎重になりすぎているような気がした。
対峙する二人をリュウフォンが固唾を飲んで見守る。稽古というからには今回はリュウレイが受けに回るだろうと予測する。伊達に昔からリュウレイのそばにいたわけではないからだ。ただ、気になるのはカンショウの構えのほうだ。
小柄な彼女は短剣を扱うことには慣れているようだが、柄の長い武器を使うことにはまだ不慣れなようだ。迷いのある切っ先が自分と相手の間合いを読みかねているような気がしてならない。
「それじゃ、行きますよ!」
「おう、いつでも来い!!」
一直線に駆け出したカンショウを相手にリュウレイは下がることなく、逆に一歩を踏み込んでいく。振り上げた木剣でリュウレイに切りかかるカンショウ。そこから二人の激しい打ち合いが始まった。
慣れない木剣とはいえ、カンショウは間合いの短さを意識してか積極的に打ち込んでいく。対するリュウレイはそれらを受け流しつつ、カンショウの甘い部分に打ち込み返す。それを防ぎながら、カンショウもまた動きを止める気配はない。
「どうした、もう息が上がりそうか!? もっとふりを鋭くして打ち込んで来い!!」
「はい!」
木と木がぶつかり合う乾いた音が鳴り響き、一旦両者は距離をとって向かい合う。激しく動き回る分、小柄なカンショウは不利だ。案の定、汗とともに少し息が荒くなりつつある。
対するリュウレイは呼吸の乱れもなく、逆にじりじりとカンショウににじり寄る。その圧力を受けてもなお、カンショウの意思は揺らいですらいなかった。
――次で決まる!
二人を見ていたリュウフォンはそう確信して、万一に備える。蛇足ながら、リュウフォンはすでにカンショウの体にとある仕掛けを施していた。それはいざというとき彼女を風の加護で守るための術。過保護ながら、リュウフォンもまたカンショウに強い思いを抱いている。
それを感じ取るからこそ、リュウレイもここまでカンショウに厳しい稽古を課せるのだろう。リュウフォンの視線の先で、今度は平青眼に構えたリュウレイが動き出した。カンショウもそれに遅れて、前に出た。
自分よりも大きなリュウレイを相手に一歩も引かないその姿勢に驚嘆するも、二人の周囲に風の精を呼び集め、かすかな旋律を奏でるリュウフォン。
一方のリュウレイたちはまるで合わせ鏡のように互いに右の袈裟懸けで渾身の一撃を繰り出していた。その激突で太刀を弾き飛ばされたカンショウは思わず身を翻す。
リュウレイは間髪入れずにカンショウめがけて、木剣を繰り出していた。
――勝負はそこまで!!
リュウフォンが守りの風を呼び起こすのとほぼ同時にリュウレイの突き出した木剣がカンショウの目前に迫り、貫いていた――。




