鍛冶師リュウレイ(34)
「ああ、今日の昼飯もうまかったな――」
食事を終えたリュウレイが満足そうにつぶやいた。午前の仕事が終わると誰よりも真っ先に食堂にやってくるのはいつものことだが、最近は妹分のカンショウと相棒のリュウフォンも一緒に食卓を囲むようになった。
まだ食べ終わらない彼女たちはリュウレイのつぶやきに思わず顔を見合わせて、微笑んでいた。
「もう少し味わって食べたほうがいいんじゃないの?」
空の食器を戻してきたリュウレイにお茶を入れてあげたリュウフォンが言う。以前は、リュウレイと二人きりになりたくて、鍛冶師の村の奥に広がる森の大樹の上で彼女が食事を持ってきてくれるのを心待ちにしていたリュウフォンも今では普通に工房の食堂を利用するようになっている。その最大の理由は目の前にいる新入りのカンショウであることはこの場にいる誰もが知っていることであった。
「あのなぁ、人間食える時に食うのが鉄則! 特に私たちみたいに体を使う仕事の人間は体が資本だからな。遊んでいるわけではないし、体を養うのも大事な仕事なんだよ」
「なるほど、リュウレイ姐さんの言う通りですね!」
リュウレイの話に即座に頷いたカンショウはリュウレイの食べる量の半分をまだ食べ終えていない。もともと体の小さい彼女はあまり早く食べるのは得意ではなさそうだった。それでもまた数日とはいえ、工房のきつい見習仕事を任されるようになってからは食べる量も早さも以前とは比べ物にならないと言っていた。リュウレイやほかの先輩たちからすれば、かわいいくらいの変化でしかないのだが。
少しずつでもこの職場になじもうと努力するカンショウ。そんな彼女をリュウレイやリュウフォン、それに周囲の人々が可愛がらないはずもない。しかし、甘やかすことなく彼女の成長を促すようにすることも怠らない。それが一番カンショウのためになることなのだから。
納品を明後日に控えた村の工房は普段に比べれば、仕事の量はだいぶ落ち着いていた。急ぎの仕事や足りない商品の追加生産など、毎日にふもとの町と行き来する商人組合の職員からの注文をもとに仕事の内容を調整しているためでもある。
納品が済めばまた少し暇になる。この前と同じくまた村人たちは宴会に飲み会に大忙しとなる。最もリュウレイは独り立ちの儀が控えているのでそれとは無縁だ。しかし、リュウフォンやカンショウがそれに付き合ってくれるので、不思議と寂しさは感じなかった。
まあ、強いて不満があるとすれば酒が飲めないことくらいか。
――後でリュウオウ達や義姉を含めて、リュウフォンやカンショウ達と一緒に独り立ちの儀が終わったことを感謝する慰労会を開こう。
今、ひそかに考えていることだ。やはりリュウレイも、普段から共に暮らす人たちへの感謝を伝えたいと思うことは多々ある。義母の借金もあるし、大したことはできないがそれでも家族やカンショウを招いて、時には騒ぎたいと思うのも人情だろう。
リュウレイがそんなことを考えている間に、リュウフォン達も食べ終わり同じく食後のお茶を楽しんでいる。午後はそれほど忙しくないし、今日は晴天に恵まれていい陽気だ。
「私、リュウフォン姐さんが風読みをしている森の中を散歩してみたいです」
禁足地への道筋を話していたリュウレイたちの会話を聞いていたカンショウがそんなことを言い出すのも無理はないというものだ。以前はよく森に通っていたリュウレイも懐かしさからつい乗り気になってしまう。
「なら、ちょっと足を延ばしてみるか」
「私も森の動物たちを紹介してあげるね」
自らの歌声を介して動物たちと意思疎通できるリュウフォンが言うと、カンショウは驚いた様子でうなずいていた。
「フォン姐さんて、そういうこともできるんですね。楽しみにしています!」
「というわけだから、私たちは少し出てくるよ。かまわないだろ、親方?」
リュウレイは近くにいた親方リコウに声をかける。話を聞いていたリコウはまあいいだろうと返事をする。
「少しくらいなら遅れてもいいが、その分後で仕事してもらうからな。それは忘れるなよ」
「わかってるって! それじゃ、早いところ行ってこようか」
リュウレイが声をかけると、リュウフォン達はうれしそうにうなずいて立ち上がった。楽しげな三人の後姿を見送る食堂の人たちは、どこか穏やかだった。
「やれやれ、あいつらにはかなわねえな……。若さがうらやましいぜ」
「違いねえな!」
親方の一言に男たちから笑い声が上がる。その後も食堂からにぎやかな声が絶えることはなかった。
… … …
「うわあ、大きな木! それに風が気持ちいいですね……」
両手を広げて、光差すこの森で一番古い大樹の根元に立ったカンショウは感動した様子で頭上を見上げていた。工房からここまでは大人の足ならさほど時間はかからない。散歩がてらに訪れたこの道すがら、時折街道を行きかう人に会いながら、リュウレイたちは奥へと進んできた。
吹き抜ける風に身をゆだねるカンショウを見守っていたリュウフォンがかすかな旋律を奏でると、その歌声にひかれた小鳥たちがどこからともなく集まってきた。それを見たカンショウは無言のまま、小鳥たちのさえずりに耳を傾けている。
「……小鳥たちはいいですね、自由に空を飛べる翼がある。そしてその美しい歌声でさえずって生きていく。私はなんだかそれがとてもうらやましく思えます」
珍しく沈んだ声で言うカンショウの姿に、リュウレイたちは違和感を覚える。カンショウはリュウレイたちのほうを向いて力ない笑みを浮かべて、語りだした。
「私は幼いころ、母を失くして以来男手一つで父に育てられていました。もちろん父は一人娘だった私を大事にしてくれましたが、私が鍛冶に関わることは一切許してはくれませんでした。口を開けば、お前は女らしく生きていけばいいんだとそういっていましたから。父が死んで私は一人になりました。けど、父には弟がいます。その叔父さんには跡継ぎになる男の子が二人いて、父もその子たちにカン家を継がせるつもりでいろいろと面倒を見ていました。そんな折、中原からの襲撃があり待ちは焼かれましたが叔父の一家は別の町で鍛冶を営んでおり、無事でした。私は行き場を失い父の下で働いていた人たちに連れられてこの村にやってきたんです。それがあの一件の真相なんですけどね」
寂しげに笑うカンショウにリュウフォンがそっと寄り添う。彼女に身を委ねたカンショウはここではないどこかを見るように遠い眼差しをしていた。
その後、商人組合の伝手で父カンレイの下にいた者たちがばらばらになるとカンショウはある決断を下す。それは自分も鍛冶に関わることだ。父や叔父は自分に女として生きるように強要した。しかし、それに逆らっても自分の望む生き方を貫こうと決めたのだ。
それをカンショウに決断させたのは、人々の先頭に立って中原からの襲撃を撃退した女傑リュウメイの雄姿、それに彼女の義理の娘で今や一人前の鍛冶師として独り立ちしているリュウレイを見たからだった。
「リュウメイ様やリュウレイ姐さん、この村の鍛冶師の人たちは私の理想像なんです。みんなそれぞれに譲れない気概を持って仕事に臨んでいる。私もそうありたいと願っているんです。それに、カン家は叔父が継いでも父の血筋を受け継ぐのはこの私。なら新しいカン家を私が築いても問題はないですよね? 今は見果てぬ夢にすぎません。けど、私は絶対に成し遂げて見せます! それが私の誓い、リュウレイ姐さんに真似ですけどね」
そう言ってほほ笑むカンショウにリュウレイはどこか安心した気がした。リュウフォンも同じ気持ちのようだ。
かわいい妹分、カンショウを囲んでリュウレイたちの穏やかな時間は静かに過ぎて流れていた――。




