鍛冶師リュウレイ(32)
「あの、姐さんたちにお願いがあるんですけど、いいですか?」
立ち上る湯気の中、言いにくそうに切り出したカンショウを見て、リュウレイたちは首をかしげる。
「どうかしたの?」
心配したリュウフォンがカンショウの隣で声をかけると、彼女は恥ずかしそうにこう言った。
「私、禁足地に行く前にリュウ家にお泊りに行きたいんです。ルタ様や姉姫様の許可はちゃんともらいます! だからお願いします!!」
思わず、湯の中から立ち上がり生まれ姿を惜しげもなくさらすカンショウ。必死の思いで頭を下げる彼女を見たリュウレイたちはその素直な姿に苦笑いするばかりだった。
「そんなのいつでも大歓迎さ! 特にカンショウならな!!」
「そうそう、いろいろお話したいこともあるもんね!」
そう言って自分のお願いを歓迎するリュウレイたちを見たカンショウは涙ぐんで、二人にまた抱き着いてきた。
「勇気を出してよかったです――! やっぱり私リュウレイ姐さんとリュウフォン姐さんに大好きです! もう一生ついていきますからね――!!」
「おいおい、おおげさだろ? いくら何でも」
「ふふ、カンショウかわいいね」
その後、カンショウが落ち着くまでの間、三人はお湯から上がり出発までのことなどとりとめのない話をしていた。
「そういえば、カリン姐さんとショウヨウ姐さんに少し稽古をつけていただいたんですけど……。あのお二人って、怖いですね――」
両手で自分の肩を抱いたカンショウはカタカタと震え出した。彼女にとってはそれほどの恐怖だったようだ。多分、二人とも悪気は全くなく子供たちやカンショウ自身にいいところを見せようと張り切っただけだろう。
リュウレイに稽古をつけるときは殺す気で来るくせに一体、この差はどこから来るのだろうか。まあ、それくらいでなければ稽古にならないのも事実だが。
「あの二人も、私より大人げないからな――」
「リュウレイも人のこと言えないけどね――」
自分は無関係といわんばかりのリュウレイをリュウフォンが揶揄する。実のところ、二人はかなり優しい性格だ。しかし、そこはこの村の女衆。悪乗りすることにかけては、リュウレイの数段上を行く。おそらく今回のことも、新しく来た妹分にいいところを見せようとからかい半分に本気を出したに違いない。
このままカンショウに誤解を抱かせてもいけない、ここはリュウレイが間に入る必要がありそうだ。そう考えたリュウレイは、カンショウに声をかける。
「まあ、いいや。後で私からも言っておくし、あの人たちのことは気にしなくていいよ。悪い人たちじゃないからな」
「あ、それは大丈夫です。お二人ともいろいろ世話を焼いてくれますから――」
なれない下宿暮らし、ことに年頃の女の子にはいろいろと必要なものが多い。それに下宿先の主は元王族とその護衛士。頼みづらいことなどいくらでもあるだろう。それらを補ってくれるのがカリンとショウヨウの二人というわけだ。
「まあ、その辺は私じゃまだまだかなわないからな」
「リュウレイは仕事あるもんね」
それもあるが、二人ともそれぞれにリシンの息子リトクと同じくらいの娘を持つ母親だ。その経験の違いが対応の差に表れるのだから、こればかりはリュウレイにもどうしようもないことであった。
「でも、姉姫様のお子様二人、とってもかわいいですよね。私も少し相手をしているんですが、とってもかわいくて! ああ、私もいつかあんなお母さんになりたいな――」
そういうカンショウは恋に恋する乙女のように目を輝かせる。確かにカンショウはいいお母さんになりそうな気がする、何となくだが。
「いいよね、私も早く赤ちゃんほしいな――」
リュウレイのほうを思いっきり見つめながら、リュウフォンが相槌を打つ。その視線に気が付いたカンショウも意地の悪い笑みを浮かべてそれに同意する。
「そうですよね――、私もそう思います――」
「……二人そろって私をいじめるなよな――」
昼間の仕返しを受けたリュウレイはさすがに乾いた笑いを浮かべるしかない。さすがに女同士では無理なこともある。それが現実というものだ。
「でも、私こっそり聞いちゃったんですよ! 朝食の後、お子様と遊ぶ姉姫様を見ていたルタ様が、ぼそっと『私もそろそろ結婚したい』ってつぶやくのを!」
「それ、本当か!?」
何気なく聞いた衝撃の事実に、リュウレイも心なしか声が上ずった。
――まさかあの人が。
彼女もレゾニア人としては妙齢の女性だし、ないとは言い切れないがそれでも驚きは大きかった。声を失くしたリュウレイに、カンショウははっきりと答える。
「はい、この耳でちゃんと聞きましたから間違いないです!」
おそらく普段張りつめている分、ぽろっと本音がこぼれたに違いない。割かしかわいいところがあるんだなと、感心するリュウレイ。主が普通の人間を夫に選んだのに彼女には相手がいない、それは村に未婚の男性がいないということでもある。
工房に出入りする商人組合の若手職員には未婚者がいるものの、立場上入れ替わりが激しい彼らと関係を育むことが難しいルタは、自分を持て余しているようでもあった。
しかし、人を寄せ付けない感のある護衛士ルタがそんなことを考えていたのは初耳だった。
壁に耳ありではないが、だれがいつどんなことに聞き耳を立てているか分かったものではない。そんな世の中の皮肉にリュウレイは思わす破顔するしかなかった――。




