鍛冶師リュウレイ(31)
リュウレイたちが食堂に戻る頃、ほかの職人や先輩鍛冶師たちはそろそろ午後の仕事始めということもあり、ほとんどが仕事場に戻り始めていた。客間から戻ってきた三人に食堂から出てきた親方リコウが声をかける。
「おう、おまえらもう用事は済んだのか?」
「はい! リュウレイ姐さんから大事な物をいただきました。午後も頑張ります!!」
先ほどまでとは打って変わり、元気な声で親方に答えるカンショウを見たリュウレイはその切り替えの早さと、見事な変わり身に驚き内心舌を巻く。さすがはカン家のお嬢様といったところか。
しかし、その澄ました対応ぶりが客間での初心なカンショウを思い起こさせ、リュウレイの心を苛んだ。そんなリュウレイの葛藤を知らないリコウはカンショウの返事に納得したのか、今度はリュウレイに声をかける。
「それじゃ、リュウレイ! 午後もカンショウの面倒を見てやってくれ。任せたぞ!」
「ああ、わかったよ! 親方」
頷いた親方は部屋を出て、事務所の方に向かう。工房の責任者も兼ねる親方は次の納品準備に忙しい。取り敢えずは仕事に向かおうとしたそのとき、隣のカンショウがほっとした様子でため息をつくのが目に入る。そんな無防備な彼女を見ていたら、いたずら心が頭をもたげてきた。
「あれ、どうかしたのか? カンショウ」
「え、ああ……、親方に声をかけられてなんだか緊張しただけです。午後も頑張りますね!」
「ああ、カンショウはいい子だな。その意気だ」
「はい! ありがとうございます、リュウレイ姐さん!!」
リュウレイがよしよしとその頭をなでてやると、カンショウは照れたように顔を赤く染める。そんな彼女の耳元でそっとつぶやく。
――それでこそ、私のカンショウだ……。
それを聞いたとたん、カンショウはさらに赤くなりリュウレイの方を見た。リュウレイはわざとらしく微笑むと、カンショウを促した。
「じゃあ、私たちもいこうか。少しでも遅れると皆うるさいからな」
「あ、はい! 今、行きます!!」
「私は村に戻るから、また後でね」
「はい、リュウフォン姐さんもありがとうございました!」
自分を見送るリュウフォンにも深々とお辞儀するカンショウの姿に思わず心癒やされる。まるで子犬や子猫でも見ているかのようだ。取り敢えずリュウレイの用事は無事に終わったし、その後も問題なく終わった。
少なくともリュウレイたちはそう思っていた。しかし、普段からいろいろやらかすリュウレイになれていた工房の人々は彼女たちのわずかな変化にも敏感だ。今日も新入りカンショウ相手に何かをしでかしたというのは親方やリュウレイの姐リュウシュンを含め、察していたのは言うまでもない。
食堂を出て行く三人を見送っていたリュウシュンはほっとため息をはき出した。どうも、カンショウが加わってからというもの、リュウレイも肝心のリュウフォンも調子に乗りすぎる嫌いがある。
それはあのカンショウ自身も煽っている気配がないではない。彼女自身、以前の町では同年代の友達が少なかったということだから、仕方ないのかもしれない。
――それはそれで、問題なんだけどね。
誰にでも明るくふるまうカンショウ。家族や親しい人を失くしたばかりだというのにそれを微塵に感じさせない少女の健気さにリュウシュンも心を打たれることが多い。しかし、だからと言ってカンショウまでリュウレイに似たら困るのも事実だ。
「また、お灸をすえることも考えておかないといけないわね。リュウレイも大事な時期だし」
数日後には、遥か山向こうの禁足地まで行こうという三人だ。どんな危険が待ち受けているかもしれない。もう少し自分たちのことを真剣に考えてほしい。そう思いながら、リュウシュンは食堂の洗い場に戻っていった。
… … …
いつものように仕事帰りにカンショウを伴い、村の共同浴場で仕事の汗を流すリュウレイ。
「ああ、今日も疲れた。ついでに金もないと」
熱い湯に浸りながら、くだらないことをぼやく彼女に少し不機嫌そうなカンショウがためらいなく抱き着いてきた。カンショウはリュウレイを見上げながら、不満げにつぶやく。
「リュウレイ姐さんの意地悪」
「はて、何のことかな?」
腕の中のカンショウの頭を撫でてやりながら、リュウレイは満足そうに微笑んだ。仕事中のカンショウはどことなくリュウレイのことを意識しすぎて、空回りしている感があった。それでも言われたことにはちゃんと答えて、仕事での失敗はないのだから大したものだ。
最もリュウレイもそれなりに手助けしているので、当然なのだが。
「リュウレイもいけないよね、いたいけなカンショウをからかったりして……」
二人の後から湯に入ったリュウフォンはカンショウを挟むように抱き着く。豊かすぎる胸を背中に押し当てられたカンショウはたまらず小さな悲鳴を上げた。
「あ、姐さん! き、危険です、そんなことされたら私!」
「どうなっちゃうのかな――?」
リュウレイがカンショウを独占していたことに強い不満を抱くリュウフォンは容赦なく彼女を自分のほうに振り向かせ、その唇をふさいでしまう。
「あ、私、これ以上は……」
全身の力が抜けたカンショウはいたずらなリュウフォンの胸に抱かれて、恍惚の表情を浮かべていた。そんな二人を見ていたら今度はリュウレイが苦笑いする番だ。
「やれやれ、二人そろってカンショウをおもちゃにしているな。あんまりからかうと本気になるからそこらへんにしといてやれよ、フォン」
「もう限界です、私……」
涙目になりながら、それでも満足そうにリュウフォンに寄り添うカンショウ。そんなかわいい妹分を見たリュウレイはそっと笑顔を浮かべる。あったときは彼女とこんな風に笑いあうとは思いもしなかったことだ。まあ悪ふざけが過ぎている感はあるが、それもカンショウが素直でかわいいからだ。
自分を慕う彼女のためにも独り立ちの儀は思う存分、自分の力をぶつけるつもりだ。自分を見るリュウレイの中に強い決意を見て取ったカンショウはそんな彼女を励ますように微笑むのだった――。




