鍛冶師リュウレイ(30)
「まったく二人揃って本当に世話が焼けるんだから――!!」
長い工房裏の廊下を不可視の風を纏ったリュウフォンがそろそろと移動していた。今はみんな食堂で思い思いに過ごしているはずだ。リュウレイが行ってもそれほど怪しまれないだろうが、最近親方リコウもこちらの動きには神経をとがらせている節がある。
リュウフォンもそれとなくリュウレイやカンショウのことを見ているようにと頼まれたくらいだ。それほど、リュウレイやカンショウは皆に心配され、気にかけられているのだ。本人たちは知る由もないことだが。
カンショウやリュウレイたちの私物が置いてあるのは反対側の方だ。その際、食堂の裏口を通り過ぎなければならない。そこさえ通り過ぎればあとは人目につく心配はないから安心だ。そんなことを考えていた矢先、事務所の方から紙の束とにらめっこするリュウシュンが歩いてきた。
宙に浮かぶリュウフォンの気配を気取られることはまずない。しかし、勘のいいリュウシュンは少し距離が縮まったところで、ふとこちらに視線を向けてきた。
――まずい!
一瞬、そう思うが見えないはずだ。それに風で音も相殺しているので何の問題もない、はずだった。しかし、リュウシュンは首をかしげながら無言のままこちらを見て通り過ぎていった。
まるでこちらのことが丸見えであるかのように。ヒヤリとするリュウフォンの背筋に冷たいものが流れる。
同じ事を以前経験したことがある。あれは二年ほど前、姫長メイシャンに命じられて大陸西方の地域を密かに空から見て回った時のことだ。大陸の西岸には小さな国々がまとまってできた連合王国が存在する。それらはメイシャンの王家と同じレゾニア人が古の時代に建設した植民都市の名残であるという。
それら国々のあり様を見てくるように言われたリュウフォンは散歩ついでにあちこちを見て回っていた。残念なのは相棒のリュウレイが仕事の忙しさにかまけてついてこれなかったことくらいか。
「それにしてもいろんな人が暮らしているんだな……」
眼下に広がるのは西方地域の首都らしい。見渡す限りの地に多くの家々が立ち並び行き交う人々もまた活気に満ち溢れている。その中心にあるのは王が住まう王宮と所属する国々の議員たちが集う議会のようだ。そのあたりはリュウフォンにはわからないものの、大きな建物に惹かれて、その周囲を見渡していたその時、城の中庭に数人の女性の姿を見つけた。高貴な人々が身に纏う豪華な装束に身を包んだ彼女たちこそこの城の主であろうと思いしばし眺めていると、その中心にいた銀髪の女性がふとこちらを見上げたではないか。
深い緑色を湛えたその瞳に射抜かれたリュウフォンは驚いてその場からすぐに飛び去った。
姫長メイシャンによく似た風貌の彼女こそ、今から百年以上前にかの地に嫁いだかつての姫巫女候補の一人、アレクリアナ王女その人であると知ったのはあとのことだ。
つまりは力ある炎の民ならばリュウフォンの擬態を見抜くことが出来る。それがリュウシュンにもあるとすれば?
答えは一つしかない、彼女もまたリュウレイやリュウフォンと同じメイシャンの眷属。しかも自分たちより上位の加護を受けているということ。
確かに考えるまでもなく、姫長メイシャンはリュウシュンを頼りにしている。しかし、そんな可能性、思ってもみなかったことだ。
カンショウの着替えが入った鞄を手に廊下を戻る最中、リュウフォンは深いため息をついた。
「リュウシュンのことだから、大目に見てくれると思うけど、今夜は二人にお説教しておかないとだめかな」
まだまだ自分も甘い。特にカンショウやリュウレイはリュウフォンにとってもかわいいものだ。こういうと語弊があるかもしれないが。
世話の焼ける二人の待つ客間を目指し、リュウフォンは華麗に宙を舞っていった。
… … …
「はい、これ着替え!持ってきたよ!!」
「あ、ありがとうございます……」
鞄を受け取ったカンショウはリュウフォンの勢いに押されて、部屋の隅で着替えの服に袖を通している。その間、リュウレイはというと後ろを向いてなおかつリュウフォンが縦になるように、二人の間に陣取っていた。
これ、普通男が女にされる状況だよなと思いつつ、リュウレイは黙って従っていた。リュウフォンはカンショウがまだ着替えている間に、リュウレイにそっと近づいて先ほどのことを伝えることにした。
「ねえ、リュウレイ。リュウシュンがメイシャンの眷属だって知ってた?」
「いや? そんなの初耳だぞ、どうしてそんなこと聞くんだ」
思わず振り向こうとしたリュウレイの首を両手で固定しなおしたリュウフォンが言葉を続ける。その際、変な音がしたような気もするが無視しておく。
「見えないように風を纏っていた私をすれ違うリュウシュンがじっと見ていたの。まるで私のことが丸見えだったみたいに……」
首が痛いリュウレイは別の意味で丸見えな状況のリュウフォンを頭で思い描き仕返ししながら、声を潜めた。
「ありえないことじゃないな、でもそれならなんでそのことを私たちに教えなかったんだろ? また義姉さんのいたずらじゃないだろうな」
「眷属になるってそれなりに覚悟がいることだと思うけど、違うのかな?」
「まあ、シュンなら義姉さんや家族のために喜んでなるだろうな。戦うわけじゃないから恩恵は薄いとは思うけど」
「炎神の加護って必ずしも戦うことだけにあるわけではないんだけどね。でも本人じゃないとそれ以上はわからないよね……」
リュウフォンがため息をついているとその後ろから躊躇いがちに着替えを終えたカンショウが声をかけた。
「……お待たせしました。二人して何を話しているんですか?」
真剣な表情で、と付け加えたカンショウに二人はなんでもないと答えるしかなかった。こればかりは姫長の加護を受けるものにしか関係ないことだからだ。
「まあ、いいや。食堂に戻ろう、そろそろ午後の仕事も始まることだしな」
「私に為に貴重な休憩時間を使わせてすみませんでした」
「カンショウは気にしなくていいよ、全部悪いのはいつもリュウレイだから!」
「痛ででで!!」
右手でリュウレイの頬を思いっきりつねるリュウフォン。そんな彼女に愛想笑いを浮かべるカンショウ。
結局、いつも最後にひどい目に遭うのは自分の役目かと流石に泣きたくなるリュウレイであった。




