鍛冶師リュウレイ(28)
翌朝、村の共同浴場に遠駆けから戻ってきたリュウレイたち三人の姿があった。リュウフォンには頂上まで連れて行ってもらうカンショウは別としてもリュウレイには別の充実感があった。久しぶりに自分の望むものを打ちあげた満足感というべきものか。
「はあ……、疲れました」
「今日は半分くらいまでは自力で降りたね。大したものだよ」
体力を使い果たし、崩れ落ちるカンショウを宙に浮かぶリュウフォンが笑顔でねぎらう。これから風呂に入るが、カンショウは大分汗だくだ。仕事があるとはいえ、少し無理をさせすぎたかとも思うが本人からはお気になさらずにとの返答を受けている。ゆえに手を抜くつもりはなかった。
「さ、速めに風呂に入って汗を長そう。カンショウは着替えも用意しておかないとな」
「そうですね、今度からそうします。レイ姐さんはあんまり汗かいてないんですね、逆にすごいと思いますよ」
リュウレイが差し伸べた手を取り、立ち上がったカンショウが感心したようにつぶやいた。
「そりゃなあ、確かに私の方が早いだろうけど、なるべく疲れないように体力配分考えているからな。それもこの五年間ずっと同じことの繰り返しだ。何でもコツってものがあるんだ。カンショウも慣れるまでは大変だけど、頑張ればなんとかなるさ」
「そうでしょうか……、まあとりあえず頑張りますけど!」
元気よく笑うカンショウの頭を撫でてやりながら、リュウフォンと顔を見合わせたリュウレイは破顔する。
「さ、それじゃさっさと風呂に入ろうぜ。私もすっきりしたいや」
「そうですね、行きましょう!」
「二人とも元気だねぇ――」
先を行くリュウレイの後に続くカンショウをリュウフォンが見守っていた。今のところ、カンショウはよくついてきていると思う。当初、心配していたほど体力がないというわけではないし、明るく振舞っている。まあ、無理をしているだけかもしれないのでそこは気を付けてやらないといけないだろう。
「それにしても、なんだか違和感があるんだけどな。何だろう?」
恐らくそれは身近に感じるものが関係しているような気がする。
「フォン姐さ――ん、先にお風呂入ってますよ――!」
違和感の正体について考えていたリュウフォンにカンショウが声をかける。
「あ、うん!わかった、今行くよ!」
難しく考えても仕方ないと考え直したお気楽リュウフォンはふわりと浮かび上がると、風のような勢いそのままにカンショウたちの後を追う。
三人の山の娘たちは心地よい朝の時間を過ごすのだった。
… … …
仕事がひと段落した昼過ぎ、食事を終えたカンショウは姉弟子リュウレイに誘われて工房の一角にある客間にいた。いつもなら、まだ食堂で楽しく話しているはずだが今日は様子が違う。リュウレイは何やら自分のために、用意してくれているようだった。
それを知るもう一人の姉貴分リュウフォンに聞いても、「なんだろね――?」と笑うばかりで答えてはくれなかった。
「リュウレイ姐さんは何しているのかな?また何か作ってくれたらうれしいけど」
それが服であったり、食事であったり――。男勝りでぶっきら棒だが、リュウレイは意外と同性のカンショウには優しい。そればかりか、まだ工房の仕事に慣れないカンショウをあれこれと面倒見てくれる。今はそれに答えることが出来ない育ちの良さがもどかしかったが、そんなことは慣れればどうとでもなる。
要はリュウレイや隣にいるリュウフォンへの愛が重要なのだ!カンショウは二人のことを尊敬している、いや敬愛しているといっても過言ではない。二人とも今のカンショウには無いものを持っている。
リュウレイは鍛冶師としての実力や家事全般をこなす器用さ、リュウフォンはその女性らしい容貌や皆に愛されるその魅力的な性格など。一度会えば、誰もが彼女たちに一目置く。そんな存在なのだ。
「ああ、いつか私ももっと姐さんたちに近づければなあ……」
背が低くて、もう少し成長を期待したい自分自身を振り返り深いため息をつく。そんな時、部屋の扉が開き手に何かを持ったリュウレイが入ってきた。
「悪い悪い、待たせたな。やっと仕上がったんだ。これを私からカンショウに送るよ。この前のお詫びも兼ねて、な」
そういってリュウレイが取り出したのは二振りの短剣。それは以前の対決でカンショウがリュウレイにおられたのと同じくらいの長さを持つ美しい短剣であった。
「これはリュウレイ姐さんが打ったんですか?」
私のために、という言葉を飲み込んだカンショウが驚きとともに尋ねる。照れくさい感じのリュウレイはリュウフォンの方を見ながら、頷いた。
「ああ、あの時の短剣は親父さんが持たせてくれた護身刀だったんだろ?そんな大事なものをへし折ったんだから、当然の償いだと思ってな。それに大事なカンショウの身に何かあったら私が困るしな」
「ふふ、リュウレイも過保護だね」
そういってリュウフォンが笑うと、ほっとけよとリュウレイがすねたようにそっぽを向いた。二人のやり取りを横目に、カンショウは受け取った短剣の出来栄えに目を奪われていた。それはまるでリュウレイの魂の美しさそのものを見ているかのような錯覚を覚える。
こんな剣を打てるリュウレイはやはり至高の鍛冶師リュウメイの跡目を継ぐにふさわしい実力を備えつつあるのだろう。
――私も姐さんみたいになりたい、いや近づきたい。ずっとあなたの側にいたいんです、リュウレイ姐さん!!
カンショウが感動に震えていると、リュウレイが声をかけてきた。
「気に入ってもらえたか? カンショウ」
「はい、私とっても嬉しいです! こんなにうれしかったのは生まれて初めて――」
「そりゃ、大げさな」
照れるリュウレイにうれしさのあまり涙ぐむカンショウ。二人見て、温かく微笑むリュウフォンの姿がそこにはあった。
「それじゃ、そろそろ食堂に戻るか。まだ仕事まで時間あるしな」
「そうだね、お茶も飲みたいし」
リュウレイの言葉にリュウフォンが頷くと、カンショウが二人を止めた。
「待ってください、まだ一つ残っていますよ」
「何が?」
カンショウの言葉に、リュウレイとリュウフォンが思わず顔を見合わせる。
「こんなきれいな刃物、試し切りしないともったいないじゃないですか」
「それなら、向こうで太い野菜でも切ってみればいいんじゃないか?」
それならリュウシュンも大助かり、そんな冗談をリュウレイが言おうとしたその矢先、笑顔でカンショウが微笑んだ。
「そう、私で――」
それを聞いた瞬間、リュウレイとリュウフォンの時が止まった――。




