鍛冶師リュウレイ(27)
翌日の昼下がり、午後の仕事始めのころ。倉庫で、自分の打ち上げた剣の仕上げをしていた親方リコウのもとにリュウレイが顔を見せた。数日後に近づいた品物の出来栄えも併せて確認するつもりでいた親方はリュウレイを見て怪訝そうな表情を浮かべる。
「親方、ちょっといいかな?」
「どうかしたのか? リュウレイ」
またぞろ厄介ごとでも押し付けに来たのではと警戒するリコウにリュウレイは辺りに人がいないのを確かめたうえで声を潜める。
「ちょっとお願いがあってさ、裏の鉄を少し分けて欲しいんだ。もちろん買取で構わない、来月の給金から差っ引いてくれればいいから」
「お前、何をするつもりなんだ?」
弟子の意図が読めず、重ねて問いかける親方にリュウレイは意外なことを言い出した。
「一月前にカンショウの短剣を私が圧し折ったろ? あいつ、親父さんの剣を折られてから丸腰なんだよ。だから、せめて代わりになるものを打ってやりたいと思ってさ」
「ふうん、お前が人の為になることを考えるとはな……。少しは成長したってことか」
「それでもらってもいいんだろ?」
感心する親方にあまり話に時間を掛けたくないリュウレイが返答を迫った。
「まあ、そういうことならいいだろう。短剣を打つくらいなら大した量じゃないしな」
いつも刃物や農機具といった類の鉄器は飽きるほど打ち出している。頷いたリコウにリュウレイは一言、礼を言うと足早に去っていく。その足音が消えたのを見計らい、リコウはほっと胸を撫で下ろした。
「やれやれ、やっと行ったか。まったく弟子と同じことを考えるとは俺もまだまだだな……」
「リコウ、今リュウレイが来ていたの?」
その時、リュウレイが去ったのとは逆の入り口からリュウフォンが顔を覗かせた。彼女にはふもとの町までお使いを頼むつもりでいたリコウは余りの都合のよさに思わず驚いた表情を浮かべていた。
「ああ、リュウフォン。ちょうどいいところに来てくれた。村長のじいさまにも許しをもらったんでな。こいつをふもとの町のお師匠さんのもとに持って行ってほしいんだ」
そういってリコウは近くにあった細長い布包みを持ってきた。布にくるまれたそれを一目見たリュウフォンは目を見張るようにリコウを見た。
「ねえ、どうしてこれがここにあるの?」
「ん? そりゃ決まっているだろう。ふもとの町に行けないリュウレイに代わって、商人組合主催の武具の品評会に出品する。試打ちと言ってもあいつの打つ剣はもう商品としては通用する出来栄えだ。鍛冶師リュウレイの名はもう少し早く世に出してやりたかったんだがな」
リュウフォンが受け取ったのは納剣堂に収める剣をリュウレイが試打ちした六本のうちの出来のいい三振り。それをリュウレイが拵えた細工を用い、親方リコウが仕上げたものだ。
それらはあまり具合のよくない村長が直々に見分して、売り物とすることを許した。
本来ならば、許されることではないのだがリュウレイの腕前を惜しんだリコウと村長。それに大先生リュウゲンが少し前に話し合って決めたことだった。
リュウメイにも相談したかったが、多忙な彼女はいまだに戻ってくる気配はない。それゆえ、姫長にも話を通したうえで本人不在のままここまで進展していたというわけだ。
「ねえ、リコウ。一本だけ出来を確かめてもいい?」
「お前に剣の目利きなんてできるのか? まあ、構わんが」
腕組みをして見守る親方の目の前で、リュウフォンは丁寧にくるまれた布をほどき一番上にあった剣を手に取った。腕にずっしりと鉄の重みが加わる。それを払い、静かに抜き放った刀身にリュウフォンは目を奪われる。今まで、リュウレイのすぐそばでずっと彼女が打ち上げる剣を一本一本確かめてきたのは他ならぬリュウフォンなのだ。
例え、村で気楽に過ごしていても鍛冶師の家であるリュウ家の一員としての誇りや心構えはリュウフォンにも自然と備わっていた。特にふもとの町に行くたびに、義父リュウゲンについて回り、日々集まる武器の出来具合を見ていれば自然と物の良し悪しが見えてくると言うものだ。
それにリュウレイの剣はどこか見覚えのある一振りであった。あの日、姫長メイシャンとともに納剣堂で見たリュウメイの独り立ちの作。どこまでもリュウレイは義母リュウメイを目指し越えていくつもりなのだろう。
それがわかっただけ、リュウフォンは満足だった。剣を静かに鞘に納め、同じように布にくるみ、その胸に大事に抱きしめる。
「じゃあ、これは私が責任を持ってお父さんのところに運ぶから」
「ああ、リュウレイに気づかれないように早めに戻って来いよ。これはお駄賃だ」
そういってリコウは銀貨を五枚、リュウフォンの手に乗せてくれた。どこかのナルタセオとは大違いだ。もっともこれはリコウの子供たちや姫長一家へのお土産代も含まれているのだが。
「ありがとう! じゃあ、行ってくるね!!」
「気をつけてな!」
リコウに見送られたリュウフォンは元気に昼過ぎの青い空へと舞い上がる。深く切り立った渓谷を抜ければすぐにふもとの町が目に入る。風の加護に守られたリュウフォンならば、まさしく一飛びの距離だ。
「待っててね、リュウレイ! あなたのためなら私も頑張るから!」
その日、一陣の風がふもとの町へと降り立つ。それはリュウレイに新しい変化をもたらすものであった。
… … …
夕刻、リュウ家の旧母屋の脇にあるリュウレイの工房に明りが宿っていた。リュウフォンや子供たちには用があるので、しばらく籠ると伝えてある。義姉は察しがつくのか、子供たちやリュウフォンと何やら楽しげに話し込んでいた。
義姉より授かった種火を炉に灯したリュウレイは親方から分けてもらった鉄を溶かし、カンショウのために打ちあげる短剣を二本打ち上げるつもりであった。
この工房にある道具の殆どはリュウ家の鍛冶師たちが代々使ってきたものばかりだった。リュウレイの代になって、手入れをしたり買いなおしたものもあるが随分使い古したものも多い。試打ちはすべてこのリュウ家の工房で打ち上げたものばかりだ。
普段、両手持ちの刀身の長い剣を打つことがほとんどのリュウレイにとって短剣を打つのは久々だった。一対の双短剣を打つ理由はリシンの妹分ショウヨウにある。
持ち前の身軽さを生かした彼女は戦場で無双剣の使い手であり、二人の獣使いを切り殺した実力者でもある。リュウレイに稽古をつけるときは、逆手に構えた二本の短い木刀を振るい、その実力を如何なく発揮していた。
リュウレイの姉、リュウシュンもリュウメイやショウヨウから短剣の扱いを手ほどきされ、それなりの域に達している。体の小さいカンショウならば、さらに腕を磨くことで強くなれるだろう。それがカンショウの自信につながれば、言うことはない。
「さて、そろそろ始めるとするか……!」
赤々と熱を持った鉄を鋏で台に持ち上げ、利き手に握る渾身の力を込めて槌を振るう。甲高い金属音が鳴り響き、リュウレイは無心で鍛冶に臨む。
その日、夜遅くまで工房の火が消えることはなかった――。




