鍛冶師リュウレイ(25)
「それにしても、大分大きくなったな……。もうじき収穫の時期か」
先を進むリュウレイは何気なく赤い煌きに照らされた畦道の周辺を眺めながら呟いた。周囲には青々と茂った大きな葉を持つ作物が順調に育っている。あと二月後には領主様主催の収穫祭がこの村で盛大に開かれる予定だ。
今年で六回目を数えるその収穫祭はこの村を出陣した炎の王リュウシンの初陣を祝う宴が始まりだった。当時、数多の獣を従えた戦士団の大隊長を打ち破ったリュウシンはその後、領主フェリナの実家、レイアス家の姉妹の協力を得ながら幾多の苦難を乗り越えて栄華の都を守る戦いに臨んでいた。
自分たちをはるかに上回る強大な敵を前に、炎神の加護を受けたリュウシンたちは死闘の末にこれを退け、王都奪還への道を切り開いたという。故郷に身重の妻メイシャンを一人残して戦場に立ったリュウシンの思いがどれほどのものだったのか、リュウレイには想像もつかない。
あの頃のリュウレイは、時折村に聞こえてくるはるか遠くの戦況を一喜一憂しながらメイシャンの世話に明け暮れていた。今、自分がこうしていられるものすべてはリュウシンが未来を切り開いた結果なのだと理解する。それを中原の人々やカンショウのような直接リュウシンを知らない人に求めるのは無理だろう。けれど、それでも思うのだ。
戦いの後、村で生まれ育った小さな子供たちが生きる時代。彼らが大きくなるころ、少しでも争いの少ない世であってほしいと。そのために自分ができることはただ一つ、自分の選んだこの道をただひたすらに突き進むだけなのだと。
「結構立派に育っていますね。これはどんなものが取れるんですか?」
リュウレイの言葉に興味を抱いたカンショウが隣に並んで尋ねて来る。後ろにいるはずのリュウフォンはなぜか無言。しかし、リュウレイにはいま彼女が何を想いどんな表情なのか、わかる気がした。
「これはな、芋の葉っぱなんだよ。昔からこの辺りでよく栽培されていた種類の芋。もともとは土地が貧しかったり、厳しい環境でも育つ飢饉に供えた予備に育てていたらしいんだけどな……」
「それにしては、辺り一面同じ作付けのようですけど……」
カンショウが首をかしげるのも無理はない。旧王国の時代、炎神の加護を受けた王国の大地はとても豊かであった。気候も温暖で、豊富な雨量にも恵まれ、また歴代の王はその権力を源泉とした大規模な土木工事を行い、中原は肥沃な穀倉地帯として古来より知られていたのだ。大きな灌漑設備も整い、中原は飢えることを知らぬ奇跡の王国としてその名を知られていた。
神の加護を喪失した現在、中原の地がどれほど荒れ果て僅かな富を奪い合うかは想像に難くない。それでも、炎神の姫巫女たる義姉とその一族。今だ、篤く炎神への信仰が続く北の地は依然とさほど変わらぬ、豊かな暮らしが続いていた。
人間たちが姫長一家への篤い尊崇の念を抱き続けるのは当然の結果と言えよう。しかし、一部では姫長個人にも思いもよらぬ不運をもたらしもしている。
そのことを思い出しながら、リュウレイはカンショウによく聞こえるようにわざと大きな声で解説する。
「昔な、私たちがこの村についたばかりのころはこんなに畑は広くなかったんだ。村人はみんな鍛冶師だったからな。自分たちが食うに困らない程度の片手間に出来る兼業の農家がほとんどだったのさ。リュウ家もそれは同じで、今の母屋の前には私が工房に使っている古い一軒家があったんだ。その裏手に小さな荒れた畑があった。それがリュウ家の農園の始まり。リュウシン様は義母さんとの修行の傍らに姫巫女様、リュウオウがお腹にいた義姉さんのために少しでも食べ物を確保しようと畑を耕していたんだよ。私やリュウシュンもそれを手伝った。結構きつかったけど、楽しかった。この村に来て私が初めて任された仕事だったからな。リュウシン様が旅立つ前日の夕方、ようやく畑の手入れが終わった。その時、畑の半分に植え付けたのがこの芋の苗だったんだ。懐かしい限りだけどな」
そういって微笑むリュウレイになぜかカンショウは照れたようにうつむいてしまう。
「そ、それでどうなったんですか?」
「この芋は成長が早くて四か月ほどで、収穫できるんだ。問題は、その先にあった。そうだよな、フォン?」
当時、村にはいなかったエルカオネことリュウフォン。無言のままの彼女を振り返り、嫌な笑みを浮かべたリュウレイが言った。
「……私、今年は絶対に手伝わないからね!」
「つれないこと言うよな、いつもなんだかんだ言っても最後には手伝ってくれる優しいリュウフォンのくせに」
「――リュウレイのいじわる!」
カンショウの背中に豊かな胸を押し付けて、リュウフォンが舌を出した。
「あの、話が見えてこないんですけど……?」
背中の柔らかくて重い二つの感触に頬を染めたカンショウ。彼女の問いかけにリュウレイは笑い、リュウフォンは深いため息をついた。
それは姫長にとって大きな悲劇の物語であった――。




