鍛冶師リュウレイ(24)
リュウレイがはるか山向こうの禁足地、古の遺跡を探索するのは五日後と決められた。それも強制的に。その理由は至極単純、仕事が忙しかったからだ。それでも毎月の納品日からしばらくは休息を含めて工房も暇になる。その時を見越して、親方リコウはリュウレイに独り立ちの儀を行うように伝達した。
なお、村長の言葉にあったように独り立ちの儀に関しては姫長も一切関知するつもりはないと断言していた。
「自分のことじゃろう、言い出しなのならば最後までやり抜いてみせい。それまでうちに戻ることは許さぬ! 性根を据えて取り組むのじゃな!!」
「リュウレイ頑張れ――!」
「頑張るのじゃ――!!」
微笑ましい声援を送る子供たちにリュウレイは思わず顔を綻ばせる。それにしても、月の納品日にぶつけられるのはリュウレイにとって非常に手痛いことであった。返済に充てる給金もここから捻出するのを計算に入れていたのだから。
「リュウレイも大変だねぇ――」
「レイ姐さんて、もしかして金運なしですか?」
貴族オルセイから禁足地探索の許可を得た翌日の夕刻、工房の食堂に集まっていたリュウフォンとカンショウが呆れた様子でリュウレイを見守っていた。ちなみにリュウフォンたちが飲んでいる果実酒はかなり高値で、それもリュウレイのつけに回されているのだ。
「なんだかもう、一生借金が無くならないような気がしてきた……」
食卓に一人突っ伏して呻くリュウレイ。そんな彼女を揶揄するかのようにのんきなリュウフォンがカンショウに声をかけた。
「売店の焼き菓子っておいしいでしょ?これは全部リュウシュンが作っているんだよ、私の奢りだから遠慮せずに食べてね」
「いえ、今からあんまり食べるとその、夕食が……」
リュウレイの方を見ながら遠慮しがちなカンショウがやんわりと言う。小柄なカンショウはそれほど食べる方ではあるまい。しかし、それはまだリュウレイたちのような厳しい作業を任されていないからだ。これから徐々に、まるでリュウレイが昇る険しい東の頂への道のようにきつくなっていくことだろう。
「鍛冶師は食べないと体がもたないよ、それは忘れないようにね」
「は、はい、わかりました」
リュウフォンの含み笑いに別の意味を感じ取ったカンショウがそっと頬を染めた。今日もこの後は三人で共同浴場に行くことになっている。故郷では箱入り娘として育てられ、他に兄妹もおらずまして同年代の友達にも恵まれなかったカンショウの寂しさは人一倍だったようだ。
おまけにリュウレイやリュウフォンもまた素直で初心なカンショウのことは気に入っている。多感な時期ということもあり、彼女たちの付き合いはこれからますます深くなっていくだろう。周囲はそんな若い彼女たちの関係をほほえましく見守るばかりであった。
それがこれから人生の一大転機を迎えるリュウレイにとってどう影響するかは微妙なところだが、そう悪いことばかりではあるまい。
「ふふ、うらやましいわね、あの子たち。私も今度、一緒にお茶でも飲もうかしら」
すやすやと眠る娘リュウキョウをあやしていたリュウシュンが呟く。その傍らでは今日の売り上げを計算していた旦那のマクレベが相槌を打つ。
「そうだね、カンショウが来てから工房や村の人たちもいつもより明るくなった気がするんだ。みんな、あの子の力になってやりたいと思っているんだよ。もちろん、俺もだけどね」
「あなたらしいですね、私もですけど」
リュウシュンが頷くと、その腕の中にいたリュウキョウがかわいらしく首を動かした。二人して、その仕草に目を奪われたリュウシュンたちは無言で微笑み合う。
「うふふ、あなたもそうなのね。今度、お姉ちゃんたちに遊んでもらおうね」
リュウシュンがそういうと、小さな赤ん坊はまるで頷くようにコクンと首を振った。そのあどけない姿に若い夫妻は幸せを実感する。
「かわいいね、また今度抱かせてね。リュウシュン」
「あら、もう食べ終わったの?相変わらず、よく食べるわね、あなたも」
「さすがに、メイシャンたちほどじゃないよ」
いつの間にか、近くに来ていたリュウフォンが声をかける。その後にはリュウレイとカンショウがいた。これから三人そろって、お風呂場に行くつもりなのだろう。
「あの、ごちそうさまでした。リュウシュン姐さんのお菓子、おいしいですね。また今度、買いに来ますね」
「その時はよろしくね、おまけしてあげるから」
「はい!」
元気のいいカンショウの声に、寝ていたリュウキョウが目を覚ましてしまう。思わず口元を抑えた彼女にリュウシュンは気にしないでと笑いかけた。
「かわいいもんだな、キョウは。レイおばさんだぞ」
近くにいたリュウレイが姉のリュウシュンからまだ寝ぼけ眼の姪を受け取ると優しく抱きしめた。それに安心したのか、間もなくリュウキョウは重い目蓋を閉じてすうすうと寝息を立てた。
それを見守っていたカンショウは目を輝かせている。この村にきて一番大きく変わったのは身の回りに小さい子供たちが増えたことだろう。姉姫一家にも二人の子供がいるし、昼の時間にも工房の近くで遊ぶ子供たちを見た。
「いいですね、私こういうことにあまり縁がなかったから憧れていたんです。小さな子たちとも遊べるといいなぁ……」
「なら、遊んでやればいいさ。あいつら、いつも遊び相手を欲しがっているからな。私も手が空いた時はなるべく構ってやるようにしているんだよ。もっとも最近は仕事の方が優先でそうもいかないんだけどな」
リュウオウたちのことを思い浮かべながら、リュウレイが笑うとカンショウもつられて破顔する。もっとも、カンショウはしばらくの間は仕事最優先だ。この村に、遊びに来ているわけではないのだから。
しばらく、リュウキョウを囲んで笑い合ったリュウレイたちはその後、工房を出て薄暗くなった村の畦道を歩いていた。
「リュウレイ姐さん、禁足地には一人で行くんですか?」
気になるのか、カンショウが尋ねる。そこに近くを進むリュウフォンがふわりと横に並んでいった。
「一応、私もついていくつもりだよ。歩いていくと山を越えないといけないからね」
正確には古の隧道を超えればそれほどの距離はない。むしろ遺跡のある森林地帯を超える方がはるかに時間がかかるだろう。それを聞いたカンショウは何かを思案するようにしばらくうつむいていた。
リュウレイたちは互いに顔を見合わせて、その様子を見つめていた。彼女が何を考えているのか、簡単にわかるからだ。
「あの、その探索に私も連れて行ってもらえないでしょうか?」
「やっぱりそう来るか――」
昼過ぎに親方がリュウレイのところに来て、ポツリと言った。
「お前、カンショウまで連れて行く気じゃないだろうな?」
「いや、さすがにあいつまで連れていく気はないよ。……まあ行きたがるだろけど」
「その辺はお前の常識に任せる。騒ぎを起こすんじゃねえぞ」
「言われるまでもねえよ!」
こんな師弟のやり取りを知らないカンショウは強い期待を込めた眼差しでリュウレイを見つめている。
「どうするの?」
「……本人次第だろ、そこまで私がどうこう言うことじゃねえし」
「なら、ついていってもいいんですね!?」
嬉しそうに言うカンショウ。彼女とて、自分の言うことの大きさは理解している。しかし、リュウレイの決意を見届けたいという思いもあるのだ。それに自分の心をつかんで離さないリュウレイがどこまで行けるのかを見てみたいという好奇心もある。
――リュウレイ姐さんにはとことんついていく、ちゃんと責任を取ってもらうんだから!
カンショウは自分の胸の内に芽生え、心の中を埋め尽くすリュウレイへの思いを受け止めながらそっと微笑んでいた。
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