鍛冶師リュウレイ(17)
「それじゃ、これが頼まれていた道具一式だよ」
「ありがとう、マクレベ義兄さん!」
カンショウを連れて向かった売店で、丈夫な布地とリュウレイの姉リュウシュンが使う裁縫道具を借り受ける。この時売店にいたのはマクレベだけで、リュウシュンは食堂の準備で不在だった。カンショウのことは昨日のうちに紹介済みなので、今日からお世話になりますとあいさつを交わして、客間に向かう。途中、手伝いの女衆や経理担当の職員たちに声を掛けられるたびに、カンショウはにこやかに対応していた。
「さすがにお嬢様だけはあるな、安心したよ」
リュウレイがそういうとカンショウは恥ずかしそうに笑いながら、これも父の教えですと答えた。
「うちの工房には多くの人が来ていましたから、父の不在の時は私が代わりに対応することが多かったんです。私にはそれくらいしかできませんでしたから――」
昔を懐かしむように語るカンショウ。彼女はまだ父親を亡くして二月も経っていない。その間にどれほどの心境の変化が彼女にあったのか、リュウレイにはわからなかった。けれど、今こうしてカンショウが前に向かい少しでも進むことを選択したことはうれしく思えた。
「焦らずに、じっくりやっていけばいいさ。仕事は逃げないからな」
正確には逃げられない、のだが。それは自分だけで十分とカンショウの小さな背中を叩きながらリュウレイは笑う。励ましを受けたカンショウはまた瞳を潤ませながら、そっとリュウレイに寄り添った。
距離が近いな、少し照れながらリュウレイはあとでリュウフォンが様子を見に来るといっていたのを思い出す。それまでに厄介ごとは片付けておきたい。
通路の一番奥より一つ手前にある客間までやってきたリュウレイはカンショウを振り返り問いかける。
「さ、ここだ。昨日もこの部屋で寝たから覚えているだろ?」
「……眠かったのでよく覚えていませんでした。すみません」
恥ずかしさを誤魔化す様にお辞儀するカンショウ。そんなかわいい妹分の仕草に苦笑いしながらリュウレイは扉を開けた。
… … …
工房の客間は宿のないこの村に来る旅人や工房及び商人組合関係者、それに宴会で酔いつぶれた義姉などがよく利用する。リュウレイたちが入ったのは義姉が専用で使う一番奥の部屋の一つ手前だ。つまりリュウレイとリュウフォンが泊まったりすることもあるリュウ家の専用部屋であった。
建物の裏手に面するこの場所はあまり日当たりがよろしくない。それでも窓の外からは光が差し込んでくる。覗き込むような不届きものはいないだろうが、念のため窓に目隠し用の布をかけて、カンテラに呼びかけて明かりをともす。
「さ、準備できた。まず、布を切るはさみと採寸用のひもを出しとかないとな」
「お願いします、リュウレイ姐さん」
日中は掃除の女衆しか来ない客間に入ったリュウレイは近くの机に道具を置くと背後のカンショウに呼びかける。
「さあ、それじゃ早いところ採寸から始めようか。そこに立ってくれるか、カンショウ」
「あ、はい。わかりました」
カンショウはリュウレイやリュウフォンに比べれば背が低くて華奢だから、少し小さめに見積もらなければならないだろう。そんなことを考えながら、ひもを片手に振り返る。
その視線の先では、何のためらいもなく上着を脱ぐカンショウの姿があった。今朝方、風呂場で間近に見たカンショウの何の汚れも知らない純真な生まれ姿。それを思い出したリュウレイの動きが止まる。
「……お前、何やってんだ?」
「はい! だから、寸法が図りやすいように着ているもの全部脱ぎます。もう少し待っててくださいね。リュウレイ姐さん」
「いや、服の上からで十分だって!」
慌ててリュウレイが訂正すると、カンショウは首を横に振りながら微笑んだ。
「いえ、それでは私の気が済まないので脱ぎ終わるまで待っていてください」
有無を言わさぬその剛毅さにリュウレイは言葉を失うばかりだった。しばらくして、靴まで脱ぎ終えたカンショウは机の上に来ていた服を丁寧に折りたたみ、リュウレイのところに戻ってきた。
「では、どうぞ!」
「もう何も突っ込まないからな……」
カンショウの奔放さに呆れながら、手早く寸法を測り布地を切り取っていく。少し余裕を持って頼んでおいたこともあって、三着分はどうに賄えそうであった。
「さあ、ここからは私の腕も見せどころだな」
「拝見します!」
上着を羽織っただけのカンショウが隣で声を上げた。本人は完成までその格好で過ごすつもりらしい。こんなところをリュウフォンに見られたらどうなることやら。
そんなことを想いつつも、リュウレイの指先は止まらない。この数年間、自分が着る分を賄ってきたのは伊達ではないのだ。
「わあ、すごいですね……」
感心した様子のカンショウがその手つきに見入っていた。リュウレイが本格的に裁縫を習い始めたのはリュウシンとの旅の間であった。マクレベの父で職人商人のセグレべから様々な技法を習うとともに、基本を教えてくれたのは意外にも流浪の姫巫女であった義姉メイシャンであった。北の地に逃れ、貴族たちから冷遇を受けた義姉はある地方領主の一家に迎えられその地で数年過ごしたそうだ。姉妹同然に過ごした領主の娘から得意の刺繍を習い始めたのをきっかけにいろいろと針を扱うことが多かったのだとか。
「まあ、単なる手慰めじゃがな」
そういって、幼いリュウオウたちのために針を使う妹メイシャンに影響されて、今では姉姫アルスフェローもたしなんでいるという。一本の剣は人の命をたやすく奪う。しかし一本の針は人を寒さから守る衣服を縫う。同じ鉄からできた道具でありながら、あまりに違う道具の用途にリュウレイは皮肉さを感じずにはいられない。
しかし、鍛冶師とて商うもの。必要とされる道具を作り、人に提供するのがリュウレイたちの至上の使命というべきものだ。ただなるべくならば、人を豊かにする道具でありたいと思う。もっとも、今打ちたいものは独り立ちの儀に使う剣であって、矛盾も甚だしいのだが。
「さ、一着目が出来たぞ。ちょっと袖を通してみろ」
「はい、ありがとうございます! 早速試してみますね」
完成した最初の一着目、その上下の出来を確かめながらリュウレイが呼び掛ける。それを聞いたカンショウはうれしそうに上着を脱ぎ捨て、またその白くなめかましい姿を惜しげもなく晒してくれた。
「もう少し恥じらってくれよ、頼むから――」
じゃないと面白くないとは絶対に思っていないと心の中で誰かに言い訳する。最近こういう情けない癖がいつの間にか身についていた。
「わ――、すご――い。カンショウも大胆だね――」
「大胆すぎるだろ……」
耳元で聞こえた声に相槌を打ちながら、その聞き覚えのある声の主に思い至りそちらを見る。そこには新着の仕事服に袖を通すカンショウを見て、頬を赤く染めて興奮するリュウフォンがいた。
「……何でここにいるんだ? フォン」
「私初めから一緒にいたよ、気づかなかったの?」
「あのな……」
驚くリュウレイにリュウフォンが語るところには、マクレベから道具を受け取った時にちょうど戻ってきたらしい。その後リュウレイたちの背後から、周囲から視覚を封じる風を纏いそろそろと後をつけてきたのだという。
「だってリュウレイとカンショウを一緒にしたら危険じゃない!」
「お前、人のことなんだと思っているんだ?」
「……危険人物」
主に私にとって!そう付け加えてえへんと胸を張るリュウフォン。ゆさりと揺れるそれに目を奪われていると、そこに着終えたカンショウがやってきた。
「ほう、中々似合っているな! フォンもそう思うだろ?」
「うん、背丈もぴったりでよく似合っているよ! なんかかわいいし」
「そうですか? ありがとうございます!」
笑顔で喜ぶ二人を見て、リュウレイは親方たちにも見せてくるように言って送り出す。これ以上ここにいられたら、二着目を作るのに時間がかかるだけだ。なるべく早めに仕事場に戻り、リュウレイのやることを見せてやらねばならない。
「やれやれ、今日は村長様のところに行けるかな?」
若干呆れつつ、リュウレイは縫い終えた部分の糸を切ると思ったより世話の焼けるカンショウを思い浮かべ、笑顔を浮かべていた。




