鍛冶師リュウレイ(16)
村の工房の中、居並ぶ鍛冶師や職人たちの前で親方リコウが仕事の前の打ち合わせを皆に伝えていた。それが終わると今度はリュウレイの隣で緊張した面持ちの黒髪の少女、カンショウを呼び、皆に紹介した。
「今日からここで働くカンショウだ。当分の間はリュウレイに面倒を見てもらうことになる。カンショウ、皆に挨拶しろ」
一同の視線を意識してか、若干緊張した様子のカンショウは元気よく声を上げた。
「はい! 今日からお世話になるカンショウと申します。何もわからない未熟者ですが、一日も早く仕事を覚えて皆さんの力になりたいと思います。どうかよろしくお願いします!」
初々しい、そんな言葉がぴったりなカンショウはまだ実家から持ってきた普段着のままだ。先輩たちやリュウレイが身に着けている、動きやすい仕事着は持っていない。着替えやほつれなどを考えれば、最低でも三着は必要になるだろう。それらすべては村人が自前で用意している。
商人組合に頼んで用意することもできるが、それくらいのことは辺境に住まう女なら、針と布地があれば済む話なのだ。それよりもいかにも育ちがいいお嬢様といったカンショウの挨拶に、先輩の鍛冶師たちは苦笑いするばかりだ。
それもそのはず、鍛冶は男の仕事というのが古今東西の常識である。過酷な仕事に耐えるためには寝食を忘れてそれに打ち込む必要がある。二三日、見聞きしたくらいでどうにかなるくらいなら、この地に千年もの間村人たちが代々先祖から鍛冶の仕事を受け継ぐことなどなかっただろう。
習うより慣れろ、教わる先から盗み取れ。つまりは先輩や師匠の業を見聞きしながら独自の修練と研鑽を常に積み重ねていく必要がある。その点、リュウレイは偉大な義母のおかげで、村長や親方といった周囲の期待をよそに熟練した鍛冶師たちの教えに直接触れることが出来た。代々名工を輩出してきたリュウ家の名はそれだけに重い。
僅か五年で素人同然だったリュウレイが、ここまで成長できたのはそうした理由があった。その裏には血のにじむような努力を積み重ねたリュウレイ自身の成長も大きく関係している。
リュウメイとリュウレイ、ともに女の身でありながら他の鍛冶師たちに一目置かれる存在になるのは他人には及びもつかない経験に裏打ちされた実力があってそこだ。だからこそ、これから見習いとはいえ、カンショウにとってリュウレイの教えこそが重要となるのだ。
人間、一人より二人。いかなる逆境にあっても、共に支え合う人がいればこそ強くもなる。しかし、それが慣れ合いとなっては全てが台無しになる。
――私も今まで以上にしっかりしないとな!
あいさつを終えて隣に戻ってきたカンショウを見ながらリュウレイはそう思った。そんなリュウレイを見た親方は嫌な笑いを浮かべながら、リュウレイの肩を叩く。
「初めての後輩で緊張しているだろうが、安心しろ!一から十まで全部お前に任せるつもりはないぞ、真面目なカンショウまでお前や姐さんみたいになられちゃ困るからな!!」
「それは違いねえな、そうだろ!?みんな!」
「ワハハ、そりゃそうだ!」
親方や先輩たち、果ては職人たちまで大笑いする男たちを見たリュウレイは怒りで理性が吹き飛んだのを理解した。
「朝っぱらから私のことを笑いものにするとはいい度胸だよ、あんたら! まとめて畳んでやるから覚悟しな!!」
ブチ切れたリュウレイが腕まくりすると、男どもは驚くカンショウを盾に後ろに隠れた。
「おお、怖! いいか、カンショウ! 北の女はこれくらい、度胸がないと務まらないぞ!! そこもリュウレイにしっかり教えてもらえ、じゃあ後でな!!」
「え、あの皆さん、ちょっと!」
雲の子を散らすように奥の仕事場に走っていく先輩鍛冶師たちを見て、リュウレイはふんと鼻を鳴らす。さすがに、仕事始めのカンショウの目の前でこれ以上は深追いするわけにはいかないだろう。
それにこれは初日で緊張しがちな後輩への彼らなりの思いやりと気遣いなのである。ついでにカンショウをネタにすればリュウレイが強く出られないと見抜いたうえでの作戦である。男には拳で、同性には優しいリュウレイの悲しい性を利用した見事な策。
後でどう仕返ししたものか、頭の隅で考えつつとりあえず怒りを抑えたリュウレイはカンショウに声をかけた。
「……それじゃ、先に仕事着を仕立てるから客間の方に行こうか。午前中は親方から時間をもらってある。無駄にしないようにしなきゃな!」
「はい、よろしくお願いします! リュウレイ姐さん!!」
返事だけは威勢がいい、だがそれがどこまで長続きするものか。自分の苦い経験も含めてリュウレイは笑いを浮かべた。自分の意思で選んだ道だからこそ、得られたものがある。
カンショウにとってもそうであってほしい。
「それじゃ、売店のマクレベ兄さんのところに行って布と裁縫道具を借りてこよう。いくら使ってもほつれない丈夫な仕事着を作ってやるから期待しとけよ!」
「何から何までお世話になって、ありがとうございます」
再び深々とお辞儀するカンショウの頭をリュウレイは強く撫でてやる。それから、彼女の中にまだ遠慮と緊張があることを見抜き、そっと耳元でつぶやいた。
「誰にだって初めはある、ましてや私やカンショウはこの村の育ちじゃない。でも遠慮はするな、同じ鍛冶場で働く以上は身内も同然だ。それを忘れんなよ!」
「リュウレイ姐さん……、わかりました!」
皆も気持ちは同じだと付け加えて、リュウレイはカンショウの先に進む。その大きな背を見たカンショウは心の中で思う。この人に一生ついていこう、そしてこの村の人たちにいつか恩返しするのだ。それがカンショウの選んだ道。今は亡き父や仲間たちに心の中で呼びかける。
――私は大丈夫、だからみんなも見守っていてね。
リュウレイの後に続くカンショウの頬を一筋の涙が濡らす。のちに鍛冶の名門カン家中興の祖と呼ばれる少女の輝かしい第一歩はこうして記されたのである――。




