鍛冶師リュウレイ(14)
食堂に戻り、そろそろ宴会をお開きにしてもらおうかと考えていた時リュウレイに声をかけた人がいた。
「おや、もう姉姫様のところに行っちまったんだね、あの子。少し話してみたかったんだけどね」
そこにいたのは幼い息子リトクを背負ったリシンだった。
「リシン姐! あっちはもういいの?」
「村長のじいさまのこともあるし、そんなに騒いでいられないさ。旦那どもはそろそろ締め上げてやらないといけないしねえ……」
義母リュウメイを彷彿とさせる怖い笑みを浮かべたリシンは食堂の方を見つめている。ちょうど明日、村長の元を訪れるつもりのリュウレイは思い切って彼女に尋ねてみた。
「ねえ、リシン姐。村長様の様子はどう?」
「ん? ああ、熱は下がったし少し話すくらいなら問題はないだろうね。神官様も落ち着いてきたといっていたしね」
昨日、久方ぶりに村を訪れた若き神官の姿を思い出し、リュウレイもうなずく。彼は先代の神官である父親から地位を継承し、この近辺にある町や村から炎神への信仰を一身に集める存在でもある。旧王国の時代、医療に関する知識はほぼ神官位を持つ者たちが独占しており、リュウオウやリュウサンの出産に立ち会ったのも彼であったりする。
「そうか、なら新入りのカンショウの顔見世も兼ねて連れて行っても大丈夫かな?」
「それくらいなら、大丈夫だろう。けど、あまり無理はさせるんじゃないよ。あんたならわかっていると思うけどさ」
リュウレイの問いかけにリシンはそう答えた。
「わかってる、けどフォンの奴も心配しているからさ。少しでも元気づけられればいいなって思ったんだよ」
「気持ちはわかるけど、こればかりはね……」
実際にそばで日に日に衰えていく村長の姿を見ているリシンの方が辛そうに見える。それを見たリュウレイはなおのこと、自分の胸の内にあることを村長に聞かねばならないと思いった。
「ところで、カンショウのことなんだけど。私みたいに、リシン姐たちに稽古をつけてもらえないかと思っているんだけど頼めないかな?」
「あたしらにかい。村長のじいさまのこともあるし、あまり時間は取れないよ。それでもいいのかい?」
リシンやカリンといった元傭兵の女たちは小さい子供も抱えている。それでもリュウレイの稽古に付き合ってくれるのは体を鈍らせないためと日頃の憂さ晴らしのためだ。
傭兵とは当時、獣使いと戦っていた炎の民を統治していた貴族連盟から見た呼び名に過ぎない。彼らは自ら集まった人間たちを傭兵として雇い入れ、武具を与えて凶暴な原初の獣とそれを従えるラグナザレフ戦士団との戦いに向かわせていた。
目の前にいるリシンたちも途中で戦線を離れたとはいえ、獣使いをその手で討ち取った剛の者たち。戦場の経験ならリュウレイの及ぶところではないだろう。
仮に戦ともなれば、義母リュウメイが彼女たちに作り与えた武器を手に自ら先陣を切るくらいは朝飯前だ。もっともそうさせないためにリュウレイは自らを鍛えている。
一月前、カンショウたちに姫長の護衛と名乗ったのは伊達や酔狂ではない。義姉の眷属としての力を開放すれば、たとえ親方たちと言えども簡単にリュウレイには勝つことなど出来ないだろう。
それにこの赤の聖地においては、リュウレイにのみ許された特別な力もある。それもすべては姫長をはじめとする炎の王族を守るための物なのだ。
それだけにこの村に来た以上、カンショウにもそれなりの武芸を身につけさせてやりたいとリュウレイは考えていた。肝心な時に何もできない無力さはリュウレイ自身が一番よく理解しているのだから。
「私もなるべくカンショウに基礎は叩き込むつもりでいるけど、それだけじゃ足りないと思うんだ。だから……」
リュウレイが言うと、リシンは苦笑いを浮かべて頷いてくれた。
「カリンやショウヨウたちには私から伝えておくよ、むしろあの二人の方が乗り気になるかもしれないしね」
「カンショウの奴、途中で根を上げなきゃいいけど」
リュウレイもリシンに釣られて笑う。それを見たリシンはふと真顔に戻り、自分の歩いてきた、村の中央の方を振り返り呟いた。
「――まあ、村長のじいさまもあんたには会いたいようなことを言ってたからね。なるべく顔を出してお上げ。私に言えるのはそれだけさ」
「うん、私も村長様には恩返ししたい。それが今の私の気持ちなんだよ」
「ふふ、あんたも一端の口を利くようになったじゃないか! その意気でこれからも頑張りなよ、みんな期待しているんだからね」
リシンの言葉にリュウレイは照れ臭くなって思わず頭を掻いた。その時、話し声に目を覚ましたリトクが声を上げた。
「母ちゃん、僕眠いよ……」
「ああ、ごめんごめん! 今、父ちゃん迎えに行くところだから、もう少し辛抱するんだよ」
「うん、わかった……」
またすぐに眠ってしまったリトクを見たリシンは無言でリュウレイに頷く。リュウレイもそれに答え、二人は別れた。
「子供ってかわいいもんだよな……」
村にいる子供たち一人一人の顔を思い浮かべながら、自分やリュウフォンのこれからについて思いをはせる。いずれは誰かと所帯を持ち、母親になるだろうと思う。義母はこれからも自分の家族を持つつもりはないと断言する。その理由は自分やリュウシュンがいれば十分だからだと笑っていたのを思い出す。
「あたしはね、昔から自分より家族や仲間のこと、故郷のことを優先しちまうきらいがあるって父さんが言ってたんだよ。その通り、周りは手間のかかる連中ばかりだからね。だから、あたしは今のままで十分なんだ。その先のことはみんなリュウシュンやリュウレイ、メイシャンやリュウオウたちに任せてある。だから何の心配もないんだよ」
生まれたばかりの初孫、リュウキョウを抱きながら満足そうな笑顔でそういう義母はどんな心境だったのだろうか。その思いを無駄にしないためにも、鍛冶師として義母を越えなければならない。それは誓いというより、むしろリュウレイとしての存在意義そのものになっていたのだ。
「私は負けないよ、義母さん。例え義母さんが炎神に唯一認められた至高の鍛冶師だったとしても――」
かつて王都の大神殿奥深く、力の火の加護を受けし古の鍛冶場で王の剣を打ち上げた鍛冶師リュウメイ。その跡を継ぐ者は、リュウレイただ一人。
村長ゴウケイが言っていた困難な試練のその先を見つめ、リュウレイは思いを新たにしていた。
その時、先輩鍛冶師の一人が食堂の入り口から顔を出し、リュウレイに声をかけた。
「お――い、リュウレイ! 酒の肴が足りないから、何か作ってくれって姫長様がお待ちかねだぞ!!」
「まだ、食うつもりかよ、義姉さん!」
恐るべき姫長の食欲にリュウレイは思わず泣きたくなる。酒の弱いマクレベを連れた姉のリュウシュンはもう自宅に引き上げている。つまり、こき使われるのはリュウレイの役目ということだ。
「これも含めて姫長の護衛なんだからシャレにならんよな、全く……」
ため息をついていると、今度は義姉の怒声が飛んできた。
「これ、何をぐずぐずしておるか、リュウレイ! 皆も待ちかねておるぞ、早うせい!!」
「あ――、もうわかったよ! 食材費は義姉さん持ちだからな!」
「好きにせい、わらわに出来ぬ事なぞありはせぬ!」
「さすが、我らが姫長様! 剛毅でいらっしゃる!!」
そういってはやし立てるのは引退組のテイヘイたちだ。普段からいろいろ世話になっている分、あまり強く言えないこちらの立場を見抜いているから性質が悪い。
「相手にしてると疲れるだけだな、さっさと終わらせるか」
何を作ろうか考えながら、厨房に入っていくリュウレイのその脇で、寄り合い所から引き揚げてきた女たちが亭主を捕まえて、小言を言う姿がちらほら見えた。
ざまあみろと思いつつ、リュウレイの夜はまだ終わらなかったとさ――。




