鍛冶師リュウレイ(13)
少し遅れましたが、本日分の更新となります。
「何から何までお世話になってすみません……」
「いや、それは構わないけどな――」
工房前の広場、カンショウはまだ眠い眼を擦りながらリュウレイに頭を下げた。その向かいには銀髪の凛々しい一人の女性が立っている。彼女こそが姉姫アルスフェローの護衛士であり、今は南麓の町からこの鍛冶師の村の工房に女の身でありながら弟子入りしたカンショウの世話役でもあるルタ・ロイシスその人だった。かつては王家の傍流に数えられた一族の出ではあるが、炎神を奉る大神殿においては最下級の女官位しか持たなかった。
しかし、仮にアルスフェローが姫巫女となっていたならば、彼女は王の後宮と大神殿の催事を司る重要な女官長の地位についていただろう。どちらかと言えば庶民的な姫長や姉姫に比べれば、俗事に染まらぬ色を保つルタはどこか浮世離れした世界の存在のようにも思えた。
「初日から村の人たちに世話をかけるとは先が思いやられますね――」
昼間、一度あいさつに赴いたきり、中々姿を見せないカンショウを心配したルタが自分の意思で迎えに来たと聞いた時、リュウレイは一人頭を抱えたものだ。すでにリュウフォンは好きな果実酒を飲んで、子供たちと一緒に工房の客間で眠りについている。
義姉のメイシャンは宴会頭のリュウメイ不在の代理と称してまだ深酒を重ねている。宴会芸ではないが、ご機嫌な姫長の意思に反応して食堂の中を踊り狂う炎の精を見た村人たちはさらにはしゃいで、姫長と炎神の偉大さをたたえる歌を唱和し合い、そのうるさいがなり声は外にまで響いている。
今日は女たちも男たちの憂さ晴らしをさせるために、わざわざ村の寄り合い所の方で別の飲み会を開いているらしい。亭主たちばかりが騒いでいると鬱憤が溜まるのはどこの家でも同じことなのだろう。
「村に鉄が届いた祝いの宴と聞き、姫様もご参加されたいとおっしゃっていましたがついこの間、領主様主催の宴に出たばかりなので自重してもらいました。その娘は私が館の方まで案内します。リュウレイ、ご苦労でした。あなたはもう戻ってよろしいですよ。おやすみなさい」
「あ、はい。カンショウのこと、よろしくお願いします。明日、私とフォンが迎えに行きますので――」
いつもの威勢のよさはどこへやら、リュウレイは思わず頭を下げていた。もともと炎神の民はその並ぶもののない力を持って大陸に君臨していた。彼らの力そのものがこの大陸を支配する法であり、理であったのだ。たとえひ弱な民一人と言えど、炎の力を操る神の一族であれば、たとえ百人の人間がいても敵うことはない。それほど、両者の力は歴然としていた。それは王国が崩壊し、五年前に王都が滅び去るその時まで変わることはなかった。
「それでは、カンショウ。行きますよ」
「あ、はい! よろしくお願いします、ルタ様!」
突然声をかけられて、目が覚めたのかカンショウはビシッと直立の体勢から、深々とお辞儀をする。それを見たルタは深いため息をつきながら、周囲に赤い炎の精を呼び集める。
「私の後についてきなさい、いくら明りがあるとはいえ夜道が危険なことに変わりはありません。足元には十分注意するように」
「は、はい! わたりました、ルタ様!!」
暗い畦道を歩き出したルタに続き、カンショウも先に進む。
「リュウレイ姐さん、また明日! 今日はありがとうございました!!」
「うん、また明日な! 今日はゆっくり休めよ、カンショウ!!」
「はい、わかりました!」
笑顔でこちらに手を振るカンショウ、その後ろでは律義に彼女を待つルタの無表情な顔があった。
――この先が思いやられるな。
姉姫アルスフェローがついているから大丈夫だとは思うが、リュウレイの心配の種は尽きそうになかった。
明日はいつも通り5時前後に更新する予定です。




