鍛冶師リュウレイ(7)
それはまるで光の御柱のようでもあった。大陸中央を南北に分ける雄大なる高き峰々の北側、白の山嶺を立ち昇る巨大な光の洪水が染め上げていたのだ。天地を貫く光は大陸の各地から目撃され、それを見た人々は失われた神の怒り、もしくはこの世の終わりと恐れ戦いた。
「終わりだ、世界の終わりがやってきたんだ!」
「おお、神よ! 我らを、愚かなる我らをお許しください……!」
「偉大なる流帝よ、我らを守りたまえ!!」
地にひれ伏して、許しを請う多くの人間たち。そんな彼らを苦々しい表情で見るのは中原に勢力を伸ばす群雄たちであった。
「何が起こっているのだ? 滅び去った旧王国の民は力を失ったはずではなかったか?」
どちらにせよ、今下手に動けば何かの裁きが下るかもしれない。一度は失われた神への畏れが彼らの脳裏を埋め尽くし、やがて際限のない疑心暗鬼に陥っていく。
争いを続ける中原の群雄たちはそれ以降、動揺する民衆を抑えることに躍起となり、一時的に中原は静寂を取り戻すことになる。
しかし、彼らは知らない。この恐るべき事態を引き起こしたのがわずか4つの、数えで5つになる姫長メイシャンの娘、リュウサンであった事を。
この日の出来事はその後長く語り継がれ、北の地に住まう神に連なる一族への畏敬の念を人々の心に植え付けることになった――。
… … …
と壮大な語りから、鍛冶師の村のリュウ家に視点を戻すと白一色に染め上げられた強い光の中、リュウレイたちは多々呆然とその光景を見守るしかなかった。
「……なんだ、これ?」
「私にも何が何だか――」
かろうじて、近くにあるうっすらと人や物の輪郭がわかる程度。リュウレイは台の上にいるリュウサンの背中が見えるくらいであった。
「張り切りすぎて、すごいことになったのじゃ――! 消し方がわからないから誰か何とかしてほしいのじゃ―――――!!!!」
張本人のリュウサンもお困りの様子に、リュウレイは呆れながらも王家に連なる者の力の偉大さに頭を抱えるほかなかった。
「さすがリュウシン様と義姉さんの娘、だけはあるよな――」
「そうだね、そうとしか言いようがないよ――」
リュウレイたちは同時にため息をつくしかなかった。この前、森で子供たちと遊んでいた時、思わずリュウフォンが呟くのを耳にした。
「個人としての力なら、子供たちの方がメイシャンより強いかもしれない――」
その時は聞き流していたその言葉の意味がこの時ようやく理解できた。
それは5年前に遡る。王都を奪還して王となったリュウシンは姫巫女メイシャンと生まれたばかりのリュウオウを迎えた。その時、王都の大王宮、その奥深くに奉られた炎神の大神殿で王家の象徴たる炎神の加護の源に触れる機会があったのだという。
それこそが炎神の秘宝と呼ばれた力の火。
かつて、炎の始祖が始まりの地より持ち出して王都の地に置いたのが王国の始まりであったと義姉が子供たちに教えていたのを思い出す。力の火の祝福を受けたリュウオウ、そしてのちに村で生まれたリュウサン。
王家の後継者ともいうべき二人の力は特に強く、姉姫アルスフェローは二人のことを炎の御子と呼んでその成長を喜んでいた。二人こそが新たな王家の始まりとなるかのように――。
それはいいのだが、世界を包む膨大な光の渦は一向に消える気配を見せない。おそらくこの赤の聖地に満ちる炎の精の全てが今、リュウサンの意志に従っているためであろう。
「なあ、フォン。何とか炎の精を鎮められないか?」
「う――ん、多分私じゃ無理だと思うけど、ちょっとやってみるよ」
鈴のなるような音色の旋律、いつもとは違うその響きが周囲にこだまする。しかし変化はなく代わりに聞こえたのは妙に甲高く、そしてなめかましいリュウフォンの声だった。
「やんっ!」
「ど、どうした、フォン!?」
そばのリュウフォンを見ると両手で体を覆い隠している。何事かと思っていると小さな呟き声が聞こえた。
「炎の精に呼びかけたら、私の中の風の精まで活性化されちゃった……」
――つまりは……、いやダメだ。それ以上は想像できない!!
動揺するリュウレイをよそに気を取り直したリュウフォンは母屋の方に向かい、飛び去って行く。
「服まで燃やされちゃったよ――、しょうがないから私メイシャンを呼んでくる!」
「ああ、なるべく急いでくれ! けどなんか着て来いよ!!」
「わかった!」
白い輝きの中を縫うように飛ぶリュウフォンの輪郭がなぜかリュウレイの眼にだけははっきり見て取れた。ついでに言えば、その後姿が目に焼き付いたが……。
「そういえば、私も炎の眷属か――」
普段からある程度はリュウレイの意思に従い、周囲の炎の精もいうことを聞いてくれているのかもしれない。しかし、この状況ではさすがにリュウレイに出来ることはなさそうだった。
「大失敗なのじゃ――」
「今、フォンが義姉さんを呼びに行ったから、もう少し待っていような」
しまいには泣き声になったリュウサンをなだめながら、リュウレイはリュウフォンの帰りを待つしかなかった。
… … …
その頃、母屋に階の寝室では外の騒ぎに姫長メイシャンと息子リュウオウがようやく目覚めようとしていた。
「何事じゃ、朝から炎の精が騒いでおるな」
「きっとサンだよ、母上。炎の精が驚いてるみたい」
「ふむ、左様か。まだまだ未熟じゃのう」
リュウサンはまだ子供だから仕方ないと心の中でつぶやきながら、体を起こすメイシャン。母に頭を撫でられた息子リュウオウは、外から差し込む白い光を見ながら答えた。
「ねえ、母上。僕が行ってくるよ、きっとサンも一人で心細いだろうし」
それを聞いたメイシャンはしばし考えたのち、リュウオウの肩を叩き頷く。
「うむ、そなたも我が一族の血を引くもの。立派に務めを果たしてまいれ、その後は朝ご飯にするのじゃ!」
「うん、わかったよ。母上!」
リュウオウは勢いよく寝室を飛び出していく。その後姿に夫リュウシンの姿を重ねた姫長は立ち上がると窓の外に視線を向ける。
「サンもわらわの小さい頃にそっくりじゃな――」
心細さに震えているであろう愛娘を思い浮かべ、メイシャンは目を細めた。それから彼女は身支度を整えるために、衣服の入った戸棚に向かい歩きだす。
それから間もなくして世界は色を取り戻し、村は普段と変わりない光景を見せたのだった。




