鍛冶師リュウレイ(6)
リュウサンがリュウ家の母屋で一人いろいろと準備していたころ、リュウレイたちは朝食用の食材を農園で集めていた。義姉の加護の下、運営されるリュウ家の農園は規模もさることながら、そこから生産される食材の数々はどれも一級品であった。余った余剰品はいつも村の工房にある食堂に卸され消費されている。その際もちゃんと商人組合が購入しており、リュウ家の少なくない収入源の一つとなっている。しかしそれはふもとの町から購入するお肉やその他のこの村では手に入らない食材と相殺されているので、実入りはないに等しい。
炎の民の王族、それも当代の姫巫女が愛しい子供たち以外で最も情熱を傾けるもの。それが日々の食事であることは北の地に住まうものであればだれもが知っている厳格な事実であった。
「卵に野菜は集まったな、あとは義姉さんの備蓄している干し肉を使うか……」
すっかり重くなった籠の中身を確認しながら、リュウレイが呟いた。隣のリュウフォンはそうだね――と気楽に答えている。華麗に空を舞う彼女は力仕事や難しいことは手伝う気などさらさらない。
後は子供たちが飲むヤギの乳絞りなどもあるのだが、そうしたことにはとことん不器用なリュウフォンにやらせると全身絞りたての乳塗れになるのが常なので絶対やるなと、食材命の姫長から厳命されている。
「それはそれで悪くない――」
過去の悲劇を思い出しながら、リュウレイが頷いているとリュウフォンが少し距離を取ったので表情を改める。かくいうリュウレイも昔は乳絞りが苦手だった。セラだったころのリュウシュンの方が圧倒的に上手で、その手つきをまねしようとしてなかなかできなったのを覚えている。
ヤギたちも上手な人のことがわかるらしく、近づくと避けられていた時期があった。まあ、工房で働くようになってしばらくしてから、挑戦しなおしてみると嘘のように簡単に絞れるようになっていた。
要は自信がなくておっかなびっくりやっていたのが原因だったのだろうとリュウレイは当時を振り返る。
「何事も根気なんだよな――」
今抱えている工房の仕事や細工づくり、独り立ちの儀の準備など。そのどれもが自分一人でできるわけではないし、協力してくれる人や必要としてくれる人がいるから成り立つものだ。隣のリュウフォンが不思議そうにこちらを眺めるのに笑みを返しながら、一人頷く。
――家族や村の人、仲間がいてくれるから私は生きているんだな。
そこはかとない感謝の念が胸に込み上げてくるのを感じながらリュウレイは母屋へと歩き出す。
「さあ、それじゃそろそろ朝食づくりと行くか。今日はいろいろ作るから、フォンも期待しておけよ!」
「うん、期待してるね!!」
笑い合う二人の前方、リュウ家の玄関から一つの小さな人影が近づいてくる。あれはリュウサンだろう。こんな早くにどうしたんだろうとリュウレイは思わずリュウフォンの方を見た。いつもなら、リュウオウよりも起きるのが遅くて母メイシャンの手を煩わせているはずなのだが。
「リュウレ――イ、フォ――ン! お帰り――、お願いがあるのじゃ――!!」
「お願い?」
問い返すリュウレイたちに息を切らせたリュウサンは顔を輝かせて語る。それは子供らしいかわいいある願い事であった。
… … …
「それじゃ、寝ている義姉さんの代わりに農園で働く人たちに朝の挨拶をしたいのか」
幕間参照な状況にリュウレイは思わずリュウフォンの方を見た。それくらいなら朝食の準備の後に何とかなるだろう。リュウレイにも仕事があるから、いつもより早く集まってもらう必要があるが。そちらの方はリュウフォンが後で皆に知らせてくれることになった。
「それにしてもサンがあんなことを考えているなんてな、さすがは義姉さんの娘ってことなのかな?」
一人厨房で料理の仕込みを始めたリュウレイは思わず独り言ちた。リュウサンの相手はリュウフォンに任せてある。義姉のメイシャンはリュウレイが仕事に行くくらいにならないと目を覚ましてこないだろう。その時は料理を温めなおしてもらえばいい。
とりあえず、自分たちとリュウサンの分だけ作る算段を付けたリュウレイは忙しく動き始めた。
居間の方では、農園の人たちに連絡を終えたリュウフォンがはしゃぐリュウサンに振り回されている。
「ふふ、ついにサンが母上の代わりを務めるのじゃ――! 今からとっても楽しみなのじゃ――!!」
「じゃあ、ちゃんとおめかししてリュウ家の名に恥じないようにしないとだめだね。そうだ! リュウレイが作ってくれた髪飾りをつけてみようか」
「うん、サンもつけてみたいのじゃ! お願いなのじゃ――!」
忙しい仕事の合間に、普段お世話になっている村の女性たちにリュウレイは銀の髪飾りを贈っていた。その時、リュウフォンやメイシャンたちだけでなく、村の女の子たちにも、子供に似合うようなかわいらしい花をあしらった髪飾りを作っていたのだ。
それはすべてふもとの町に卸す図柄の試作品だったが、初めて装飾品を手にした子供たちの喜びようはこれ以上にないほどであった。
自分用の髪飾りをリュウフォンに手伝ってもらいながら、身に着けたリュウサンの姿は確かに元王族の血筋を母メイシャンから受け継いだ王家の姫君そのものであった。
「うんうん、とっても似合っているしきれいだよ! よかったね、サン」
「うん、これで準備万端なのじゃ――!!」
二人して義姉メイシャンの使う鏡を覗き込むリュウフォンとリュウサン。そんな二人の後ろから料理を作り終えたリュウレイが声をかけた。
「お――い、二人とも朝ご飯が出来たぞ!まずは腹ごしらえしないとな」
それを聞いたリュウサンは待ちかねたように笑顔を浮かべた。
「ご飯なのじゃ――!」
「朝から元気がいいな、さすが義姉さんの娘だよ」
リュウレイが思わず破顔すると、リュウフォンもそれに頷いた。
「そうだね、だってサンはお母さん大好きだもん。ね?」
「うん!」
子供らしく笑うリュウサンの頭を撫でてやりながら、リュウレイは言った。
「それじゃ、私たちだけ先にご飯にしようか。義姉さんたちはまだ起きてこないしな」
「さすがにまだ無理だよ、だってメイシャン結構お酒を飲んでたもの――」
二階への続く階段を見て、リュウサンを抱き上げたリュウフォンも首を振る。
「早くご飯を食べたいのじゃ――!」
「ハイハイ、わかったよ」
やや興奮気味なリュウサンを囲み、リュウ家のにぎやかな朝食が始まるのだった――。
… … …
「今日もいい天気だべな――」
「おお、絶好の収穫日和だッぺ!」
「仕事がはかどるとええの――」
眩しい朝日に照らされたリュウ家母屋の裏手に広がる農園前の広場、そこにリュウ家に仕えて働く農民たちの姿があった。彼らはいつもより早めの集合にも快く応じてくれた。
もっとも、義姉の挨拶前にはいつも道具の準備やらなにやらで早めに集まっているらしいが。いつものごとく、仕事前の話に花を咲かせる彼らの前に木でできた台が置かれていた。
大人の腰ほどの高さもあるそれはリュウサンに頼まれたリュウレイが即席で作った代物であった。
「皆から顔が見えないと意味がないのじゃ!」
「ハイハイ」
リュウレイが肩車を提案したが『それでは母上の代理失格なのじゃ!』と却下された。工房の倉庫にあったあまりの木材と板を合わせて、自分が乗っても大丈夫なくらいに頑丈に作らねばならないかったのでそれなりに手間はかかったが何とか間に合わせたリュウレイの行動力にリュウフォンが惜しみない拍手を送っていた。
「リュウレイ、お疲れ様! よく頑張りました!!」
「さすがにサンのお願いには逆らえないだろ――?」
褒められたリュウレイは視線をそらしながら、頭を掻いていた。義姉と同じで言い出したら聞かない性格のリュウサンは大きくなったら、どんな風になるのだろうか。きっと誇り高く傍若無人な性格になるに違いない。まあ、今はかわいいからいいのだが――。
「さあ、皆のもの――! 今日もはりきって仕事を頑張るのじゃ――!!」
台の上に飛び乗ったリュウサンは両手を上げて、大きな声を張り上げた。静かな森の上に響き渡る幼い子供の声に、農民たちはうんうんとうなずきながら応じている。義姉の時はあまり反応がないのは、なぜだろうか?
「おうおう、チビ姫様もご立派だべ!」
「もう姫長様の代わりが務まるとはさすがリュウ家の跡取り娘だっぺ!」
「今日は気合入れて頑張るべえ!!」
口々に台の上のリュウサンのことを褒める農民たちの顔にはいつも以上にやる気と活気に溢れている。それを見たリュウサンもどこか得意げであった。
「皆、子供大好きだからな――」
「特にリュウオウとリュウサンはかわいがっているからね、メイシャンが見たら怒るだろうけど」
リュウレイとリュウフォンがそんな話をしているその時、台の上のリュウサンが再び声を上げた。
「今日は母上に代わってサンがみんなを応援するのじゃ――!!」
先ほどより大きな幼い叫び声にその場にいた皆がリュウサンの方を見た。こだまする声を耳にしながら、リュウレイも思わず微笑む。
――まだはしゃいでるよ、元気だな。
リュウレイがそんなことを思った次の瞬間、リュウサンの背後から白い何かが生まれ世界の全てを染め上げる。
その時、世界はすべての色を失った――。




