鍛冶師リュウレイ(5)
その日、鍛冶師の村はうっそうとした朝靄に包まれていた。まだ薄暗い村の景色は幻想的でもある。
「う――ん、今日はよく寝たな……」
暗い部屋の中、隣に眠るリュウフォンの温もりを肌で感じながら、リュウレイは身を起こした。今日は義姉の代わりに久々に料理の腕を振るうことになっている。いつもより気合を入れて眠った分、朝の目覚めは清々しかった。
「灯れ――」
リュウレイの言葉とともにカンテラから赤い輝きが満ち溢れ、室内を照らしていく。それとともにリュウフォンも無言のまま寝床の中で大きく身じろぎして、重たい目蓋と格闘しているようだった。そんなあどけないリュウフォンの髪を撫でてやりながら、リュウレイは寝床の横に足を下ろし、背伸びをする。
「ああ――、今日はリュウオウたちや義姉さんの好きなものを作ってやらないとな。少しはりきってみるか……」
室内に満ちる赤の煌きに照らされた健康的なリュウレイの肢体は若々しい瑞々しさに溢れていた。女性らしい肉付きのリュウフォンや姫長達は別格だが、体を鍛えているリュウレイも年相応に成長した体付きをしている。それは実姉のリュウシュンも同じことだ。
リュウレイは立ち上がり、机の上に置かれた服に袖を通していく。昨日義姉が洗濯してくれたものだ、こうした細々としたことは普段から世話になり通し。だからこそ返せるときに恩返ししたくなるのだ。
「ふああ、私まだ眠い――」
ふわりと浮かび上がり、重い目蓋を擦るリュウフォンがリュウレイに近づいてきた。彼女をそっと抱き留めて、目覚めの抱擁を交わす。
「ほら、もう起きないと。今日は義姉さんたちのために早起きするって言ったろ?」
「うん、そうだったね。でも眠い――」
「なら今から一緒に冷たい水でも頭から浴びるか?風邪ひくかもしれないけど」
「――うん、目が覚めたからそれだけはやめて。お願い」
やると言ったら必ずやる、それがリュウメイから叩き込まれたリュウレイの鉄則の一つ。それを肌で知るリュウフォンの反応は機敏であった。
近くにあった白い布を適当に選び、風の力を利用して器用に身に纏っていく。その間もリュウフォンは欠伸を繰り返しながら、リュウレイの準備が整うのを待っていた。
「――よし、それじゃ行ってくるか。朝の風呂も今日は早めに切り上げないとな」
「それはちょっと残念だけどね――」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、昨日用意しておいた包みを持ち上げたリュウフォンが笑った。それを見たリュウレイは躊躇いなく朝靄の中を駆け出していく。
その後姿を見守りながら、リュウフォンもまた東の頂を目指し、旋律を奏でて風を纏う。あとには風の余韻だけが残されていた――。
… … …
リュウレイたちが共同浴場で朝のひと時を満喫している頃、村には朝日が差し込み村の家々で代われている鶏たちの鳴き声がこだましていた。
ここリュウ家でも母屋の近くにある農園の一角では多くの鶏たちが飼育され、日々卵を産み落としている。雄鶏たちの甲高い鳴き声は姫長一家の目覚めを知らせるものであったが、今日は少し違った。
昨日、思う存分お酒や料理を堪能した姫長メイシャンは子供たちとともにまだまどろみの中にいる。村で催し物があったり、ふもとの町の領主連合に呼ばれた翌日などは姫長の休日と決められている。要はたまに息抜きをしたくなるというわけだ。
元々優雅な暮らしを堪能するのが大好きな姫長メイシャンは今日一日くらいは子供たちとゆっくり過ごすつもりであった。
しかし、そんな母親の思惑とは別に明るくなった二階の寝室で目覚めたのはまだ4つの娘、リュウサンであった。
「おはようなのじゃ――……」
かわいい寝間着姿のリュウサンは乱れた髪を取り繕うことなく一人、起き上がり窓辺から差し込む日の光に目を細めていた。隣では熟睡する母メイシャンと兄のリュウオウの寝息がまだ聞こえている。
リュウサンは躊躇いなく起き上がると、窓から村の景色を眺めていた。
「ああ、今日もいい天気だ――」
とびっきりの笑顔を浮かべたリュウサンには密かに実行しようとしていることがあった。それは母メイシャンがおやすみする今日でなければできないのことなのだ。そうと決まれば、いつもはメイシャンに手伝ってもらっている朝の着替えも自分でやらなければならない。
何事も身だしなみが一番なのだ。村の大人たちからはチビ姫様と呼ばれることもあるリュウサンも特にリュウフォンやリュウシュンといったリュウ家の娘たちからいろいろと女の子としての気構えを教えられている。隣のリホウもそれに加わり、きれいになるための方法論に花を咲かせることも多い。
「今日はサンが主役なのじゃ!」
リュウレイたちが返ってくるのを待ちわびながら、リュウサンは笑顔で部屋を飛び出していった。
土日はお休みして、次回の更新は週明けになります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




