鍛冶師リュウレイ(3)
「ああ、いい湯だったな――。少し長湯しすぎたけど」
「そうだね――」
少し火照る顔を流れてくる風が気持ちいい。リュウレイの肩に抱き着いたリュウフォンも自慢の白い肌が今は赤く染まっている。あの後、二人でいろいろ話しているうちに時間が過ぎるのを忘れてしまったくらいだ。
日が沈んだ盆地は闇に包まれ、周囲の家々には明かりがともっている。リュウフォンの呼び集めた炎の精に照らされながら、いつもよりのんびりと村の畦道を歩いていく。
今日は義姉もほろ酔い気分で楽しているだろう、なぜならリュウレイの知る限り一番料理の上手い家宰、セグレべが来ているからだ。息子夫婦であるマクレベとリュウシュンも娘のリュウキョウを連れて、リュウ家に来ていることだろう。
リュウレイたちがいても楽しいだろうが、今は邪魔する気もないし逆に邪魔してほしくもなかった。
「今夜は何が食べられるかな?」
リュウフォンが楽しそうに言う。おそらくメイシャンや子供たちに次いで食いしん坊な彼女もまたセグレべの料理は大好きなのだ。
「そうだな、また西方の料理を食わせてくれるかもしれない。私もいろいろ習っているけど、まだまだ料理法はあるらしいからな。私も楽しみにしているんだよ」
リュウレイが言うとそうだねとリュウフォンが笑った。二人でいると時が過ぎるのを思わず忘れてしまうくらいだ。
いろんな意味でヤバいなとも思うが、今だけだとも思うし今は楽しむことにする。それにリュウ家の母屋はもう目の前だ。
玄関前にあったのは、リュウレイも納品の時によく利用するリュウ家所有の馬車。これはリュウレイが生まれ育った村から持ってきたものだ。リュウシンとの旅路で利用され、村にたどり着いてからは姫巫女メイシャンの足としていろいろ改造と修復を繰り返しながら今も現役で活躍している。
ちなみに二頭いる馬も同じであったりする。今は農園で働く農民たちに普段の世話は任せているが、この村に来たばかりのころはリュウレイとリュウシュンが面倒を見ていた。
ともに懐かしさを覚える存在だが、それでも時の流れには逆らえない。立ち止まり、馬車の方を眺めていると玄関の方から、元気な声が聞こえてきた。
「あ――、リュウレイたちやっと来たのじゃ――!もう待ちくたびれたのじゃ――!!」
「あらあら、女の子がそんなに大きな声を出すものじゃないわよ、サン。二人ともお帰りなさい、みんな待っているわよ」
大きな声で騒ぐリュウ家の長女リュウサンとあとから出てきたリュウシュンがリュウレイたちを出迎える。リュウレイたちは顔を見合わせた後、二人に遅れたことを詫びてから母屋に入る。それは楽しい食事の始まりでもあった。
… … …
「やあ、リュウレイさんにリュウフォンさんもお久しぶりですねぇ! ふもとの町にいるもんだからなかなかお会いできないのが残念ですよ!」
出来上がった料理を運びながら、背の低い小男セグレべが笑う。
「セグレべもお久しぶり! この前はありがとうね!!」
「いえいえ、女房もリュウフォンさんに喜んでもらえるなら、いつでも大歓迎だって言ってましたよ!これからもご贔屓にどうぞ!!」
女性用の小物も取り扱うセグレべの店でいろいろと購入することの多いリュウフォンがお礼を言っているのを聞いたリュウレイは深くため息をつかざるを得なかった。ここだけの話、リュウフォンも姫長メイシャンや村の女たちの影響を受けて、いろいろと美容のために影で努力しているらしい。
長く平和な時代が続いた旧王国の時代。長命の種族である炎神の民の女性たちは衰えることのない美貌に更なる磨きをかけるべく、その努力を怠らなかったと聞く。貪欲なまでに美を追求するのは女としての性なのか。すっかりそっちの色に染まったリュウフォンはリュウレイのために努力しているんだよ!とその豊かに実った胸を張っていた。
その分、誰の懐からその資金が出ていたのか言うまでもないだろう。今ではリュウサンや村の小さい女の子達にまで自分で仕入れた知識を伝授するくらいだからその熱の入りようには頭が下がる。
――まあ、その情熱の行きつく先を堪能しているのは私なんだが。
二人だけの時を思い出し、さらに深いため息をついた。英気を養うとかいう意味を改めてかみしめたからだ。けどため息が出るのはなぜだろう。
まあ、今は目の前の食事に専念しよう。腹が減るとろくな考えが浮かびはしない。それはもう真理と言っていい。体が疲れたら、思う存分食って寝る! これが一番の解決法なのだ。あれやこれやと思い悩むのはその後でいい。きっと迷いが無くなればいい考えの一つや二つ、簡単に浮かぶものなのだから。
「それでね、母上と領主様またケンカしてたんだよ」
リュウオウがそう言って笑うと、飲み干した盃を食台に叩き付けて姫長メイシャンが叫ぶ。
「あれはフェリナの奴がふざけたことを抜かすからじゃ! 全く忌々しい……!」
「母上、すごかったのじゃ――!」
義姉の怒りに呼応するがごとく赤い煌きが室内に渦を巻く。幼いリュウサンはそれを見て余計にはしゃいでいた。
「ああ、それにしても義姉さん達うらやましいな。豪華な食事を食べてきたんだし」
「でも、大勢の貴族を相手にするんだから、結構面倒くさいみたいだよ。毎回肩がこるってメイシャンも言ってたし」
姫長の方を見ながらリュウレイたちが呟き合う。義姉はどちらかと言えば堅苦しいことは嫌いだし、自由奔放気ままに過ごすのが好きな人だ。それ故にこの村での暮らしを満喫しているともいえる。
そんな彼女にとってはふもとの町での一日はやはり息苦しいことなのだろう。それでも二人の子供たちがいる分、ずいぶん気が楽なのは間違いあるまい。
「リュウオウたちも大きくなったら、義姉さんのことを助けてくれるだろう。それまでの辛抱だろうな」
「あの二人が大きくなった姿か。あんまり想像できないな」
今は小さな二人の兄妹である、リュウフォンはあまり先のことは考えないらしい。それがいいのか悪いのか、リュウレイにはわからなかったが今は目の前の仕事を一つずつ積み重ねていくだけだった。
その後、子供たちの相手をしつつ義姉やセグレべからふもとの町の近況を少しずつ聞き出したリュウレイは自分の作る細工物がそこそこの好評を得ていたことを知ることが出来た。
しかし、ある程度需要は落ち着いてきたと判断せざるを得ない。当分の間は、新しい図面を考案しつつ、親方たちの打ち上げる武器に使われる細工に専念した方がよさそうだ。
まだまだ、自分の納得のいく武器を打ち上げるのは先になりそうな予感がする。隣でリュウオウたちに囲まれて笑うリュウフォンを見ながらリュウレイはそっとため息をついた。




