鍛冶師リュウレイ(2)
北の地にその名を遺す名工として知られる鍛冶師の村長ゴウケイが体調を崩したのは半月ほど前に遡る。若かりし頃から、無鉄砲で知られた彼は今から50年ほど前村を出て単身大陸の東方へと足を延ばしそれから10年余りにわたり、かの地の伝わる古の技法を身に着け、北の地に新たな技術としてそれを伝えた。
そしてその地でともに修行に励んだ若者、のちのリュウゲンもまた鍛冶師の村に招いて他の谷や村にいる鍛冶師たちの隆興を目指した。
しかし、長きにわたる大陸の平穏が突然敗れた10年前。今が正念場と判断した村長は村人たちの先頭に立って、武器増産の指揮を執り獣使いと北の地の戦いを陰から支え続けた。
それらの努力が招いたものは大いなる悲劇であった。
戦場のことなど遠い世界のことと誰もが思い込んでいたある日、近隣の村々が突然襲撃を受け、多くの鍛冶師とその家族が獣使いの手に掛かり惨殺される事件が起こった。翼を持つ極珍しいその獣を操る戦士は残忍で執拗な性格の持ち主であった。
事態を重く見た村長は狼煙やかがり火などで昼夜通しての連絡を密に取り合うことを決めて、他の村の長達と襲撃者に供えた。
その決断もまた、大きな誤算を生む結果となる。
隣の谷で襲撃を知らせる明かりがともった。村の男たちを束ねるリュウメイは自ら率先して賊討伐に向かう。その時、村長は義兄弟の契りを交わした人物が村長を務める牧畜を営む中腹の村にいて、知らせがあり次第騎馬を操ることに長ける彼らの助力を仰ぐことになっていた。
村からの知らせで、多くの男たちを送り出した彼のもとに新たな知らせが届く。それは手薄になった自分たちの村が族に襲われたという悪夢のような一報であった。
明るくなり、村にたどり着いたリュウメイや男たちが見たものはただ一人の生き残りを除き皆殺しとなった家族の姿であったという。人の姿を留めるものはなく、村は破壊の限りを受けていた。
その日の夜、二人の男が姿を消した。一人は村長に次ぐ鍛冶の名工リュウゲン、もう一人は唯一の生存者であり、村長の孫ゴウエンの幼馴染でもあった少年リュウシン。
獣使いへの底知れぬ深い憎悪に捕らわれた父と子はその時から長い戦いの旅路へと歩み出していったのだ――。
… … …
「前に親方から聞いたことがあるんだけどさ、村長様の死んだお孫さんって義母さんのお祖父さんリュウエン様の名前をもらったんだってさ」
日頃の疲れを癒すべく、いつもより深く湯に浸かったリュウレイがポツリとつぶやく。そのすぐ横で彼女と同じ方を見つめるリュウフォンは無言でうなずいた。
普段なら話の途切れない楽しい時間のはずが、今日に限っては二人揃って何を話したらいいのかわかりかねていたのかもしれない。それはやはり二人の関心が体調を崩した村長に向いていたからだろう。
早くに両親を亡くしたたった一人の跡取りを村長は厳しく鍛え上げた。当然、強い独立心を受け継いだ孫と祖父の大げんかは激しいものであったという。いつしか村の名物にもなっていたそれは、名をもらった偉大な鍛冶師リュウエンをしのぐ男になってほしいという祖父の期待と愛情の裏返しでもあった。
若きゴウエンはその期待以上の才能を示し、独り立ちの儀まであともう少しであったという。リュウシンを含めた幼馴染たちの絆は強く、リュウシンには当時将来を誓い合った親方リコウの妹リヨウもいた。
幸せな未来を夢見ていた当時の村人たちはあるときすべてを一晩で失ってしまった。
それから八年近くの時が過ぎ、生き残った村人は新たな家族を迎え、外からは中原の人々も移住して村は以前に倍する人口と繁栄を迎えている。
リュウレイとリュウフォンがこの村で過ごした6年余りの間、村長は炎神の社の傍らに広がる静かな共同墓地の手入れをずっと一人で担ってきた。その中には皮肉にも若くしてなくなった自分の孫やその仲間たちの墓があったのだ。一人黙々と手入れに勤しんでいた村長の胸中にあったのはどんな思いであったのか――。
現在、その役目は姫長である義姉メイシャンが引き継いでいる。リュウレイやリュウフォンも手が空いた時は手伝うようにしているが、それでもメイシャンは自分の勝手だからと今でも人知れず、墓場に通っているらしい。
――会ってみたかったなと思う、当時を知る村人から聞く彼らの話は聞いていて飽きることがない。きっとリュウレイやリュウフォンがその中に加わっても彼らは変わることなく受け入れてくれたことだろう。
けどその時は私も今とは違う道を歩んでいるだろうな。隣に寄り添うリュウフォンをそっと抱き寄せる。いきなりのことにもリュウフォンは笑顔で答え、安心した面持ちで体をリュウレイに預けてくる。
「どうかしたの? やりきれないって顔してるよ」
「フォンには隠し事できないな、村長様のために私は何ができるのか。それを考えていたんだよ」
「それだけ?」
首をかしげるリュウフォンにそっと頷く。彼女はそれ以上何も言わず、リュウレイの背後に回り抱きしめてきた。
「村長のおじいちゃんはリュウレイや私のことを実の孫みたいにかわいがってくれているよね。でも、少し前にすごく寂しそうな顔をしているのを見たことがあるの。やっぱり死んだ人たちのことが懐かしいんだろうなって、思ってた」
「そうだな、だからこそ私の独り立ちの儀には余計に力が入るんだよ」
自然と言葉に力がこもる。本来なら、今現在の自分の持てるすべてをつぎ込んで売った最初の一本を納剣堂に収めるのが独り立ちの儀の意味だ。それこそが鍛冶師としての第一歩になるのだから。
リュウレイの場合もう三年くらい前に最初の一本は打ち上げているのだ。その剣は戒めとして自分の工房のよく見えるところにおいてある。
しかし、鍛冶師として独り立ちするからにはそれだけではだめだと思っていた。だからこそ納得のいく出来栄えを求めて、試打ちを繰り返しているのだ。
「ふふ、リュウレイらしいな。けど根を詰めすぎるのは悪い癖だよ? ほら、こんなに肩が凝ってる――」
「おいおい……」
リュウフォンは首に回していた手をほどき、リュウレイの肩をもみほぐしてくれる。その際押し当てたままの、柔らかい二つの胸の感触がたまらなく思える。我ながら何でこんなことを意識してしまうのか、よくわからなくなる。
恐らくそれが古の血筋を持つリュウフォンの力のなせる業なのだろうと考える。まあ、そうでなくてもリュウフォンはかわいいし、独占したくなるのだが。
「ああ、けど気持ちいいな。義姉さんの加護を受けていても、疲れは覚えるし万能というわけじゃない。少し立ち止まってよく考えてみるのも大事なのかもな」
「ふふ、リュウレイならきっとできるよ。細工用のお花のこと、アルスにも聞いておいてい上げるね。きっと喜んで協力してくれると思うよ」
「だといいな、姉姫様も喜んでくれたみたいだし」
一月ほど前、最初の納品を終えた後暇を見つけながら、リュウレイは改めて身近にいる女性たちのために髪飾りを作ることにした。基本は姉姫アルスフェローの協力で書き上げた花をあしらった図案を利用した。
特にアルスフェローや領主フェリナとその側近の女性たちにはなきフェリナの母フェレナスが好んだという青い花の髪飾りを用意して送ったら彼女たちはとても喜んでくれたのだ。
それから、ふもとの町にいる女性たちの間でリュウレイの作る髪飾りや装飾品のうわさが広まり、この一月あまりの間、休む間もなく作り続ける結果となった。
そのおかげか、ナルタセオの証文は三枚まで破り捨てることになった。まあ追加で二枚ほど商人組合を通して回ってきたのだが……。
三歩進んで二歩下がる。人生こんなものだろうか、泣きたくなる気持ちを抑えつつリュウ家の離れで、寝ているフォンの顔を眺めながらひたすら作業に没頭したのもいい思い出だ。
「……いつになったら、この借金地獄から抜け出せるのかな? 私」
「皆面白がっているだけだから、当分無理なのでは――?」
深刻になっているリュウレイに微笑むリュウフォンが唇を重ねる。二人だけの時は静かに流れていった――。




