鍛冶師リュウレイ(1)
カンショウたち南麓の民が鍛冶師の村を訪れてからひと月余りが過ぎた。その間、これと言って大きな変化はなかったものの、リュウレイが働く工房の忙しさはあまり変わりがなかった。仕事の合間を縫って、注文を受けた細工物を作る傍ら親方から分けてもらった鉄屑を使った試打ちはすでに6回にも及んでいる。
どれも以前に比べれば、そこそこの出来栄えだがリュウレイ自身はそれに満足することなく、暇さえあれば親方や村長のもとを訪れて自分に足りない部分を補うことに余念がなかった。
今日も、商人組合からの注文で剣を打つ親方の手伝いをしながら、そのやり方一部始終を見て目蓋に焼き付けようと必死だった。最近はこうした個人の注文が村の鍛冶師に回ってくることが多くなった。その分、普段の作業量を減らす必要が出ており、親方は商人組合に所属する職人たちの協力を得ながら、作業分担を決めているようだった。
他の職人たちでもできる仕事は彼らに任せ、代々武器を作ってきた鍛冶師たちはその技を競い合うかのように、武器を打ち上げていく。
当然、数が多くなれば一本一本に時間をかける余裕がなくなる。そこでリュウレイのような見習や引退した鍛冶師の手助けを受けて、柄ごしらえや鞘を作るなどの細かい作業を分担でこなし、仕上げていく。
完成した品物は商人組合を通じてふもとの町の会所を通じて売り出されていく。それらを見る度にいつか自分が作った武器を同じように送り出す。そんなことを夢見る日々が続いた。
体力には自信のあるリュウレイだが、日々の作業に加えて新たに自分で作った細工物を商人組合に直接卸すようになったこともあり、疲れを感じることも多くなっていた。
いやそれは体の疲れというよりもむしろ、以前よりリュウ家の家族や相棒のリュウフォンと過ごす時間が少なくなったことによる気疲れと言った方が正しいだろう。
朝の遠駆けと仕事帰りの風呂。それから義姉の手料理で過ごす朝晩の食事時。それくらいしか、気の休まる暇はなかったのだから。
… … …
「はあ、疲れたなあ……」
仕事帰り、工房の食堂でリュウシュンたちと話していたリュウフォンと合流したリュウレイは汗を流すべく、村の共同浴場に向かっていた。少し伸びた髪は仕事の邪魔にならないように後ろで束ねている。もともと短く切りそろえていることもあり、首筋より長くはないが、そのうちまたリュウフォンに切ってもらうつもりでいる。
「最近、忙しいみたいだね。リュウレイだけじゃなくて、他の人たちもお疲れ気味だったけど」
肩を回しながら歩くリュウレイの隣で、心配そうに笑う緑髪緑眼の歌姫、リュウフォンが言った。
「貧乏暇なしってな、昔のひとはよく言ったもんだよ」
多少自虐を込めて皮肉を言うリュウレイにリュウフォンは声なく笑うしかなかった。同年代の若者に比べれば、かなり稼いでいるリュウレイだが大酒飲みの義母リュウメイを筆頭に、大食漢にこれまた酒を飲む義姉のメイシャン、食堂でよくお菓子をつけてもらうリュウフォンなど自分以外の借金はかさむばかりだ。
リュウレイ以外の鍛冶師たちもかなり実入りはいいはずだが、皆それぞれに仕事の憂さは外で晴らしているらしく、村の女衆との諍いは今も絶えない様子だった。
「義姉さんたちはもう帰ってきたのかな?」
思い出したようにリュウレイがリュウフォンに尋ねる。姫長メイシャンとその子供たちは二月に一度、ふもとの町の議会で開かれる領主連合の会合に招かれていた。盟主であるふもとの町の領主フェリナと彼女の後見で当代の姫巫女メイシャンは他の領主たちと意見交換をして、それが終わると懇親会を兼ねた宴に参加するのが常だ。つまり、思う存分食べて飲んで帰ってくると――。
「うん、リュウレイの仕事が終わる少し前にセグレべが馬車で戻ってきたからもうリュウ家にいると思うよ。お土産たくさんもらってきたってリュウオウたちが喜んでいたから」
「そっか、ならまたしばらくはしのげそうだな。まさしく領主様々ってわけだ」
これなら明日の朝はリュウレイが朝食を作ることになりそうだ。今から何を作るか考えておいた方がよさそうだろう。いろいろと切羽詰まると家事に逃げたくなるのは元姫巫女の侍女の血が騒ぐからだ。
「あ、またリュウレイが作るつもりなんでしょ。顔にそう書いてあるもん」
事情を察したリュウフォンが笑うと、そりゃそうだとリュウレイもまた笑った。
「義姉さんにもたまには楽してもらわないとな。最近、いろいろ立て込んでいたし細工物は前もって用意しておいた図面をあらかた使い切ったから、そろそろ別の図柄を用意しないといけないんだよな。だから少し休みを取ろうと思っていたのさ」
「うん、それがいいよ。私もリュウレイと一緒にいたいもんね!」
「あ、コラ!」
いきなり飛びつくようにリュウレイの右腕に抱き着くリュウフォン。いつものとても柔らかい感触に思わず驚きながら、にぎやかな二人のやり取りが尽きることはなかった。
… … …
リュウレイたちが村の広場にやってきたとき、村長の家からリシンたちが出てきた。真顔でいろいろと話し込む彼女たちを見たリュウレイたちは村長のことかと思い至り、彼女たちの下へ向かう。
「……大分体力が落ちてるね」
「ああ、食事も以前の半分食べられればいい方だ。それでもつらいみたいだしね」
そういうカリンの手元には食べ残しの料理が乗った盆がある。
「リシン姐! 村長様の容態はどう?」
リュウレイが声をかけると、彼女たちは虚を突かれたようにこちらを見た。やはり気づいてはいなかったようだ。
「ああ、あんた達かい。村長のじいさまなら今休んでいるよ。やっぱり調子がよくないみたいでね。ふもとの町の神官様になるべく早く見てもらえるように頼んでいるところなんだよ」
「そうか……、私に手伝えることがあったら言ってよ。村長様にはいろいろ世話になっているから。恩返ししておきたいしね!」
「うん、私も!」
そういう二人を見た女たちはようやく顔を綻ばせる。しかし、リシンは二人の頭を撫でながら首を振った。
「リュウレイはまだやるべきことが残っているだろ?村長のじいさんが言ってたよ、リュウレイの独り立ちを見るまではまだまだ死ねないってね。あの人からしてみれば、あんたたちは目に入れても痛くないくらいなんだから、まずは自分のことを優先しな。いいね?」
「うん、わかったよ。ありがとう、リシン姐」
「私は風詠みの時以外はなるべく顔を出すね」
リュウレイたちの言葉を聞いたリシンは頷きながらも、二人を諭す。
「ああ、そうしておあげ。でもフォンだって、姫長様やリュウオウたちのこともあるだろ?村の子供たちもアンタに懐いているし、無理をする必要はないからね。これは私たち村の女たちの仕事だ。いざっていうときはみんなで助け合わなきゃならないからね」
リシンの言うことにリュウレイたちは顔を見合わせるとうなずくしかなかった。それを見たリシンたちは変わりの女性たちと入れ替わりに、自分たちの家に戻っていく。
リュウレイたちも共同浴場に向かいながら、小声でささやき合った。
「村長様の調子、思ったより良くないみたいだな」
「……うん、一昨日会った時もほとんど寝てるみたいだったしね」
先日はふもとの町から先代の大先生リュウゲンも見舞いに訪れていた。村を取り巻く季節が変わろうとしている――。
そんな予感に胸を打たれながら、リュウレイは共同浴場の戸を潜り抜けた。




