誓いの日(14)
大陸の中原に近いとある街の酒場、近くで小競り合いがあると聞きつけた腕に覚えのある男たちがたむろしている。酒を飲み、騒ぐ彼らの向こう。一番奥の席に、二人の女が向かい合っていた。
一人は厚手の外套を纏う褐色肌の行商人、そしてもう一人は並々ならぬ体躯を持った長身の女だ。互いに酒を酌み交わすナルタセオとリュウメイは久々に出先で出会ったこともあり、昔話や各地の情勢に話すことは山のようにあった。
「この町は相変わらず活気にあふれているな……。おかげでいい商売をさせてもらっている」
今日の取引も順調だったのか、リュウメイに酒を注ぐナルタセオの顔も心なしか綻んでいるようだった。それを聞いたリュウメイはうらやましいねと笑みを返す。
この町はかつての戦乱末期、滅びた王都から逃げのびた人々が築いた比較的新しい町だった。彼らは旧王国を滅ぼした獣使いの支配を受け、住民のいなくなった中原の地に辺境より移住させられた者たちがほとんどであった。
獣使いたちは旧王国の王都に蓄えられた財宝の数々を惜しげもなく使い、人間たちを支配していた。原初の種族たる彼らには税を取るという概念すらなく、必要な時に必要な物資が手に入ればいいという思考であった。そのため、中原に入った人間たちは大いに栄え、やがて王都に入った炎の王リュウシンは中原の全てを人間に与え、新たな国を作ることを宣言する。
その時のことを伝え聞いた人々は彼を新たなる王と崇め、奉った。旧王国の時代に唯一信仰された神に選ばれた王が皮肉にも今では新たな拠り所としてすべての人々の心に深く根付いていた。
「今度の争いは大きかったらしいな?」
返杯を受けたナルタセオが問う。多くの人が中原から来る武装集団の不意打ちに倒れたと聞いた。そこに近隣の人々をまとめ上げた目の前の女傑の加勢も加わり、闖入者どもは一人残らず撃退されたわけだ。
「まあね、あたしももう少し早く手助けできればよかったんだが、最近はあちこちで火の手が上がっている。話はそう簡単に済みそうにないのさ」
「商売先が無くなるのは困りものだがな……」
この町の西方にあった、侵入者の魔の手は青の山嶺の近辺にまで及びその地で鍛冶を生業としていた人々を連れ去るなどの乱行を働いたと聞く。リュウメイの助言を受けたその街の生き残りがどんな決断を下したのか、今は知る術もなかった。
「いつまでこんな時代が続くんだろうな――」
ナルタセオがため息交じりに呟くとリュウメイが底意地悪い笑みを浮かべて、皮肉った。
「そんなもん、行きつくところまで行かなきゃ収まるもんじゃないさ。これも世話の焼けるうちの弟の後始末みたいなもんだけどねえ」
「リュウシン――」
かつてともに戦い、苦楽を同じくした男の面影をナルタセオは脳裏に思い描いていた。この世界でただ一人、彼女の心をとらえて離さない男なのだから。
「そういえば、あんたこの前うちの村に行ったんだってね。みんなに変わりはなかったかい?」
つまみの料理を口に運びながら、リュウメイが尋ねた。いきなり問いかけられたナルタセオは顔を真っ赤にする。リュウシンのことを考えていたら次に思い浮かんだのはリュウレイのことだったからだ。
「い、いや、みんな元気だったぞ……? 特にリュウレイやリュウフォンはいつも通りだったが」
「何、真っ赤になっているんだい? さてはうちのリュウレイ辺りが何かしでかしたかい?全くしょうがない子だねえ」
義娘のこととなると途端に機嫌がよくなるリュウメイ。こんなところはさすがに義娘には見せられないと普段口癖のように言っている。その後、村での顛末を酒の肴代わりに語ることになったナルタセオは話し終えた後、照れ隠しに度の強い酒を一思いに飲み干していた。
「――まさかアンタがリュウレイに不覚を取るとはねえ。少しはあの子も成長しているってことかね。まあ今度戻ったら灸を据えとくから、それで勘弁しとくれ」
「いや、それには及ばない。リュウメイに貸した金を全部リュウレイに払わせる約束をしたからな。それで貸し借りなしにした。それに滞在中はリュウシュンにいろいろ世話になった。あの子には迷惑を掛け通しだな――」
まだおとなげないリュウレイと違い、小さい子供を育てながら村の女たちに交じって食堂や店を切り盛りするリュウシュンにはいろいろ共感するところもある。村にいる間、時間が空いた時などはよく二人で話をすることもある。
落ち着きのないリュウレイに比べれば、リュウシュンへの信頼の方がずっと勝っている。
「まあ、リュウシュンは世話好きだからね、あの子がいてくれるからあたしはこうして村を開けていられるんだよ。なんだかんだと言ってメイシャンもまだまだ支えは必要だしね」
「今度のことが片付いたら、どうするつもりなんだ?」
半ば探るような口調でナルタセオが問う。中原の動乱はまだ収まる気配はない。しかし、今度のことはいつもの小競り合いとはわけが違う気がしてならない。それが各地を見てきたナルタセオの直感だった。
「そうさね、一度村に腰を据えて他の連中ともよく話し合った方がよさそうだ。あたしら鍛冶師は武器を打ってなんぼのものさ。南の鉄も確保する目途がついたし、久々にリコウたちに活を入れといたほうがいいだろうしね」
今すぐというわけにはいかないだろう。しかし、リュウメイは村に戻ることを決めたようだった。その言葉にそこはかとない安堵を覚えたナルタセオは笑顔を浮かべる。
「そうか、きっと鍛冶師の村の人たちもそれを喜ぶはずだ。私も今抱えている取引がひと段落したらまた行くつもりでいる。よろしく伝えておいてくれ」
「ああ、そうしておくれよ。その時はまた歓迎するからね」
「楽しみにしている」
それからいくつかの情報交換を終えて、ナルタセオはリュウメイと別れた。一人残されたリュウメイは後からやってきたこの町の実力者たちと話を交わしながら懐かしい故郷とそこに残してきた家族のことを思い起こす。
あの日、幼い少女の一言が無気力に陥っていたこの女傑の心に再び火を灯した。それから誓ったのは自分の愛した故郷や家族を守り、次の世代のために自分ができることを最大限努力するということだった。
死んだ祖父リュウエンや母リュウショウがよく幼いリュウメイに言い聞かせたものだ。
この世界で無駄なものなど何一つない、今は意味はなくともいずれ誰かのためになることもある。すべては一つ、お前は自分の愛する人々のために生きてゆきなさいと――。
――母さん、爺ちゃん。今のあたしは幸せだよ。だからいつまでも見守っていておくれ、あたしの大事な家族を。
酒場の中に響く人々の楽しげな声に耳を傾けながら、リュウメイは独り言ちた。その表情はどこか満足気であった――。
誓いの日はこれで終了となります。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
最終話、鍛冶師リュウレイは週明けくらいから公開できるように頑張ります。




