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リュウレイの誓い  作者: ミニトマト
リュウレイの誓い~後編~
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誓いの日(13)

「ほら、着いた!」


「きゃあっ!」


 リュウフォンの声とともに固い地面の上に着地したカンショウの短い悲鳴が響く。緑色の髪と瞳を持つその少女はカンショウより少し年上であろう。もっとも女性らしく魅力的な体つきを薄い布地だけで隠しているのだから、同じ女同士でも先ほどは多少目のやり場に困ったほどだ。


「リュウレイ、お腹空かせているかな?」


 リュウフォンが洞窟の中に入ろうとしたその時、カンショウが呟いた。


「ねえ、リュウフォン。あなた、さっきから気になっていたんだけど……。あなた獣使いの仲間なの?」


「えっ?」


 突然のことにリュウフォンは驚いたように振り返った。そして、こちらの返答を待つカンショウの視線に気が付き、ため息をついた。


「まだ私が小さい頃、大陸全土を治めていた炎神の民が滅び去った。それから間もなくして中原は獣使いの戦士団ラグナザレフが支配していたのは知っているわね?その時、巡回で街に立ち寄った戦士たちが話しているのを聞いたことがあるのよ、王都を滅ぼした終の歌姫の話を……」


 終の歌姫――、この前亡くなったリュウフォンことエルカオネの従姉妹シレルレオネ。悲運に翻弄された同族のことを想い起し、リュウフォンの顔に悲しみが浮かんだ。


 この世界とは異なる、すべての世界の源と呼ばれる根源の世界が存在する。荒々しい母なる原初の世界に生きる民や生物は、この地とは比べ物にならない程激変する厳しい自然環境に生きている。それゆえに圧倒的な生命力に満ち溢れる彼らは強固な肉体を持ち、荒ぶる凶暴性を武器に他の存在を蹂躙する性を持っていた。


 それ故に、彼らの攻撃の的となった北の地の人々は想像を絶する過酷な状況での戦いを余儀なくされていたのだ。


「狂える風と荒ぶる獣を従えし終の歌姫はその力を持って大陸全土を蹂躙した。そして王都の民を食らい尽くし、炎神の加護を受けた王家は滅び去った――」


「もうやめて!」


 耳を塞いだリュウフォンの叫びが木霊する。それはリュウフォンが記憶の奥底に封じていた忌まわしい過去。リュウ家に迎えられた時に捨て去ったことでもあった。


「嫌なことをきいてごめんなさい。けれど、どうしても気になっていたから……」


 うつむいて謝罪するカンショウに落ち着きを取り戻したリュウフォンは首を横に振った。


「ううん、私の方こそ取り乱してごめん。それに獣使いたちと私の一族は同じ風神を祖とする風の民の末裔。正確に言えば少し違うんだけどね」


「そうなんだ、けど驚いた。獣使いと言えば、普通の人の倍くらいに筋骨隆々の体躯をしていたから。あなたは私たちとあまり変わらないのにね」


 背の低いカンショウから見れば、リュウフォンもそれなりに背は高いがそれでも女性としてであり、他の男たちに比べれば背は低いだろう。


「何も知らない人から見れば同じに見えるかもしれない。でもこれだけは信じて、私は今まで一度も人を手に掛けたりしたことはない。私たち風守りの一族にとって、獣は神より賜りし愛し子。それを殺戮の道具とする獣使いはある意味、相容れない存在だったから……」


「うん、それは見ていればわかる。リュウフォンはとてもそんなことできそうにないものね」


 ようやく笑顔を浮かべたカンショウに釣られて、リュウフォンも安堵の表情を浮かべた。


「それじゃ、そろそろ行こうか。もう私たちが来たことはリュウレイも察しているはずだし」


「うん、それじゃ行きましょうか……」


 急にカンショウの顔が強張った。彼女にとってはむしろそちらの方が本題らしい。リュウフォンへの質問は単なる好奇心といったところなのだろう


 ――だといいけど。


 カンショウに先立ち、洞窟へと進むリュウフォン。その周囲に集う赤の煌きが暗い洞窟内をほのかに照らし出していた――。



 … … …



 細かく金属を叩く音が響いている。洞窟の先に向かうほど赤い輝きは強まり、その中心に目指すリュウレイの姿があった。木槌と細い鉄の棒を持って作業する彼女はこちらに背を向けており、その表情をうかがい知ることは出来そうにない。


 リュウフォンは振り返ると無言でカンショウを促し、鉄の柵に遮られた場所まで近づいて声をかけた。


「リュウレイ、お疲れ様! 夕飯を持ってきたよ!!」


 少し大きめなリュウフォンの声に顔を上げたリュウレイは驚いた様子だった。


「ああ、今度はフォンが来てくれたのか。昼めし食ってからずっと集中していたからな。腹減ったのも忘れるところだったよ。ありがとうな」


「それと……リュウレイにお客さん連れてきたよ?」


「お客? こんなところにか」


 怪訝そうなリュウレイがリュウフォンの後ろに視線を向けると居心地悪そうなカンショウを見つけて声を上げた。


「お前、確か昼間の! なんでここに!?」


「そのことだけど、リュウレイ私に何か言うことはない?」


「い、いやあれはつい悪乗りしただけで……」


 怖いリュウフォンの問いかけにしどろもどろなリュウレイ。二人のやり取りを見ていたカンショウはなかなか口を開けずにいた。そんな彼女にお構いなくリュウフォンは鉄格子沿いにリュウレイを手招きする。


 食事を受け取るためにも、そちらに近づかなけらばならないリュウレイは恐る恐る歩いていく。


「はい、これリュウシュンから預かった今日の夕食。それとこれは私から……!」


「痛ででで!」


 荷物を受け取るリュウレイの頬を思いっきりつねりながら、リュウフォンはカンショウの方を振り返った。


「お仕置きしておいたから、これくらいで勘弁してあげてね?」


 その迫力にカンショウは無言でうなずくしかなかった。


「あ――、まだ痛い……」


「何か言った?」


「……何でもない」


 口の中の痛みに耐えながら、それでも夕飯を頬張るリュウレイ。結局その間、カンショウはリュウレイに話しかけることが出来ず、一人悶々としていた。


「さてと――」


 一通りの食事が終わり、仕事の戻るべく立ち上がったリュウレイだが、その視線はカンショウに向けられていた。


「仕事に戻る前に、謝っておかないとな。昼間は悪かったよ、リュウシン様のことでついカッとなっちまった。フォンが心の中で止めてくれていなければ、思わずカンショウのこと殺してたかもしれない――」


 その本音を聞いたカンショウはびくりと体を震わせる。思い当たることがあったのだろう。


「私もあなたに謝りたくて来たのよ、あの時は私たち南麓の民の苦労を何も知らないあなたにいろいろと言われて、少しでも見返してやりたい気持ちの方が強かった。それに――」


「それに?」


 言い淀むカンショウにリュウフォンと顔を見合わせる。どちらかと言えば、あんな目に遭ったカンショウの方がリュウレイに謝罪を求める場面だと思うのだが。


「私たちの町を救ってくれたリュウメイ様の義娘であるあなたのことがうらやましかった。私の父や町の男たちは侵入者に立ち向かって殺されてしまった。連れ去られた者たちも多くいるわ。けど、それでもリュウメイ様の手助けがなければ私たちの町は跡形もなく焼き払われて滅びていたでしょう。それに炎神の姫巫女様のことを教えてくださったのもリュウメイ様。神の加護に縋るためにここまでやってきたのは私たちが勝手にしたことだけど――」


 胸の前で両手をぎゅっと結んだカンショウの告白にリュウレイは聞き入っていた。力なき民の悲哀はリュウレイもいやというほど理解している。西方の荒野にあった故郷の村は獣使いによって滅ぼされたのだから――。


 それにカンショウたちのような弱者を手助けする義母リュウメイの偉大さを改めて感じずにはいられなかった。


「義母さんがそうまでして、南の民や中原に関わろうとするのは私たちのためなんだろうな――」


 義母は身内と認めたもののためには全力を尽くす、たとえそれが無駄な結果に終わろうとも努力することに意味があるのだと常にリュウレイには言い聞かせていた。そこにどれほどの思いが込められていたのか、いまだにリュウレイはすべてを理解するには至っていない。


 けれど、あの大きな背中を目指すと決めたその時から、リュウレイは誓っていたのだ。


 ――私は私のやり方で義母さんを越えてみせる。それが私の誓いの原点なのだと。


「リュウレイ……」


 心配そうなリュウフォンの声が耳元に聞こえる。見れば、リュウフォンも思いは同じなのだと分かった。ともにリュウ家の一族となった時から、北の地や村人、そして何より最愛の家族を守るために頑張ろうと誓い合ったのだから。


「あなたたちがうらやましい」


 カンショウが呟いた。


「私も同じ鍛冶師の家に生まれて、一度はその道を志したこともあった。けど女に何ができるといわれて、結局父を支えることしかできなかった。最後には何もかも失ってしまったけれど、それでも私は父の愛したあの街を復興させたいと思う――」


「出来るさ、あきらめない限り。時間はかかっても、必ず」


 リュウレイの言葉にカンショウは静かに頷いた。リュウフォンもそんな二人を温かく見守っている。


「そうね、ありがとうリュウレイ。私もここで誓うわ、必ず仲間や町を守り抜いてい見せると――」


「カンショウならできるさ、私も義母さんに頼んでできることは協力するからさ」


「私もね、一緒に頑張ろうね。カンショウ」


 リュウフォンの言葉に勇気づけられたカンショウは静かに泣きだした。その肩を抱いてやりながら、リュウフォンはリュウレイに頷く。


「さて、私もそろそろ仕事に戻るかな」


 背伸びをしながら、仕事道具のある方へ振り向いたリュウレイの背に向けて、リュウフォンが声をかける。


「あ、そうだ! 言い忘れてたんだけど、明日までに細工物をまとまった数卸してほしいってリュウシュンが言ってたよ。だから頑張ってね、リュウレイ」


「……そんな話、初めて聞いたんだが?」


 ぎこちなく振り返ったリュウレイにリュウフォンが笑顔で答える。


「ああ、だから借金返済を急いでっていうお話。ちなみにリュウレイがいなくてリュウオウたちが寂しがっていたから、私が工房のお店でお菓子買い占めた分も入っているからよろしくね」


「それ、私の借金じゃないだろ!」


 声を荒げるリュウレイに背を向けて、リュウフォンはカンショウを促し別れを告げる。


「それじゃ、お仕事頑張ってね。私たちはもう戻るから」


「おい、フォン!」


「じゃあね――」


 去っていく二人を見ながら、リュウレイは肩を落とす。今夜は徹夜しかないだろう。本当なら、義姉やリュウフォン、この村の女たちのためにいろいろと髪飾りを作るつもりだったのだが。


 普段の行いがこんなところで帰ってくるとは思いもよらぬリュウレイであった――。



 … … …



 星空に照らされた岩窟の外に出たリュウフォンがカンショウに声をかける。


「それじゃあ、二人で村のお風呂に行こうか。カンショウもさっぱりしたいでしょ?」


「え、でも余り外は出歩くなって言われているんだけど――」


 カンショウたち南麓の民は姫長の好意により、村の寄り合い所に今夜は宿泊することを許されていた。しかし、村人を考慮して外は出歩くことを許されてはいない。


「大丈夫だよ、私がついていれば。私やリュウレイにかなう男の人なんていないもの――」


「そ、そうなの? 凄いね――」


 平然と言い切るリュウフォンに少し怖いものを感じながら、行きと同じように彼女に手を引かれて、共同浴場の前に降り立つカンショウ。


 その後、リュウフォンと一緒にお風呂に入った彼女が見たものは、自分では手の届かない神の奇跡ともいうべき、二つの巨峰であったという――。


 翌日、鍛冶師の村を経つカンショウの見送りに来たリュウフォンとこれまた徹夜明けで眠い眼を擦るリュウレイ。どういう心境の変化か、カンショウはリュウ家の義姉妹を姐さんと呼んで尊敬するようになっていたとか。


「私が知らない間に何があったんだ?」


「さあ、なんだろうね――? うふふ」


 何とか無事に納品を済ませたリュウレイの問いにリュウフォンは笑って答えたのだった。


 二人の頭上にはこれ以上にない青空が広がる。それはまるで新しい何かの始まりを告げているかのようでもあった――。


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