誓いの日(12)
これまで公開した部分で、行間や段落前の字下げなどの変更を実施しました。
少しでも見やすくなっていれば、幸いです。
騒がしかった一日が終わり、山々の稜線が赤く染まる。大きな夕日が山並みの向こうに沈みかけた頃、リュウ家を抜け出したリュウフォンは約束を果たすべく工房へと向かい飛んでいた。
白い布を纏い流れるように空を舞うリュウフォンは嫌でも人目につく。それを避けるために、自分を囲む風に影響を及ぼすことで人の視覚から認識されることを防ぐ力を使っている。要は自分の周りに景色に溶け込む鏡を纏っているようなものだった。
「リュウレイ、大丈夫かな?」
お昼過ぎに食事を持って様子を見に行ったリュウシュンは真面目に作業をこなしていたといっていた。その時の寂しげに笑う彼女の方がリュウフォンにとっては心配の種だった。
気が短いリュウレイだが、その反面一度作業に没頭すれば時間が立つのを忘れるほど集中してしまう。
この五年、何度も鍛冶に打ち込むリュウレイの背中を見守ってきたリュウフォンである。それくらいのことはお見通しであった。
「リュウシュン! リュウレイのご飯準備できてる?」
いつも通り、売店の入り口から中になったリュウフォンが声をかけると、店じまいをしていたリュウフォンの旦那、マクレベが顔を出して出迎えた。御年八十歳、外見は二十歳くらいの少し頼りがいのない青年だが、リュウフォンとはとても仲がいい。父親が人間との混血なので、それほど強い力は持たないが彼も歴としたメイシャンと同じ炎神の民でもある。
「ああ、いらっしゃい、リュウフォン。シュンなら向こうにいるよ」
青年はそういって、食堂の方を指さした。いつもこの時間は食堂の片づけを兼ねて、リュウシュンは家族の食事を作っている。本当なら、リュウ家でみんなと食卓を囲みたいだろうが、まだまだ新婚気分の抜けない彼女たち家族の邪魔をする者はいなかった。
「わかった、ありがとうね! マクレベ!!」
そういって、リュウフォンが食堂に行くとちょうど中から、娘のリュウキョウを背負ったリュウシュンが顔を出した。
「あら、時間通りだったわね。これ、リュウレイの好きなものばかりだから持って行ってあげて。あと、無理しすぎないように言っておいてね」
「うん、わかった。リュウレイが迷惑かけてごめんね。私からも謝るよ」
リュウフォンがそう言うと、リュウシュンは苦笑いを浮かべた。
「それなら、お菓子の代金早めにお願いね。うちも商売なんだから……」
「あ――、それはごめんなさい……」
痛いところを突かれてしまった。実際、リュウフォンがこの村でできる仕事と言ったら、特にないのが現状だ。料理はやったことがないし、手伝うと意外と不器用で刃物は持つなとリュウレイとメイシャンから厳命されている。
子供の相手は得意だが、リュウフォンがだれか一人をかわいがるとみんなが焼きもちを焼いてしまうので、結局みんなと遊ぶ羽目になり、疲れてしまう。
ナルタセオの手伝いのような細かい仕事はさすがに経験のない部外者に任せようというもの好きは誰もいない。つまり、現状維持が一番いいと自分にとって非常に都合のいい解釈をしているのだった。
強いて挙げれば、リュウレイのお目付け役とこの前初めてやった、借金の取り立てくらいのものか。リュウレイの悲痛な顔を見ると流石に良心がとがめてしまう。あまりやりたくはないのだが、背に腹は代えられない。
「ああ、そういえばリュウレイ今銀細工をしているみたいなのよね。女の人が使えるような装飾品を仕上げるとか言っていたわ。今夜中にある程度まとまった数を作ってくれるなら、少し多めに見てあげてもいいんだけど……」
どこからか取り出した帳簿をぺらぺらとめくりながら、ちらりとこちらを見る。
「はい、任務了解しました!」
「じゃあ、お願いね。フォン」
笑顔で食事の入った布包みをこちらに渡すリュウシュンを見て、彼女の怖さを改めて認識したリュウフォン。やはり、リュウレイを犠牲にするしか生き延びる道はなさそうだ。
――ごめんね、レイ。不甲斐ない私を許してね――。
心の中で許しを請いながら、リュウフォンは食堂を後にする。
「やれやれ、いくつになっても世話が焼ける二人ね――」
「うれしそうだな、シュン」
笑顔でリュウフォンを見送るリュウシュンにマクレベが笑いかける。
「ええ、そうね。それじゃ、私たちもそろそろご飯にしましょうか?あなた」
「ああ、こっちも片付いたから、ゆっくりしよう。あとで父さんが遊んであげるぞ、キョウ」
リュウシュンの背で眠るリュウキョウはまだあどけない寝顔を見せていた――。
… … …
先ほどより薄暗くなった村の空を赤い輝きに包まれたリュウフォンが飛んでいく。姫長メイシャンの眷属で、その加護を受けるリュウフォンもまたある程度なら炎の精を操ることが出来る。それゆえ、暗くなると時々こうして明り代わりに炎の精を利用しているのだ。
「少し遅くなったから、急がないと――」
風を従えるリュウフォンにならば、村を見下ろす高台の岩窟までは一飛びで行ける。村の中央、ちょうど村長の家と寄り合い所、共同浴場がある広場の上に差し掛かった時だった。
「ちょっと――!!」
下の方で誰かが声を上げて、こちらを呼んでいる。この時間、村人なら自分たちの家に戻って食事や思い思いの時間を過ごしているはずだ。それに聞き覚えがない若い女性の声。
何事かと思い、そちらを見ると中原の民が好んで着る女ものの装束を来た黒髪の少女がそこにいた。
「あなた、この村に来たばかりなの?見たことないけど」
リュウフォンが問いかけると、黒髪の少女は頷いた。
「私は南麓の民で、姫巫女様に陳情に来た者たちの付き添いなの。名前はカンショウよ、よろしくね」
「カンショウ……、私はリュウ家の義娘でリュウフォン。何か私に用でもあるの?」
リュウフォンが尋ねると、目の前のカンショウは胸のあたりで両手をもむようなしぐさを見せた。何か言いにくいことでもあるのだろうか?
「あの……あなたに質問なんだけど、これからリュウレイって人のところに行くの?」
「うん、そうだよ。あの向かいの岩棚に洞窟があってそこの牢屋に一晩反省の意味を込めて籠るんだって。私はこれから夕食を届けに行くところなんだよ」
そういってリュウシュンから預かった布包みを見せた。それを聞いたカンショウは意を決したかのようにリュウフォンに声をかける。
「それなら、私も連れて行ってくれない?リュウレイにいろいろ話したいことがあるんだけど!」
それを聞いたリュウフォンの笑顔が固まる。そして一段低い声で、尋ねた。
「……何を?」
「え、それはいろいろよ!いろいろと……」
顔を赤らめながら、もじもじするカンショウ。昼間の顛末を聞けば、その被害者が彼女であることは間違いない。
――また一人増えた!
内心、リュウレイへの怒りをため込みつつ、わざわざこうして話しかけてきたカンショウを邪険にすることもできず、結局リュウフォンはそれを引き受けることにした。
「ふう、それじゃ仕方ないね。連れて行ってあげるから、私の手を取って!」
「あ、ありがとう。こうでいい?」
リュウフォンの空いた方の手を取り、カンショウが少し緊張した表情を浮かべた。
「うん、少し飛ばすよ! 気を付けて!!」
「え……? きゃあああああ!!」
悲鳴とも歓声ともつかない声を響かせて、生まれて初めて空をかけるカンショウ。その短い飛翔の先にリュウレイの待つ、岩窟が口を開けていた――。




